第41話 カーマイン・ベールの秘密
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「お母さん……!」
セラが詰まったような声をあげた。
隣にはキアンの呆然とした顔が見える。
――この場にいる誰もが驚きの表情を隠せなかった。
「ただいま」
屈託なく笑う、いつもの笑顔だ。エレナ母さんは怪我をした手をあげて、セラの頭を小突いた。
「セラ。まったくこの子は……。大丈夫って言ったろ。それより、薬草園が大変なことになってたね」
その言葉を聞いて、セラがギュッと目を瞑り頭を下げる。
「ごめんなさい……!全部私のせいなの!」
村人の前で、火事の話題を出したくなかった。
セラが責められるのは望んでいない。
「違います!セラのせいじゃない!私が――」
それを黙って聞いていたエレナ母さんは、私の頭も小突いた。
包帯だらけの手で。
明らかに彼女のほうが痛そうだ。
「何年、あんた達の母親をやってると思ってるの?だいたい予想がつく。……ルミア。あんたもその癖をやめなさい」
そして、キアンの肩をポンと叩いた。
「あんたもね、キアン。二人を守ってくれてありがとね。……義兄さんに似て、あんたもいい男になったじゃない」
キアンは、一瞬だけ息を詰めた。
そして、少し視線を外して言った。
「そんな昔のこと……覚えてないよ。――でも、本当に無事でよかった」
少し照れたような、拗ねたような声。
彼のそんな顔は久しぶりに見た。
――本当に良かった。
胸を撫で下ろし、私は肩の力を抜いた。
やっぱり私たちの中心にいるのはエレナ母さんだった。
そして彼女は、ゆっくりと周囲を見回した。
気まずそうに顔を背ける人や、喜びの表情を浮かべる人もいる。
「じゃあ、セラ。ここから薬師の仕事だ。水を煮沸しよう」
声のトーンが変わり、仕事の指示を出す。
「わかった」
理由も聞かずに、セラは頷いた。
その瞳に、もう涙は浮かんでいない。ただ、燃えるような意思が込められていた。
「キアン。あんたは村中のカーマイン・ベールを茎ごと集めて。他の人にも呼び掛けてきな。……こういうの得意でしょう」
彼女は、次にキアンを見ながら言った。
一瞬だけ聞き間違いかと思った。そして、それはキアンも同様だったみたいだ。
「カーマイン・ベールって村中に咲いてる、あの赤い花?」
「ああ。あの花にはここだけの秘密があってね。こういう時のための保険なんだ」
いたずらっぽく笑う瞳は少しだけ楽しそうだった。
「解熱作用があるんだよ。ごく僅かなんだけどね。でも――あんたがいる。ルミア」
それを聞いた私たちは、驚きで目を丸くする。
エレナ母さんの保険。
それは十五年以上前から用意されていたのか。
「ルミアは集まった花を『例の力』でお願い。……そしてね。これはあんたに助言」
そこでエレナ母さんが言葉を区切り、私の手を握った。
周囲に聞こえないようにするためだろう。
声を落として、囁くように言った。
「あんたの力は、感情に直結してる。今のルミアはちゃんと薬師の顔をしてるよ。だから大丈夫だ」
どこから取り出したのか。
彼女の手には『カーマイン・ベール』。
胸元にでも入れていたのだろうか、随分と花弁が歪んでしまっている。
でも、その深紅色だけは変わらない。
赤い花を受け取った瞬間、 視界がわずかに狭まる。
花の色だけが、やけに鮮明だった。
その向こうにいるエレナ母さんの瞳に、 自分の姿が小さく映る。
茶色いはずの瞳が、 花の色を溶かしたみたいに、ほんのりと赤く見えた。
「必ずやり遂げます」
魔女と呼ばれる私。それでも――
私は、癒やしの花を咲かせる。
ローレンス神父は黙り込み、その場に座り込んだ。
「私は間違っていない。……そうでしょう?神よ」
――いつもの通り、神の声は聞こえなかった。
◇◇◇
「神父さまも、薬をどうぞ」
「施しですか?」
「いいえ。ただの平等ですよ」
「……『平等』ですか」
「……昔、くださった聖書に書いてありましたよね」
彼の視線が泳いだ。
ずっと苦手だった、彼の灰色の瞳。
今改めて見ると――、それはローレンス神父という人の持つ、ただの外見的な特徴、それだけだった。
そう。私は無駄に怯えすぎていた。
世界は広く、冷たくもあり、包み込むような優しさもあるのに。
「神父さま。まだあなたの役目が残っていますよ。あなたが村の人に信頼されているのは何故ですか?……それだけの時間を積み重ねたからでしょう?」
だから。
私はもうこの人が怖くない。
彼に向かって、頭を下げる。
一瞬ローレンス神父の瞳が見開かれ――。
彼は静かに目を閉じて、軽く一礼した。
少し離れた所でキアンが待っていた。
声をかけないのが、彼らしくて口元が緩んでしまう。
「キアン!次に行こうか」
「ああ。まだまだ仕事は山積みだ」
――村の希望者にも出来上がった薬を配っていく。
「薬です。予防に持っておいてください。ただ……体の異変を感じた時は――」
その男性は、薬を受け取りながら、私をマジマジと見て、視線を落とした。そこには薬が入った袋がある。
「あんた……こんなに小さくて、普通の女の子だったんだな。手もこんなに小さい……」
「あの……?」
「俺の娘よりも、よっぽど華奢じゃないか……」
風に乗って、小さな声が聞こえてきた。
――すまなかった。
それは、私に言った言葉なのか判別出来なかったけれど、彼に聞こえるように呟いてみた。
「健康が一番ですよ。お体に気をつけてくださいね。……周りの人の為にも」
――これで冬が越せる。
きっと今年も大丈夫だろう。
薬草園だって、また一から作り直せばいい。
当面の危機は去ったのだから。
「うん。もうそろそろ日が昇るな。……綺麗な朝焼けだったのに」
少しだけ残念そうにキアンが呟いた。
私たちは丸一日中、村を走り回っていたみたいだ。きっと今頃は薬を作り続けたセラとエレナ母さんも疲れ果てているだろう。
「でも、ほら。今日も日差しが出てるよ。私ね――秋と冬の陽だまりが好き。春の日差しも好き。夏はちょっと苦手だけど、鮮やかな世界が好きだし」
「なんだよ。全部好きなんじゃん」
「うん。だって一番好きな、優しくて力強い『色』だからね」
私は、そっと彼の手をつついた。
それに気づいたキアンは大きな手で私の手を包んでくれる。
まだまだ忙しいけれど、疲れた心が癒された気がした。
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