第40話 エレナの帰還
「……セラ!居るんだろう!?」
「セラ!扉を開けて!霜風邪の患者が出たわ。……お願い、協力して」
私とキアンは固く閉じた薬屋の扉を叩いた。
無視されるかもしれない。
そんな不安も募るけれど、それでも、きっとセラなら――!
暫くすると、静かな音を立てて扉が開いた。
それを見て安堵する。思わず肩の力が抜けた私を後ろからキアンが支えてくれた。
そして私たちの目の前――。
そこには子どものように不安気で怯えている様子のセラが立っていた。
「セラ……」
私が声をかけると、彼女は視線を合わせてくれた。
しかしその直後に思い切り頭を下げた。セラの茶色い髪が、彼女の肩から零れ落ちる。
「ごめんなさい……あの火事は私のせいなの……!」
一瞬だけ涙を零し、罪悪感で俯いて謝るセラ。
私とキアンは目を合わせてちょっと息をつく。
その琥珀の瞳を見てわかった。
お互いに同じ気持ちだ。
そして、私は彼女の肩に手を添えた。
「「……知ってたよ」」
私とキアンの声は偶然にも綺麗に重なった。
◇◇◇
テーブルに集められている薬と、残りの材料。
「……これだけなの」
全員で棚を探し材料をかき集め、薬の在庫も持ち出してきた。それを全部並べてみる。
「少ないな……」
キアンがポツリと呟く。
その言葉にセラが反応してしまう。硬直して、微かに震える彼女の手を握った。そして安心させるように声をかける。
「……大丈夫だよ。なんとかやってみるよ」
私は、ここにある薬すべてに力を込める。
少ない?
それなら、せめて最大限に効く薬を用意しなければ……!
――ここで役に立たなくてどうするの。拾ってくれた恩を返さないと。今まで育ててくれた人たちのために、私も頑張らないと。
このままでは、セラが立てなくなってしまう。
キアンも傷を負う。
(そして人を癒すのが薬屋でしょう、私!)
体中から光が溢れ、何度もそれを薬に注ぐ。
どこまで効くかわからない。この不安定な力が恨めしい。
それでも、これが今の私に出来ることだった。
あの日を思い出す。
暗がりの路地裏、その時の自分に負けないように。
私は、自分を証明してみせる。自分の力で何度だって立ち上がれるってことを――。
◇◇◇
出来上がった薬は合計二十人分にも満たなかった。
全員には配れない。
唇を噛む。
でも、状況を嘆いているわけにはいかないんだ。
この薬で、この冬を越さなければ。
この時期では、他の街へ行っても薬を手に入れにくいだろう。
「大丈夫だ。老人、乳幼児のいる家から配ろう。それだけでも最悪の事態だけは防げる」
キアンが、メモをしていく。
人の選別――。
私には出来ない。
これが、彼の強さで……。きっと後で苦しむ弱さだ。
そして私たちは、キアンの指示した家の扉を叩き、最低限の薬を配った。
乳幼児を抱える女性は、お礼を言って受け取ってくれた。
感謝されるためにやっているわけではないけれど――。
それでも。
やはり、安心した人の顔を見られるのが嬉しい。
高齢の方も同様だった。
拒否される事もあったけれど、セラが必死に説得してくれた。
数時間後。
――とりあえず、重症化しやすい人がいる家には配り終わった。
今、手元に残る薬を無駄にしないために、残りの薬も譲りたい。
そんな事を考えて薬屋に帰る途中。
私たちは呼び止められて足を止めた。
「おい、薬を配ってるんだって……!?まだあるのか?」
既に夜も遅い時間帯になっていた。
そこにいたのは、ほぼ男性だった。
八人ほどが井戸の前に集まっている。
彼らは体力がある。
そして毎年流行る霜風邪のことも知っている。
発症しても、重症化する確率は低いはずだ。
しかし、やはり彼らにも家族がいる。
備えておきたいのは当然かもしれない。
セラがキアンの顔を見る。残りは5個程度だ。全員には配りきれない。
彼も少し思案するように、顎に手を添えた。そして次に流行りそうな世代に配るつもりになったようだ。
頷いてから声をあげた。
「じゃあ――」
「待ってください」
そこで、キアンの言葉を遮るローレンス神父の声が響いた。
彼には不思議と周囲の人間が聞き入ってしまう、そんな説得力がある。
誰もが動きを止めた。
「薬はありがたくもらいましょう……。ですが……まだ村にいたんですかルミアさん……」
彼の視線の先、それは私だった。この場にいる全員がこちらに注目した。
――またか。
心のどこかで、また諦めの気持ちが生まれる。
仕方ないか。私はこれでいい。少しでも役に立てた、それだけでも十分だ。
「追い出したのに……」
「……ああ。何が起きるかわからないもんな」
「また何かあったら……」
人々の声が徐々に広がっていく。
ここは二人に任せて一歩引く、それが一番かもしれない。
私は隣のキアンに小声で伝えた。
『後は任せたね』
彼は悔しそうに一度拳を握りしめ、私を抱きしめた。
耳元で囁かれる。
「ルミア……大丈夫だ」
「ふふふ。……心配しないで」
キアンが罪悪感を感じる必要はどこにもないのに、彼の声は沈んでいた。
私は、そんなキアンに微笑み返す。
――そこで、意外なところから声が上がった。
それは幼い少女の声だった。
「ルミアお姉ちゃんに酷いこと言わないで!」
とても小さな背中が目の前にあった。
そして、そんな体で最大限に腕を広げている。
――まるで私を守るように。
「リナちゃん!?」
「ルミアお姉ちゃんは私が苦しいのを助けてくれた!おじさんにできるの!?」
村人は顔を見合わせて気まずそうに呟く。視線を泳がせる人もいた。
「それは……」
一瞬の静寂が周囲を覆う。
幼い少女の言葉に誰もが反論しなかった。
「あんた達、まだそんな世迷言を言ってるのかい!」
そこへ、威勢のいい声が響き渡った。
よく知る声。
頼りになる、この人は――。
誰もがその声の主を見た。
もう陽が昇りかけていた。
眩しい光に目を眇める。
しかし、やはり見間違いようがなかった。
「エレナ……」
村人の誰かが呟いた。
「ただいま」
明るく空を照らす朝日の逆光を受けて、彼女は笑って言った。
足には添え木をして、指は包帯だらけ。
そんなボロボロの姿で、腰に手を当てて、堂々とした姿で立っていた。
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