第36話 三人で捜索
夜になり、キアンが帰ってきた。
そして私たちに村の決定を伝えた。
その直後、セラが声を荒げる。
「捜索打ち切り!?まだ三日しか経ってない!なんで止めないのよ!」
「……セラ。キアンは毎日夜になるまで……」
「ルミアは黙ってて……!」
キアンは固く目を閉じて、自分に掴みかかるセラの言葉を受け止めていた。
私が止めようと近づいても、突き放されるだけだった。
「明日からは私一人でも山に入るわ」
「セラ。俺も行くから……」
セラがキアンの手を振り払った。
「諦めたあんたなんか必要ない」
「俺が一番山に入ってる。捜索した場所もわかる」
「……じゃあ勝手にして」
私はなんて声をかけるべきなのか。
本当にわからなくて。
二人がそれぞれ部屋に戻るのを、黙って見届けることしかできなかった。
帰ってきてから食事を取っていないキアンのために、スープとパン、温かいお茶をお盆に乗せて部屋をノックした。
微かに返事が聞こえる。
その、力のない声に心が痛む。
「キアン、入るよ」
ドアを開けると、彼はベッドに座り込んでいた。
項垂れているように見える。
ここ数日はまともに寝ていないはずだ。
顔を見ればわかる。
目の下の隈がひどく、かなりやつれてしまっている。
「食事。少しでも食べられるなら、食べてね。それにちゃんと寝てほしい……」
「……ありがとう。なぁ、ルミア」
「なに?なにかしてほしい?」
頼ってほしかった。
一人で抱え込んでしまう彼がとても孤独に見える。
でも、部屋から出てきてくれないセラさえ慰められない。
本当に私は役に立たない。何も変えられない。
机に食事を置き、キアンの前に膝をつく。
少しでも彼の顔を見たかった。
「キアン。顔色悪いよ……」
「ちょっとだけ、肩貸して」
「え……」
そう言って、キアンは私の肩に頭をのせた。
彼の金褐色の髪が頬をくすぐった。
その重みに涙が出そうになる。
今まで、彼がここまで全体重を掛けてくることはなかった。
それ程までに疲労が溜まっているんだろう。
「エレナ母さんは見つからない。セラも止められない。……俺って……本当に情けないな」
「キアン……そんなこと言わないでよ」
どのくらいの時間が経っただろうか。
作ったスープもすっかり冷めて、湯気が消えていた。
温め直そうか考えていると――。
ずっと黙り込んでいた彼が、横に崩れ落ちそうになる。
慌てて体を支えたが、そのまま二人でベッドに倒れ込んだ。
――重いよ、キアン……。
その体は、想像以上に重かった。ギュッと彼の身体にしがみつく。
そして、寝息を立てている彼を起こさないように、そっと腕から抜け出した。
そして、静かに扉を閉めて部屋を出た。
廊下には、手を付けられていない食事のトレーがそのまま置いてあった。
セラの部屋の前だ。今日も彼女は食事に手を付けていない。
「お疲れさま……キアン。……心配だよ。セラ」
◇◇◇
「お母さん!返事して!」
何度も叫ぶセラの声は掠れていた。
セラのすぐ後ろを歩くキアンの地図が何度も目に入り、胸が痛い。
ほぼ全て真っ黒にマークで埋まっていた。
彼は毎日、こんなにも山を探し回ってくれていた。
キアンはまた地図を指でなぞり、そのマークに触れる。
「セラ、そっちより……」
「……私の好きにする」
セラはずんずんと先に進んで行く。
キアンは小さく息をついて地図をしまった。昨日の夜から二人は口をきいていない。
どうしたらいいんだろう。
キアンは探しているようで、ずっとセラを守っているようだった。滑りそうな時はさっと支え、少しずつ誘導している。
セラは、探しているというよりも、ただ闇雲に歩き回っているだけのように見える。
地図を一度も確認しなかった。
現実を拒んでいる。
――私は二人を見ていることしかできない。
必死に彼らの後を追う。
そして、周囲が暗くなり、疲労で足の感覚がなくなった頃に私たちは山を下りた。
セラはいつの間にか黙り込み、そのまま家に帰った。
彼女の焦燥も理解できる。
時間だけが、ただ無為に過ぎていく。
ふらつく足で薬草園に向かう。
その途中、村の人の声が風で届いた。
「もう……ってる……だろうな」
「この時期……水……い」
途切れて聞こえるその言葉は、大体が予想できる。
そして、セラとキアンには絶対に聞かせたくない会話だった。
逃げるように、私はそこから立ち去った。
今日も、薬草の状態を確認する。
頭の中で収穫時期を考えながら、一人でエレナ母さんを思い出す。
ここを任せてくれたのは彼女だ。
どこを見ても、声が聞こえてくるようだ。
――ここは、村の薬箱だよ。
そう言って笑う、母さんの笑顔と声が甦る。
私は、座り込み静かに涙を拭いた。
セラたちの前で泣いては駄目だ。
もっと辛いはず。
私以上に胸が痛んで、今も必死に耐えながら過ごしているだろう。
もう冬の気配が色濃く感じられる、そんな冷たい夜風を浴びる。
しばらくそこから動けなかった。
セラとキアンに向き合うのも、少しだけ怖かった。
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