第十八話 閃光の晩餐会③
前半はゼニス様視点。
いよいよ黒幕が姿を見せる!?
ゼニス・サーティンの生来の気質は引っ込み思案で根暗な性格であった。
そんな彼女が領主の地位を継ぐことになったのは敬愛する前領主である祖父の意思を継ぐ為だった。
辺境の地という王国にとっていないもの扱いに近い領土を治める一族であるサーティン家は王家主催の舞踏会などに招待されることは滅多にない。それは諸外国に辺境の価値を誤認させる為とはわかっているが軽んじられているという不満が父と兄を暴走させた。辺境の地をかつて王国と戦争していた国に売り渡すという凶行に出たのだ。
当然そんな事になれば王国も決死の思いで止めに来る。祖父が愛した地は戦乱に巻き込まれるだろう。とはいえまだまだ幼いゼニスに何が出来るというのか。頼りになる従者のミランダとアルムもサーティン家の父と兄には逆らえない。事の成り行きをただ見ているしかないゼニスはただ己の無力に苛まれたそんな時、冒険者ギルドの受付嬢がふらりと訪れたのだ。
何度かギルド支部に顔を出した事はあったがその時には見かけなかったとても綺麗な人だった。
「冒険者ギルドの者ですが、何か依頼はありませんか? 今退屈でお仕事を探してるんですよ」
今なら絶対口にしない内容を、当時はその優しい微笑みと共に問いかけられたゼニスはただ一言、呟いた。
助けてくださいと。
今思えば相当精神が磨耗していたのだろう。こんな身も知らずな冒険者ギルドの受付嬢に頼るなんて。
でもそんな要件も何もわからない言葉に対して、彼女はただ静かに頷いた。
「よし、お姉さんに任せなさい。頼りになる冒険者さんを集めてパパッと解決してあげますから」
そう言って頭を撫でられた手の優しさをゼニスは今でも覚えている。
そして本当にパパッと問題が解決した。その過程でゼニスの認識は素敵なお姉さんからヤベー女に印象は書き換えられてしまったが。
それからはコイツに頼ると碌な展開にならないと学び、とにかくなりふり構わず自力で目的を果たすようにゼニスは変わっていった。
近年では特に難題だった晩餐会の準備を終えたが、その結果開口一番からのディスりっぷりに何度も練習してきた王女との問答もモニカ・レバレッジという対向札も忘れ、茫然自失になりかけたゼニスを再び助けたのはまたしても彼女だった。
まるで物語のヒーローのように空から現れた彼女は王女相手でも全く物怖じしない様子で凛とした声を上げる。
「冒険者ギルド辺境支部を預かっております、ギルドマスターのフランドール・ファイナンスと申します。此度は領主ゼニス・サーティン様から司会進行を仰せつかっております」
頼んでないけど!?
というかそもそも呼んですらないのだ。
あれから多くの部下と信頼できる従者が出来たゼニスに反して彼女はいつの間にか一人になっていた。
それに気づくのが遅れたのは減ったはずなのに今まで通り、時には今まで以上に冒険者ギルドが回っていたからだ。 たまには交流するのも悪くないだろうと勇気を出して食事に誘ったら一人しかいないからと断られた時は耳を疑ったものだ。
そんな彼女を招待しても迷惑だろうしどうせ来ないとわかっていた。
でも、ゼニスが困っていたら彼女は呼んでもないのに押しかけて来た。
今日初めて顔を合わせたモニカ・レバレッジの無茶振りによる挨拶が終わり、ゼニスは再び壇上に立つ。
この胸の高鳴りは決して恐怖や緊張から来るものではない。その証拠に王女に詰められていた時の足の震えは止まっている。
壇上から見る景色の中、彼女が……フランドールが拳を握ってその綺麗な金色の瞳でこちらを見上げていた。
相変わらずヤベー女だという事に変わりはないが彼女に見られているとわかったら自然と勇気が湧いて来た。
「それでは皆様、会場は慎ましいくも広大な我が領土自慢の炊金饌玉をお楽しみください」
嫌味一つ言い返すくらい、今のゼニスには何の苦もなく口に出来るほどに。
◼︎
「そこで冒険者ガルボーはある一手を打ったのです! それが何かわかりますかガルシア様?」
「えっ? 力づくで結界を破ったとか?」
「おっしゃる通り! 絶対に破れない結界を破るには何よりもパワーであることを証明してみせたのです。ガルシア様は英雄の素養がおありですね」
晩餐会の一席を賑わすのは私が語る冒険者たちの英雄譚であった。
今回出席しているのは誰も彼もが冒険とは無縁の存在だ。
せいぜい馬車での移動中にモンスターなどに襲われる程度だろう。何ならこの会場にいる何人かの護衛依頼には私が昔冒険者を手配していたのを覚えている。
そんな彼らからすれば上位クラスの冒険者達による冒険譚は随分刺激的な様子で次々と話を聞きたい冒険者たちの名を口にする。
「ギルドマスター、ラーゼン様の冒険譚を聞かせていただけませんか?」
「あ、私も聞いてみたいですわ」
「わ、私も」
「ええ、もちろんですとも」
貴族のご婦人に混ざってマリーさんがいる……いつの間に来たの。
私はマリーさんには突っ込まずに話を始めながら周囲を見渡す。始まってしまえば最初の沈んだ空気はその名残もなく、会場はそれなりに盛り上がっていた。
料理に対してもイチャモンをつけてくるかと思ったがルイナス様は完食こそしないものの出された料理には全て手を付けていた。ルイナス様の隣では毒味役を買って出たモニカさんがぎこちない笑顔を見せ、同席しているゼニス様もなんとかルイナス様の相手が出来ているようだ。
そんな三人に会場のお偉方は順に挨拶に伺っては王女へおべんちゃらを述べていた。
そうやって王女を持ち上げ続けて機嫌を保っておいて欲しい。とはいえ別に開幕のアレも別に機嫌が悪くてやった訳じゃなく、生来の気質だろう。
あとはこのまま何事もなく終わって欲しいものだ。
「ファイナンス殿、少しよろしいかな?」
「ええ、もちろんですカーター様」
「おお、私の名をご存知とは光栄ですな」
「これでもギルドマスターですから」
ただ面倒なのは悪目立ちした私に声をかけて来る蛮勇の持ち主が多かったという事だ。
黙って立っていたら余計に声をかけられるので盛り下がっているテーブルを回って冒険者の英雄譚の語り部なんてやっていたのだが隙を見てはこうして声をかけられてしまう。
中には息子の婚約者にとか言ってる人がいるんだが正気とは思えない。どうやら好意的な態度で寄って来ているのはルイナス様の相手に苦労した過去を持っているらしく真正面から割って入った私に感銘を受けたらしい。そんな事ある? 仮にも貴方達の親玉ですよ? 目ェ付けられますよ?
まあ相手は貴族。無下な態度は取れないしのらりくらりと躱してテーブルを渡り歩いていく。くっ、せっかくのタダ酒なのにまだ一滴も飲めてない。
私は会話の弾まない席を探しつつ、会場の隅のテーブルに置いてあったまだ誰も手を付けていないグラスを手に取る。そのタイミングでまた声をかけられてしまった。
「久しぶりだね、フラ……ギルドマスター……今日は受付嬢の制服は着てないんだね」
「あ、トニーさん」
その声はいつの間にか私の横に立っていたキラキラなオーラ全開のトニーさんだった。相変わらずのイケメンっぷりだが王都でより磨きがかかっている。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ギルドマスターこそ、元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます」
トニーさんとセレナちゃんのおかげで一時期死ぬかと思ったけどそんな事は一切口にせず私はニコリと笑みを浮かべた。
「何でも剣聖の二つ名を頂いたとか。どうせなら私に付けさせてくれたらよかったのに」
光る快男児というぴったりな二つ名を用意していたのに。剣聖なんて二つ名、トニーさんが剣に飽きて斧や鎌を使い出したらどうするんだろうか。
「……うん、気持ちだけで十分さ。それに当時はまだ実力も足りてなかったしね」
サクサクドラゴンを狩る人が何言ってんだ?
この人が実力不足なら大半の冒険者が半人前以下になってしまうじゃないか。
「ところで、ご結婚おめでとうございます」
「……驚いたな、ギルドマスターはいつもどこで情報を集めて来るんだい?」
「あなたの奥さんからですけど!?」
「彼女が? 意外だな……」
「意外って……」
私たち結構仲良かったよ? いや、確かに付き合っているのを知らされたのは街を去る直前だったし結婚式にも呼ばれなかったけどさぁ!
「と、ところでセレナちゃんは来てないんですか?」
「セレナが? 何故?」
「何故って……」
新婚二年目なんだしまだまだイチャつきたい時期じゃない? それともそんなもん? 交際経験ゼロの私の勝手な思い込みなの?
なんだろう、何だか話が噛み合ってない気がする。
「あの、トニーさ」
「おい、貴様。私の護衛に色目を使うな」
「へ?」
私が声をかけようとしたら割って入って来る人がいた。それはさっきよりも数倍不快そうに睨んでくるルイナス様だった。
まるで取られないようにとトニーさんの腕に手を回す。いやいや、胸が当たってるって。王族が既婚者にそのムーブはヤバいって。
「あのー殿下、流石に人前でそういうのは」
「あん?」
が、ガラ悪い……これが王女のする顔?
「殿下、ギルドマスターは僕にそういった感情は一切ないから、安心してください」
「そ、そうか? ……それはそれでムカつくな」
どうしろってんだ。セレナちゃんみたいになればいいの?今私の中でイマジナリーセレナちゃんがトニーさんを見て興奮してヤバい事になってるけど真似したらいいのかな?
「ギルドマスター、彼女から聞いているとは言っていたけど僕からも改めて紹介するよ。婚約者のルイナスだ」
「……????」
??????????????????
私の思考が停止する一方、イマジナリーセレナちゃんが私の中から飛び出す勢いで暴れている。ルイナス様を殺しかねない勢いだ。
「トニーさん、セレナちゃんと王都で結婚したんじゃ?」
「……セレナとは別れたよ」
「別れた!?」
「そんなに驚く事かな? 男女が付き合って別れるなんてゴブリンが村を襲うよりありふれた事じゃないか」
「そ、そうかもしれせんが……」
私、結婚するんです!
そう言って出て行ったセレナちゃんの姿を思い出す。
いなくなるのは本当に困るし実際困ったし寂しかったし今でもたまに幻視するが、それでも彼女が見せた幸せそうな表情を見て私は地獄とわかっていながらワンオペに身を投じたのだ。
一方で、こんなにあっさり彼女の幸せも終わっていたなんて誰が予想出来ただろう?
「え、じゃあセレナちゃんは今どこに?」
「彼女なら……」
トニーさんが私の質問に答えようとした時、会場内にまで届く鐘の音が二度鳴る。
「……え?」
それは冒険者に緊急招集を伝える黒鐘の音色。
それが二回という事は辺境の街周囲に対する全周警戒を促す合図だ。
「なんだ? このやかましい音は」
「ギルマス!」
訝しむルイナス様と鐘が導入された直後に出て行ったトニーさんが周囲を警戒する中、モニカさんが私の元まで駆け寄って来る。
「全周警戒の合図ですよね? 鳴らすよう誰かに指示を?」
「いや……」
そんな指示が出来る相手は私に残されていない。
だというのにこの鐘が鳴るのはあり得ない。誤報防止の為ギルド登録を済ませたギルド職員の魔力が帯びた物で叩かなければ鳴らないよう魔法がかかっているし、そもそも支部内への侵入防止の結界を破られた形跡すら私は感じられていなかった。
「モニカさん、冒険者さんたちが外に誘い出されました。トニーさんがいるから問題はないと思いますが領主様たちをお願いします」
「わかりました。ギルマスは?」
「私は支部に戻って皆さんを招集し直します……アルムさん」
集まっていた私たちのところにゼニス様を連れたアルムさんとミランダさんがやってくる。彼女たちにはこの鐘を設置した時にその仕様は説明してある。
私がこの場にいる以上、第三者がよからぬ目論見で鐘を鳴らした事は分かっているのだろう。その表情には緊張の色が見えていた。
「一度支部に戻ります。こちらはアルムさんやトニーさんがいるから大丈夫でしょうけど」
「わかった……ギルマスは一人で大丈夫なのか?」
「もちろん、ギルド支部は私のホームグラウンドですから。では殿下、御前失礼します」
「あ、貴様、何の説明も無しか!?」
「ゼニス様にお聞きください〜」
「おまっ!?」
私はゼニス様に諸々丸投げし、マリーさんが持って来てくれた私の鞄を引っ提げて会場の裏口から外に出る。
街中は先ほどの鐘の音についての話題がチラホラ聞こえるがパニックなどは起こっていない。鐘の音の回数に応じた意味を街の人たちは知らないから当然だ。意味を知っているのは領主関係者と冒険者、そしてギルドの人間しかいないのだ。
街中をドレス姿で走るという浮きまくった私に視線が集まる中、私の頭はさっきから嫌な答えばかり提示してくる。
鐘の音の意味を知り、冒険者ギルド支部に難なく侵入出来る人間なんて私以外一人しかいないのは分かり切っているのに、私の知らない第三者が犯人である事を望んでいる。
でもこんな時の私の望みなんてびっくりするくらい叶わない。クライムさんが犯人ではないと最後まで信じ、真犯人が見つかる事を望んだ時だって結局犯人はクライムさんだったし。
冒険者ギルド支部に着くと私は防犯用の結界が破られていない事に落胆し、中に入る。
思い足取りで階段を登り、屋上へ出ると時計塔の麓に立つ一人の少女が私に声をかけて来た。
「今夜も月が綺麗ですね。先輩」
そんな残業しながら窓から見える夜空の月を眺めては「もう夜ですよ? 帰りませんか?」という意訳を呟いていた彼女の記憶が蘇る。
イマジナリーではない、淡い桃色の髪をたなびかせ、受付嬢の制服を着た……私の最後の後輩がそこにいた。
第一章もいよいよ大詰めになってきました。
引き続きお楽しみいただけると嬉しいです!




