第四話 漂着
「ハンモックで寝るなんて人生初だな……」
「なんか飴蜘蛛に捕まった時を思い出します」
「あー、モニカさんが辺境に来たばっかの頃の依頼でしたね飴蜘蛛討伐」
深夜、船内にある船員用の寝室に集まった私たちはそんなとりとめのない雑談をしていた。
一応人数分の個室はあるのだが、今晩は念のため一箇所に集まって寝るようにとモニカさんから言われたからである。まだ烏賊鮫を警戒しているらしい。
「あの時もこんな感じで宙で揺られてましたね」
「確か報告では雲に乗って眠るとこんな感じなのかも、って感想書いてらっしゃいましたね」
「……モンスターに捕まった感想かそれは? なんか寝付きが悪くなりそうなんだが」
ハンモックにすっぽりと収まったゼニス様は確かに蜘蛛に絡め取られた蝶にも見える。
「結局飴蜘蛛の糸を食べて脱出したんですよね」
「あの後パーティーみんな体重が増えて大変でした」
「飴蜘蛛の糸って食えるのか……?」
「? 食えるも何もその名の通り飴蜘蛛の糸は飴細工みたいに甘いですから有名ですよ」
毒あるけど。
「微量の毒がありますからあまり一般流通はしませんね。毒消薬とセットで嗜む品ですからもっぱら冒険者向けの嗜好品です」
モニカさんからの説明にゼニス様が苦そうな表情を浮かべる。
「やだなぁ毒消薬と並ぶ嗜好品とか」
「でもルイナス様も美味い美味いって食べてましたからゼニス様も気にいると思いますよ?」
「お前王女……いや陛下に毒食わせたの!?」
「一応説明はしてから……あれ?」
したっけ? 多分したはず。
「一歩間違えんでも暗殺未遂じゃないか?」
「でもルイナス様自ら盗み食いもしてましたし」
「知りたくなかった陛下のそんな庶民みたいなところ」
今や実質四つの国を束ねる女王であらせられるルイナス様の人気は高い。
元々美人だったが女王になってから拍車がかかりとりあえずルイナス様の写真をつけたらなんでも売れる状態になっているらしい。
辺境にいたら私も一枚噛んで儲けさせてもらえてたかもしれない。期限間近のポーションにルイナス様の写真つけたら売れそうだし……うん、後でマリスさんに提案してみよう。
「そういえばこれから先はどうしますか? まずは生活拠点を安定させてからという話でしたがこのままじゃレジャー生活で人生終わってしまいそうですが」
モニカさんの指摘にゼニス様がハンモックを揺らしながら呻く。
「頭が痛いこと言わないでくれ……ああ先延ばししたい」
「ゼニス様、先延ばしするとあらゆる事柄が先細りしますから次々と継ぎ足さないと先はありませんよ?」
「……こわいなぁ」
「待って待って、私はその動きが怖いよ?」
遠心力を利用してゼニス様がグルングルンとハンモックごと回転する姿をモニカさんと見ながら考える。
いずれこの最果てを理想郷とする楽園計画発足から確かに牛歩の歩み状態だ。
少しずつ建てたログハウスと引き換えに帆船を手に入れたがプラマイゼロ、いや……懐かしい船上生活にちょっとテンションが上がっているから私的には心情的にプラス寄りだがまだまだ先は長い。
一気に開拓しようにも人手が必要だ。
とはいえ下手に人を増やしてもおそらく碌な事にならない。将来的には必要になるだろうが悪巧みをする人が今ここに混ざれば楽園計画は頓挫する。
裏の人たちのツテはあるが今の状態なら私を裏切って利益を得る方向に傾くだろうし参入してもらうタイミングはよく考えないといけない。
というかセレナちゃんが地味に引っ掻き回してくれたからちょっと気まずい状態なのだ。忙しさにかまけて菓子折り一つ持っていけてないからなぁ。
上手く利用し合えるようにするには彼らに手土産が必要だけど流石に最果てでの利権を渡すのは不味いし。
「ちょっと悪巧みしますか」
「怖いんだが?」
ボソリと漏らした私の言葉を聞いてハンモックに包まれたゼニス様が呟いた。
◼︎
「やれやれ、近頃物騒だな」
月のない夜。店内に侵入して来た賊の頭をつま先で小突きながら店主であるメアリーがぼやく。
「辺境の価値が広まったからかあちこちからアホが集まってきたからな」
そんな賊たちを容易く片付けてカウンターで一杯始めたクライムが呟く。冒険者に復帰してなおこのモグリ酒場に顔を出す常連のセリフにメアリーはその整った眉を寄せる。
「第二王子直轄領だというのにねぇ」
「それだけ脅威に思われてないんだよ」
「ギルマスがいたらもうちょっとマシになってたと思うけどねぇ」
メアリーは辺境を去った……というか追い出されたフランドールの姿を思い浮かべる。
品行方正に見えて抜け道があれは容赦なく抜けていくしなんなら拡張工事をしていく実は誰よりも法やらなんやらを都合よく解釈する彼女ならここまで放置はしなかっただろう。
冒険者ギルドに代わって街の依頼を一挙に引き受けているアルカディア騎士団はメアリーから見ても無能極まりない……いや、はなから辺境の事などどうでといいという態度が透けて見える。
もしフランドールが最後に撒いて行った依頼がなければ早々に辺境は破綻していたに違いない。
「しかしよく通ったよね、あんな依頼」
「ま、俺らの方でも誤魔化してるからな」
クライムのグラスが空になっていたのでメアリーはカウンター内に戻ると新しい酒を用意する。
冒険者ギルド辺境支部の解体が決まり所属していた支部がなくなった冒険者たちにフランドールが残していった依頼はこの街の治安維持であった。
完全にエルドラドに対する越権行為。冒険者たちも当初こそ戸惑っていたがすぐにその依頼の意図が分かった。
辺境の価値が広まるにつれてやって来る人々は増加する一方。
中には詐欺師まがいな連中も多い上に街中の犯罪率も高まり街道を襲う盗賊も増大した。
以前から犯罪がなかった訳ではないがタガが外れている内容も増えている。
それでも街が回っているのは支部が無くなった後も滞在を続けている冒険者たちの存在だろう。
書面上は所属をラインゴールド支部に移し、様々な長期依頼のためと称して元辺境の街に居座っている。
フランドールは冒険者と依頼人が直接やり取りしないようにしつつも依頼人からの評価や是正箇所を昇級審査や受付時などに雑談混じりで冒険者に伝えていたおかげか冒険者ギルドを介さずともお互いの信頼が出来上がっている。
そうなると他の街なら冒険者ギルドに仲介料を払わずに冒険者を利用する輩も現れるがフランドールを知る両者がそれを怠るはずもなく、しっかりと支払われているようだ。
そんな冒険者たちを排斥したいのがアルカディア騎士団の本音だろうがあくまでラインゴールド支部からの依頼でこの街に来ている彼らに対して領主である第二王子の権力は及ばない。
王族の地位を利用しようにもエルドラド全域の冒険者ギルドが撤退するリスクを考えればそれも不可能だろう。
結局のところ辺境支部を追い出したところで冒険者排斥には繋がらなかった。むしろ領地の金がラインゴールドに流れるという有り様だ。
「しかし冒険者を排斥したい理由は何かな?」
ある程度事情を聞いているメアリーはそんな問いを投げる。正確にはもっと深い内容をぶっちゃけて巻き込もうとしてきたフランドールを止めたはいいが気にはなる。
「さあ? アイツは何人か話をしようとしてたけど断られてたな」
「キミも断ったのかい?」
「……」
クライムがそっぽを向く。なるほど、そもそも事情について話を振られてすらいないらしい。そうメアリーは判断する。
「とはいえこの店を特定して入られた以上昔馴染みの誰かに私も売られたみたいだししばらく店仕舞いかな」
「マジかよ……なら俺はどこで酒飲みゃいいんだ」
そう口にしたクライムがグラスを置き、カウンター越しにメアリーを庇うように立つ。
「なんだい?」
「いや、何か……」
すん、とクライムが鼻を鳴らす。
嗅ぎ慣れない臭いにクライムが警戒していると波打つような音と共にソレは現れた。
「おぅぶぉぁぁ〜〜!」
「……」
通り雨にでも打たれたかのようにびっしゃびしゃになった人間がうつ伏せのまま店内の床を滑りながらクライムの足元までやってくる。
その腕にはやたら太い鎖を巻き、その先には見慣れない材質の奇怪な形をした武器? らしきものが繋がっていた。
「死ぬかと思った! 死ぬかと思った! 波渡りの最中は息出来ないって事前説明してました? がはっ、ごほっ、ごへっ」
川辺に打ち上げられた魚みたいにビチビチと足をバタつかせがら起き上がって来た人物を知らないはずもない。だが施錠された室内に忽然と現れた彼女にクライムが声をかけた。
「どっから来たんだよお前は」
「げふっ、あ、クライムさんお久しぶりです」
そう言って何か匂う水でずぶ濡れになったフランドールが相変わらずの笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
水も滴るいい女とは実に言いがたい有り様である。
「……ところでこの人たちはどうしたんですか? 無銭飲食?」
鼻につく匂いがする水で濡れたスカートを絞りながらクライムがのして床に転がっている男たちを顎で指す。
意味がわからない登場の仕方をしながら相変わらずなフランドールの姿にクライムとメアリーはなんとなく面倒事に巻き込まれる予感がするのだった。
荒れ始めた元辺境を導く主役のご登場。第二王子の胃は死ぬ。




