第五話 仕分け
フランドール→セレナ視点
波渡り。それはクラーケさんが編み出した転移魔法の一種である。
本家本元には及ばないものの、水があるところにならどこにでも行けるこの魔法は以前から教えてとせがんでいた魔法だったのだがようやく教えてもらえた。
まあイメージしていたのと違って名前の通りサーフボードで波に乗って進むという技術が必要な上、その間息が出来ないというとんでもない欠点があった訳だけど。
クラーケさんは気楽に使ってたけど私は近場でもっと練習する必要がありそうだ。
「ふぃ〜さっぱりしたぁ」
最果てにはお風呂なんてないから水浴びが基本だったがやはりたっぷり溜めた湯に浸かるというのは人類に与えられた幸福の一つだ。
海水でキシキシとした髪もさっぱりとしたサラッサラの艶髪になった姿で私は用意してもらった麦酒を一気飲みする。
「あ〜風呂上がりはやっぱこれぇ!」
「おっさんか?」
風呂上がりの麦酒の幸せに酔いしれる私にそんな疑問が投げかけられる。
「なんですかクライムさん、こんな湯上がり美人におっさんだなんて」
全く失敬な。おっさんにはこんな立派な胸はあるまい?
「……まあ、いい。ところでどうやって戻ってきた?」
「そうそう、店を水浸しにしてまで……というかマジでどうやって来たのさ」
お湯を貸してくれたメアリーさんまで参戦して問いかけてくる。まあ転移魔法なんて見たらそうなるか。
本当はこっそり戻るつもりだったけど息が出来なきゃ思考も鈍るようでとにかく目的地に着くこと優先になって登場の仕方に余裕が無かったからなぁ。
もっと練習してからにすればよかったが後悔先に立たずだ。
「まあそんな事は置いといて再会を祝して乾杯しましょう乾杯!」
だからここは力押しで行こう。
◼︎
酒の力は偉大だ。
色々と疑いを向けてくる人を強引かつ合法的に潰せるから。
「クライムさんが潰れたの初めて見たよ」
「普段カッコつけるためかお酒を抑えますからね」
カウンターに突っ伏したクライムさんを横目に残っていたグラスの中身をあおる。
まだまだ物足りないところだが懐も寂しいからこれくらいにしておこう。
一緒に飲んでた訳だし支払いはクライムさんと折半でいいよね?
「それで? 今日はどうしたのさ」
私がクライムさんを露骨に潰しに行ったからここに来た方法については話す気が無いと察したメアリーさんは要件を聞いてくる。付き合いが長いだけあって流石だ。
「そうですね、あれから辺境はどうなったかの経過観察です。まあ、あの人たちを見ればバランスは崩れて来てるのは明白ですね」
クライムさんを潰す過程で店内に転がる彼ら正体がこの月の雫にやって来た賊だと聞いて辺境の治安は悪くなってるのはよくわかった。
辺境はその規模に反して同レベルの街に比べれば犯罪件数は低く、裏路地はともかく表通りなら夜女性が一人歩きしても大丈夫なくらいの治安であった。
当然悪い人がいない訳ではない。悪い人に目を光らせる悪い人たちがしっかりと派閥とナワバリを決めていたらだ。
正道を外れさらに裏からも弾かれるマジもんのヤバい人というのは中々いない。
閃光の晩餐会の辺りで裏に増えていた加減知らずな新参者はアルムさんたちによる一斉検挙で綺麗に出来たと思っていたのだが……辺境の価値が広まり爆発的に流入して来たのだろう。
「まずは一度スッキリしてからでないと動きにくいですね……」
「……めちゃくちゃ怖いんだけど何する気?」
「仕分けです」
そう言って私はブルーさんを肩に担ぐ。万が一のためにクラーケさんに内緒でついて来てもらっていて正解だった。
彼女が手伝ってくれるなら仕分けも簡単だし。
「……?」
メアリーさんがキョロキョロと辺りを見渡す。
「……水の音……?」
「あれ?」
肩に担いだブルーさんを担ぎ直す。
「ブルーさん、とりあえずまずは悪い人から行きましょう……え? 十分悪くないかって? まあそういう見方もありますがメアリーさんはいい人ですし、ほらクラーケさんだってあんなですけどいい人じゃないですか」
ジャラリと鎖が揺れる。
ブルーさんの力の一端に魂と称されるモノを探知する能力がある。
彼女は自らの力が及ぶ範囲にある魂を色で探知し、原理は不明だがその魂の主の性質が色として現れるらしい。
大雑把に言うと善人は白に近づき、悪人は黒に近づくそうだ。何が基準かはわからないけど黒い魂は大体ロクな人じゃないらしい。
そうして探知した魂に干渉できる彼女に捕まったら深海に引き摺り込まれるかの如く魂を引っ張り出されるというハッキリ言うなら超怖い力を持っている。
対策はあるらしいし対象には漣に似た音が聞こえてくるから隠密には向かないらしいけどそんな事はない。大半の人は訳もわからず終わりを迎えるよ。
コッチに来る前に万が一襲われた時に反撃していい色の基準を決めていたのだがちょっと緩かったかもしれない。
「まずは一番黒いところから行きましょう」
側から見たら独り言を言ってる私を訝しむように見るメアリーさんを横目にそう言うと懐かしい漣の音が聞こえてきた。
やだなぁブルーさん。うっかり白いほうを選んでますよ?
◼︎
人気の無い屋敷に異形の姿を連れ添った少女が現れる。
「……ここもかぁ」
桃色の髪を揺らし、床に転がっている人の傍にしゃがみこむとツンツンとその頬を突くが反応はない。
「死んでは無いけど寝てるわけでも無い……なんだろ?」
チョイチョイと傍に待機するゴーレムに合図をして転がる人を運ばせると少女……セレナは立ち上がって思案を巡らせる。
懐かしき辺境にレベルⅤダンジョンが発見されたという情報から私情九割でやって来たセレナは今やエメス公国を預かる王になっていた。
彼の国はゴーレムクラフトの技術こそが全て。
新参者のセレナがこの短期間で王にまでに成り上がったのは隔絶したその技術、そして憧れの先輩に相応しい人間になるという恐ろしいまでのモチベーションの高さからだった。
残業に嫌々対応していたセレナはエメス公国に来て以来働いていない日が無い。
それ以前までは全く休まない先輩……フランドールに畏怖すら抱いていたがやりがいがあるとこうまで違うのかと驚いたものだ。
そんなセレナが今やっているのは辺境の治安活動(無許可)である。
レベルⅤダンジョンに挑みに来たというのになんだかんだ待たされる羽目になったセレナは辺境の街が有名になってから加速度的に悪化している治安に勝手に動き出したのである。
暇だった、ともいう。
エルドラドの第二王子が余計な事をしたから今この街に冒険者ギルドは無く、代わりに名前だけは立派なアルカディア騎士団なる組織が憲兵と並んで治安活動をしているようだがセレナから見てやる気も実力も足りていない。
辺境の街そのものに愛着があった訳ではないがかといって放置するのも引っかかる。
それにフランドールだったら間違いなく、理由をこじつけて今の状況をなんとかしようとするだろう。
代わりという訳でもないがセレナは街中にゴーレムを密かに放ち、情報を集め今まで辺境にはいなかった犯罪組織を洗い出して掃除に乗り出した。
加減を知っている元々存在していた組織は後回しにし、その辺りをわかっていない組織を潰しに来て三件目。いずれもセレナが潰す前に壊滅状態になっている。
「私以外に誰か動いてる……?」
セレナの手はすでにこの街の深部まで伸びている。そんな自分の目を掻い潜って先回り出来る人間にフランドール以外に心当たりはない。
しかしそのフランドールが街に入ったという情報も届いてはいない。
「でも先輩だしなぁ」
常識ではあり得ないが、あの人を常識で括ってはならない。
常識というものは砂上の楼閣のようなモノ。それをフランドールとユートピア大陸のレベルⅤダンジョンで学んだセレナは辺境の街を暗躍するゴーレムに命令を飛ばす。
「先輩を見つけたら全力でサポートして、私に連絡しなさい」
街中に散ったゴーレムたちからの承認信号を受けてセレナは自分の格好を見やるとボソリと呟いた。
「……もうちょっと可愛いほうがいいかな」
やりたい放題な二人。




