第六話 魂の一本釣り
ウルペス→チープ視点
辺境の街、かつては名も無きその街は今や王族直下領となりオーラムゲートという名を得た。
その街は開拓期から現在に至るまでに幾度となくモンスターなどの被害を被り、冒険者ギルド支部を置くまでは安全には程遠い場所であった。
それ故に街の中にはいくつもの避難所が用意されていたがそれも使われなくなって久しい。
今やその存在を知るのは領主の血を引く者達だけとなっており、用途もモンスターではなく人から身を隠すための場所となっていた。
しかし、それも今夜までだった。
「ここなら埋める手間が省けていいね」
「……」
マスク姿の怪しげな集団に囲まれていたのは元々開拓班を率いていたボス、チープ。そしてその対面に立つのはアルカディア騎士団の騎士団長ウルペスだった。
「自分を囮にして他の連中を逃す気概は認めるけど、そんなんじゃ見逃してあげないよ?」
レベルⅤダンジョンというウルペスたちの目的を年単位で短縮出来る資源の発見報告は彼女たちを大いに喜ばせた。
まだ万全とはいかない状態で計画を前倒ししたというのにその根幹となるダンジョンはありませんでした。では普段温厚なウルペスだってキレる。
事前確認を怠ったという非はあるものの、まさかこんな虚言を吐く人間がいるとは想像出来るはずもない。
そんな怒れるウルペスたちを前にチープはその口元を歪める。
「私の報告に嘘偽りは無いんだけどねぇ。レベルⅤダンジョンが消えちまうような異常事態の方を調べたほうがいいんじゃないかい? こんなババアを必死に探し回るよりはさ」
「ダンジョンが消えるとかあり得ないからね。そんな妄言に付き合う気はないよ」
「そうかい」
チープはその手に握っていた物を手のひらを広げて見せる。
奇怪な紋様が刻まれた白い立方体を目にしたウルペスが疑問を口にする。
「? 何それ」
「ここを放棄する時に使う装置さ」
「ぶっ!?」
マスクの下でウルペスが吹き出すと同時にチープがそれを握り潰すと同時に内部崩壊が始まった。
◼︎
「あっぶな!? 危うく婆さんと心中するところだった!」
朝焼けの空の下、建物の影から湧き出るようにして這い出してきたウルペスがそのマスクを取り外して蒸れた顔に手でパタパタと風を送り、額に張り付く前髪を拭うと朝日を反射してキラリと光るおでこが目の前に佇む影に光を差す。
「キミらはちょっと考え……というか想定が甘いなぁ」
「避難所に自爆装置仕込んでるのは想定しようがなくない?」
ボコボコと沸き立つような影から他のアルカディア騎士団が出てくるのを見ながらウルペスはマスクを被り直す。
「というか貴方なら自爆される前に止められたんじゃない? ノクス」
目の前にいる自分の影真似をしている魔人、ノクスにウルペスが不満げな声色で問うとノクスは愉快そうに答える。
「キミらの計画に加担はするとは言ったがコレは私的な仕返しだろう? むしろ助けてあげただけでも大盤振る舞いさ……勘違いしないように言っておくが、あまり図には乗らないで欲しいな」
「……」
ノクスから放たれた微弱な殺気にウルペスはマスクの下で苦虫を噛み潰すような表情を浮かべる。
魔人……それも魔王の位に上がった存在を味方に引き入れたボスの手腕には舌を巻いたが魔人なんて本来、人間と相容れぬ存在だ。
ウルペスが組まされた魔人ノクスはやけに人間に近い口調で威厳なんてあったものではないがその見た目通り底知れぬ怪物であるのは違いない。
とはいえ下手に出る気もサラサラない。ウルペスはその身に忍ばせた魔人殺しだけは即時発動出来るようにだけは細心の注意を払う。
「ふん、まあいいわ。そう言うなら計画に関連する仕事はしっかりとこなしなさいよ?」
「ああもちろん。かの魔王にはちょっと働いてもらわないといけないからね」
そう言ってノクスの姿が消える。いや、ウルペスにはすぐそばの影にいることは分かっている。
四六時中見張り見張られているというのは不愉快だが今のウルペスたちには敵も多い。これぐらいは我慢する必要がある。
「でもお風呂の時は勘弁して欲しいんだよね」
「一応言っておくがそんなところまで見ちゃいないよ?」
ウルペスのぼやきにそんなツッコミが入れられた。
◼︎
「チッ、私の悪運もここまでかね」
崩壊した避難所の瓦礫の下。奇跡的に人一人が這って歩けるスペースを進んでいたチープがそう呟く。
このスペースは決して奇跡などではなく、彼女が計算してこのようなスペースを残して崩れるように設計した避難経路である。
しつこい追手を撒くには死んだフリが最も手早い。
だが全てが計算通りとはいかなかった。
出口の前に崩れ落ちていた計算外の瓦礫を目にしたチープは自分の死期を悟る。
生半可な小細工では欺けないからと少し派手にやり過ぎたかもしれない。
「それに比べてアレは上手く逃げたね」
脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。
婚約者を寝取ったクソ妹にそっくりに育っている少女……ゼニスの事は初めて目にした時から忌々しいとは思っていたが、いざゼニスがウルペスたちを欺き逃げ切ったと聞いた時にチープが抱いたのは安堵であった。
顔を合わせれば嫌味を言う伯母なんて普通懐きはしないだろうに開拓班からの定期報告には必ず顔を出して来ていた。
チープが何かした訳でもないのにさっさと彼女を遺して逝った母親の影を見ていたのだろうか。
「……」
もしここから抜け出せたのなら、まあ一言くらい謝ろう。そんな叶わない願いを胸に抱いたところで瓦礫のバランスが崩れ、チープの意識は暗転する。
「……?」
しかし、不意に目を覚ます。
ふわふわとしたどこか心地よい感覚。まるで水面に浮かんでいるかのようだ。
チープはどうなったのか確認しようと辺りを見渡す。
そこで気付いたのは自分の身体がなく、意識だけがあるという状態である事。
そして辺りには鎖に絡みとらられた揺らめく黒い火の玉らしきモノが浮かんでいるのが目に入り、チープは自身もこうなっているのだと察する。
これがいわゆる死後の世界というものだろうか? そんなくだらない考えが浮かんだところで聞き覚えのある声が響く。
「あれ? なんで? 混ざった? んー、やっぱり単純に色で判断しちゃいけないって事かな? ブルーさーん、引き上げてくださーい。魂潰れないように優しくゆっくり丁寧にですよ?」
そんなどこか気の抜けた声がする頭上? に向かってチープは自らが引き上げられる感覚を覚える。
消えていた身体の感触が戻りつつある中、チープは水底から水面に上がるようにして暗い世界から浮上した。
二章ぶりの魔人ノクスがウルペスたちに加担している目的とは? 物凄い数の陰謀渦巻く元辺境に明日はあるのか?




