第十九話 閃光の晩餐会④
セレナ→フラン→ゼニスとちょっと目まぐるしい展開に
セレナ・フィンテックにとって受付嬢とはフランドール・ファイナンスその人であった。
受付嬢はあまりにも人気で競争率が高い。絶対受付嬢になりたかったセレナはわざわざ辺境にまで足を運んでそこの冒険者ギルド支部で受付嬢になった。
はっきり言って就活は失敗だった。
ギルドマスターは人として終わっているし他の受付嬢も悪い人ではないが、どうにもネジが外れている人ばかりでまともなのは業務を一から十まで教えてくれたフランドール先輩だけだった。
でもその先輩がぶっちぎりでおかしいとセレナが気付いたのはギルドマスターや他の受付嬢も次々辞めるか消えていく中でも業務を回し続ける姿を見た時だ。
セレナの記憶にある限り、フランドールが家に帰るところはおろか寝てる姿を一度も見たことがない。
受付嬢の仕事に命掛け過ぎである。
しかしそんな疲労をまるで表に出さず、裏では期限切れポーションすらがぶ飲みして稼働し続ける姿を見てセレナもいずれ自分もこうなるのでは、という恐怖すら感じた。
それでもフランドールと働くのが楽しくないという訳ではないと感じるあたり大分毒されているが。
セレナにとって転機となったのは冒険者ギルドのエースであったトニーと恋仲になった事だ。
受付嬢の大半は上位の冒険者と結ばれて左手団扇の生活に憧れている。セレナもそんな平凡な受付嬢の一人だ。フランドールと働き続けたせいでその夢をすっかり忘れていたが、トニーと過ごす内に目が覚めてきて、彼が王都に行くのに便乗してセレナも辺境を離れる事にした。
そうでもしなければ、他の受付嬢と違ってフランドールを見捨てていける気がしなかったのだ。
それから王都に移り住み、トニーの稼ぎだけで暮らせてしまう苦の無い生活にどこか物足りなさを感じながらも幸せな毎日を送っていた。
あの日、トニーから別れを告げられるその時まで。
◼︎
「セレナちゃん」
私の呼びかけに、セレナちゃんはどこか楽しそうな表情を浮かべる。
「先輩、その様子だと全部わかってますか?」
何にもわからないが? 一体私を何だと思っているんだ。
「……寝取った王女様に復讐とか?」
「……寝取られてませんし。結婚前でまだ私純潔ですし、王女だってまだ寝てないでしょうし」
「でも取られたのは違いないんだよね?」
「取られてないです。私がトニーに捨てられただけでーす。その後あのドリルが言い寄っただけですしぃ」
捨てられたのは間違いないのか。
「じゃあ、もしかしてトニーさんに復讐しようと?」
「……はい、ぶっ殺してやろうと思って」
「……出来ると思う?」
「でなきゃこんな事しませんよ」
まあそれもそうか。セレナちゃんは出来ない事はできないとばっさり切り捨てるタイプだ。依頼金が足りなくてもなんとか村を救って欲しいという依頼人を問答無用で追い払ったのを今でも覚えている。あの時は傍で聞いていたトニーさんが格安で請けてくれたんだっけ。
「でもトニーさんだよ? 初めての依頼でゴブリン退治に行ってドラゴン狩って来た人だよ?」
「誰にだって弱点はあります」
そうなんだ……まるで想像出来ない。
「ねぇセレナちゃん。気持ちはわかるけどこんな事しちゃいけないと思う」
「気持ちが、わかる? 先輩に今の私の気持ちなんてわかりません!」
「そ、そんなことないし!」
「じゃあ先輩、目を瞑って最初に思い浮かぶのは?」
「……未処理の決裁書類?」
「人ですらない!!」
「だったら思い浮かぶ人って言って!?」
「この流れで人を浮かべる流れに気付かず書類ってなるご自身をおかしいと思ってください! やっぱり先輩は恋のなんたるかを知らない!」
「た、確かに色恋沙汰に縁はないけど……セレナちゃんの力にはなってあげたいの! もっと他に方法があるんじゃない?」
セレナちゃんがフン、と鼻を鳴らす。
「先輩、先輩が人生賭ける価値のある仕事に自分の時間を全部捧げて準備したらあ、もっといい取引先が見つかったからキャンセルで〜って何の補填もなく切り捨てられて全部パァになったら許せるんですか!?」
ん〜ギルティ!
困った。その例えが今のセレナちゃんの心情なら私は彼女側についてしまいそうだ。トニーさん許すまじ。
「でもトニーさんが理由もなくセレナちゃんを捨てる? 彼のイメージに合わないけど……」
「先輩、トニーは王都でクソみたいにモテ始めたんですよ。受付嬢や町娘、冒険者に騎士に聖女に貴族、ついには王族にまで! あれはすごかった……」
一体どんな状況だったんだろう。
「あれだけよりどりみどりなら私みたいな田舎の元受付嬢なんて眼中に無いですよ……模擬試合とはいえ王都最強騎士や冒険者トップランカーを片っ端から倒して遂には剣聖なんて二つ名まで貰っちゃって! 剣聖ですよ剣聖! 思いついても付けます? もう字面が強すぎてその二つ名だけで他所からも注目浴びて更にモテる悪循環……これなら先輩が提案した光る快男児を通せばよかった! あれならあそこまで……」
いや、かっこいいでしょ光る快男児。トニーさんそのものだ。今だと光る浮気者……いや、別れた後なら浮気ではないのかな?
「こんな事になるなら……トニーを辺境に閉じ込めておけばよかった……私が独り占め出来たのに」
「そう言えばトニーさんコッチではそんなにモテてたイメージないけど」
「は? 先輩がそれ言うんですか? これだから仕事が恋人の人は……」
え、なんかバカにされてる?
「私何かしてた?」
「……教えません。流石にちょっとだけトニーに同情するし……それにもう知ったところで遅いですよ」
セレナちゃんが服の袖から右手の甲を見せてくる。
赤く輝くソレは、ゴーレム使いが使役したゴーレムを操るために刻む刻印。痛々しく輝いた刻印を左手でなぞりながらセレナちゃんは目を伏せ……
「トニー・フォーマルハウトは今、殺しましたから」
そんな冗談を口にした。
◼︎
フランドールと入れ替わるようにして会場に現れたのは黒いローブでその素顔を隠した明らかな不審者たちであった。
見方を変えればフランドールが招いたようにも見えるタイミングだがゼニスはそんな疑いを微塵も抱かずに彼らの動きを待つ。
パニックが起こると彼らがどんな行動に出るか読めないところだが、来賓者たちも貴族や豪商とだけあって我先に逃げようとはせずに様子を窺っていた。
「そのまま動かないでいただこう。我々の目的はただ一人だ」
男らしき声色の襲撃者の一人がそう口にする。
やはりか、とゼニスは彼らの目的が王女ルイナスであると察する。
アルムが敷いた警戒網をいとも簡単に突破した以上、やはり内通者がいたと見るべきだろうか。
「パーティーの余興としては随分と安っぽい演出ね、サーティン卿?」
んな訳あるか。
わかってて言ってるんだろうが冗談はその髪型だけにして欲しい。
ゼニスはルイナスの前に立ち、ミランダとアルムと共に襲撃者に問いかける。
「貴様らの目的はわかっておる。だが正気か? とても愚かな行いだぞ」
「黙っていてもらおうかお嬢さん。我々の邪魔をしたらただでは済まないぞ?」
もう済んでないわ!
ゼニスは心の中で絶叫する。
これだけのゲストを招いておいてこんな襲撃を許した時点でゼニスへの評価は地の底だ。
辺境のクソガキ領主は領内はおろか屋敷の警備すらカス、という話が出回るのはもう避けられないのだから。
「それで? 私に一体何の用かしら?」
「うわ、ちょっ」
何で前に出るこのドリルめ。
ゼニスたちを押し除けて襲撃者の前で仁王立ちするルイナス殿下にそんな意思を込めた視線を送る。
「ま、どうせ兄上の手の者だろう? いよいよ王位継承に向けて邪魔な私を排除したいといったところか……まんまと釣られおってからに」
ゼニスはようやくルイナス殿下の目的に思い至る。
王位継承を狙う王子たちにとってルイナス殿下は最も邪魔な存在だ。
王子王女の立場こそ互角だが、何せ彼女だけが王が正妻とした王妃の一人娘。仮に能力が同じなら正妻の子を次期王に推す声が多いだろう。
だから彼女は自分の命を狙うであろう他の王族たちの手先をまとめて処分するためにわざわざ少数で王都を離れ、手を打ちたくなる状況を作った訳だ。
行き先に辺境を選んだ理由も王族がまず足を運ばない領地で事前に罠を仕掛けたり王族の手の者が待ち構えている可能性が低いからか。だとしたら第二王子の後ろ盾であるレバレッジの人間がいた時は相当ビビっただろうな。
しかしそんな計略を打ってどこか自慢気なルイナス殿下に襲撃者の男は少し間を置いて答える。
「……? 誰だお前は。邪魔者は引っ込んでいろ! 我々が用があるのはたった一人だ! さっさと出て来いフランドール! さもなくばこのドリルを殺すぞ!」
ギルドマスター、お前の客じゃねーかよぉ!!?
ゼニスが再び心の中で叫ぶ一方でドヤ顔で襲撃者たちの前に立ったルイナス殿下がワナワナと震える。ドリルと揶揄された怒りだろうか?
「あの、カス……こんな屈辱は初めてだ……」
いらん怒りを買ってる……。
ゼニスがここからどうしたものかと考えをまとめていると事態は更にややこしくなる。
襲撃者たちが固めた出入り口の扉がけたたましい音と共に破壊され、覆面を被った連中が押し入って来たのだ。
「ゼニス・サーティンはいるか!? 我々は……うおっ、何だ貴様ら!?」
「貴様らこそ何者だ!?」
ゼニスの名を出して来た覆面と黒ローブが互いに剣を向き合わせ叫ぶ。
頭が、頭が痛い。なんだコイツら!?
「我々は名も無き影! 我らの同胞を解放してもらうぞ! 諸君らは人質だ!」
「何だそれは!? 我々も含まれているのか!?」
「そんな訳あるか! 貴様らは何なんだ?」
「我々は死の影!」
「我々の組織の名をパクりやがって!」
「何だと!?」
何だこれ?
全く別の思惑で動いていた組織が同じタイミングで襲撃しに来たという事? そんな偶然ある?
ゼニスの思考が混沌を極め、襲撃者同士が揉め始めた中、ミランダがそっと耳打ちをしてくる。
「ゼニス様、名も無き影とやらは先日一斉摘発した際に捕らえた犯罪組織だったかと……彼らはその残党でしょう」
「……仲間意識が高いのは結構だがあれっぽっちの人数で王女がいる晩餐会を襲撃に? 無謀過ぎるだろ……」
ただ黒ローブ……死の影とやらが先行して会場警備を荒らしたからこそ無事会場まで辿り着いたのだろう。変なところで幸運を使う連中だ。
「なるほど、貴様らは領主が目当てか……あのドリルか?」
「いや、あそこにいるガキだ。あのドリルは知らん」
「じゃあ何なんだアイツ、一番偉そうに立っているぞ?」
「確かに……おい、そこのドリル! 我々は貴様に用はない。下がっていないと痛い目を見るぞ」
止めろマジで。
狙われてる張本人の一人であるゼニスは自分の身よりさっきから蚊帳の外にされているルイナス殿下の機嫌の方が心配だ。
「この痴れ者が……私が第一王女と知っての狼藉か」
だから知らないんだって。
危うく喉から出そうになった言葉を飲み込み、ゼニスは襲撃者たちの様子を窺う。
互いに目的が相反していれば同士討ちも期待出来たが狙いは違えど潰し合う必要もないと判断したらしく揃ってこちらに武器を向けて来た。
「ゼニス、同胞が解放されない限りこの場にいる者たちの命は我々が握っている!」
「フランドール! 貴様もだ! さっさと出てこいとまずはこの目立つドリルから」
「ええい! さっきからドリルドリルと! トニー、この痴れ者どもを始末しなさい!」
「待て待てバカやめろ!」
ゼニスが慌てて声をかける。
会場に入って来ている襲撃者の数は三十は超える。しかも剣だけではなく弩弓という飛び道具まで持っているのだ。
下手に挑発して乱射でもされたら間違いなく怪我人や死傷者が出るだろう。
トニーという冒険者のことはフランドールから聞いたことがあったがたとえドラゴンを狩れる強さがあったとしてもこれだけ囲まれて無血で事態を収められるはずもない。
だが、フランドールがエースと称した冒険者の力をゼニスは過小評価していた。
いつの間にかルイナス殿下の隣に立っていたトニーの身体が光に包まれる……いや、トニー本人が光を放っていた。
キン、と剣が鞘に収められる音が響くがゼニスは少なくとも彼が剣を抜いたようには見えなかった。
だというのに、襲撃者たちはただの一人も声を上げる事なくその場に崩れ落ちた。
「な、に……?」
ゼニスの口からそんな言葉が漏れる。一体何が起こったのかさっぱり理解出来なかった。
「不快な奴らだ……ところでサーティン卿、さっき私のことをバカと……」
やっべ、とゼニスの思考が凍る。でもあの状況であんな事を言い出されては当然のセリフだ。
ゼニスがどうにか上手く誤魔化す方法を考えていると会場が大きく揺れる。
「なん、だっ!?」
「地震か!?」
悲鳴と共に三度会場に振動が走ると会場の壁が崩れ、三度襲撃者が姿を表す。
それは人型に寄せた二足歩行の岩石の塊。一般的にはゴーレムと呼称される魔法人形だった。
「その大きさなら入り口から入れただろ! わざわざ壁を壊すな!」
そんなゼニスの正論を無視してゴーレムから何人もの声色を混ぜたような音が響く。
「ルイナス・セント・エルドラド! その命貰い受ける!!」
「おお! ようやく来たか!」
いやなんで喜んでるんだこのバカ!
まああの流れで一切襲撃が無かったら無かったでルイナス殿下の発言がちょっと恥ずかしいものになっただろうけれども!
ゴーレムはその重々しい足音を鳴らして一直線にルイナス殿下に向かって来る。
流石にこんな物が突撃して来たとなれば来賓者たちも我先にと逃げ出す一方でルイナス殿下もトニーもその場から動こうともしない。
いや、動く必要もなかったのだろう。
トニーの身体が再び発光し、その瞬間ゴーレムの身体は光の粒子となって飛散しその姿を消失させた。
キン、と剣が鞘に収められる音が再び響く。
まるで今のは剣でやりましたよというアピールだがあんな芸当が剣で出来るはずもない。
その光景をゼニスを庇いながら見ていたアルムは先日のフランドールとの会話とあの赤帝竜の剥製を見た時、確かにトニーという冒険者が規格外の強さだというのは理解出来た。
だがあれはもはや人ならざる領域に足を踏み入れている。
それこそ容易く世界を滅ぼしてしまいかねないトニー・フォーマルハウトの力を目の当たりにした会場の人々が息を呑む。
「あー派手にやりましたねぇ」
そんな空気の中、ノコノコと会場に入ってくる人影にトニーの視線が釘付けになる。
それは先ほど出て行ったはずのフランドールだった。
しかしその格好はトニーに取っては見慣れた受付嬢の制服姿。だがその制服は胸から下が赤黒く変色していた。
それを見たトニーは慌てて駆け寄りフランドールの肩を抱く。
「大丈夫ですかフラ……ギルドマスター!」
「はいはい、この通りなんとも無いので」
違和感。
フランドールの口から発せられた言葉がプツンと途切れる。それはまるで彼女の会話を途中で切り取ったかのようだ。
そんな違和感を、トニーを見上げるフランドールが浮かべた笑みで掻き消された瞬間、トニーはその心臓を鷲掴みにされていた。




