第35話 捜索隊
―― キアン視点 ――
こちらは収穫なしだった。
そろそろエレナ母さんに合流しようと、地図を開きながら山を登っていると、遠くからか細い悲鳴が聞こえた。
――ルミアだ!
俺は瞬時に走り出した。
草木をかき分け、泥濘みに嵌まりながら。
視界が開けた。
後十五メートル。
その瞬間にセラの悲鳴が周囲に響いた。
「いやぁーーーー!!!お母さん!やだーー!!」
――数秒後に水音が続く。
崖の間近で暴れるセラを、ルミアが必死に止めている。
「キアン!お願い!」
走る。
その声にさらに焦燥が募り、二人を抱え込んだ。
落ちた?
この崖から――エレナ母さんが。
血の気が引いていく。
腕の中で暴れるセラ。その隣で、震えているルミア。
遠くで聞こえる川の音。
ルミアの手に残った、母さんの服の切れ端が目に入った。
ぐっと何かが込み上げる。
そのまま俺たちは山を下りた。
すぐに夜になってしまう。俺たちだけでは無理だとわかる。
村までの帰り道、セラの重みが両腕にかかる。
ルミアは……後ろで静かに涙を流していた。
◇◇◇
――パタン。
セラの部屋を出たら、目の前にルミアが立っていた。
不安気に固く指を組んでいた。
その小さな手に爪が食い込んで、傷を作っている。
「……セラは?」
「まだ目を覚さないよ。ただ……」
精神状態が気になる。
普段、気が強くしっかりしている彼女だが――。
頭を振って、これからやるべき事に集中する。
二人を安心させて、これから一緒に山に入ってくれる人を探さなければ。
「ごめん。呼んでくれたのに、間に合わ――」
「……キアンのせいじゃないよ」
途中で遮られた。
そうだ。
俺が謝ったら、二人は?
実際に助けられなかった人にかける言葉じゃない。
俺はその言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、とりあえず行ってくるから。セラを頼むな」
「うん。気をつけてね」
衝動的にルミアを抱き寄せてしまった。
その温かさに縋りたくなる。
でも駄目だ。
今は早く動かないと。
気を抜くとすぐに甘えが出る。
彼女から無理やり体を離して、俺は外へ走り出した。
「トーマスさん!」
事前に連絡が通っていたらしい。
扉を叩くと、膝の悪い彼がすぐに部屋へ通してくれた。
「トーマスさん、エレナ母さんが転落した。ここの崖だ」
俺は地図を開き、彼の机にあったペンでマークをつけた。
「よし、場所がわかればわかりやすい。夜の山は危険だ。慣れた人間だけで下流を中心に探そう」
「ありがとうございます。俺もすぐに準備を……!」
頭を下げた瞬間に、肩に手を置かれた。
普段のこの人からはあまり想像できない行動だ。
「無茶な行動をしないで、彼女たちを無事に連れ戻したんだ。――お前はよくやっている、坊主」
「……!」
その言葉に、心に溜まったものが溢れ出した。
滲む視界を止められない。
だって、俺は何もできなかった。
「あと少しだったんだ。もう少しで間に合ったはずだったんだ。俺がもっと早く動けていれば」
奥歯を噛み締めると血の味がした。
ここで悔やんでも意味はない。
そんな事はわかっているはずなのに、言葉は止まらなかった。
「俺があそこに居たら……!」
「そうだな……。なら、動くぞ。猟師や、よく山に登るメンバーだ。頼りになる」
「はい」
――そして、俺たちは山に向かっていった。
体力には自信があったけれど、夜の山は別物だった。
松明の火でも、足元を完全には照らせない。
下流に回り、大きめの岩を中心に照らして探した。
しかし、何も見つからずに当日の夜は終わった。
◇◇◇
明け方になった。朝日が出て、これで捜索しやすくなった。
今日だ。
今日こそ絶対に見つける。
「キアン。これ……」
ルミアが、そっと差し出したもの。
それは、エレナ母さんが着ていた服の袖口だった。
「助かる。探す目印になるよ」
それを受け取り、握りしめる。
「気をつけて。……食事は取らないで行くの?」
「いや、道すがら腹に入れられるものを用意したから大丈夫だ」
今日は二人一組で動く予定だった。捜索した場所が被らないように、事前に細かく話し合っていた。
「セラは?」
「ちょっと興奮状態が続いてるから……。鎮静効果のある薬をね。だからまだ寝てる。私一人じゃ止められないんだ」
――それはそうだろう。
頑固なセラが、自分も山に登ると言い出すのが目に見える。
ただ、今はそれをされると困る。
計画にない行動が仇になるのは避けたかった。
少しでもエレナ母さんの痕跡を探し出したい。
「罪悪感を感じなくていい。正直、今は――」
邪魔だとも言えず、俺は曖昧に言葉を濁した。
とにかく、早く動きたい。この会話も時間の無駄に思えてしまう。
そんな事を考える自分が嫌になる。
余裕がなさすぎる。
あまりにも情けなくて、ルミアの顔を見れなかった。
「じゃあ、行ってくる」
「……うん」
◇◇◇
今日は、転落現場を確認に来た。
一緒に居るのは、ベテラン猟師のおっさんだ。
離れた所にある木にロープを括り付けて、俺たちは下を覗き込んでいた。川の流れが思っていた以上に速い。
「キアン坊、あの崖に生えてる木見えるか?」
「ああ。あれで何かわかるのか?」
崖には所々に木が生えており、岩や土で起伏が激しい地形だった。
「途中で不自然に折れてる。あんな折れ方は普通はしない。そして、その下の木も同様だ」
「……何度もぶつかって……?」
想像だけでも、その痛ましさに息が浅くなる。
この崖だってそうだ。
やはり高い。
「必死にしがみついて、手を伸ばした証拠だ。……それにあの川、実はだいぶ深い。先日の雨のせいで余計に水嵩が増している」
「……じゃあ」
俺が思わず顔を上げて、そちらを見るが――。
彼の表情は険しい。
「まだなんとも言えん。水温が低いからな……。よし、次の地点に行くぞ」
ルミアから預かった布の切れ端を握りしめる。
ぐっと目を閉じて、数秒後。
「……行こう。母さんならきっと大丈夫だ」
◇◇◇
――結局。
その日から三日間、隅々まで探したがエレナ母さんが見つかることはなかった。
そして、村の捜索隊は三日目の夜で打ち切られた。
俺はその決定に文句は言えなかった。
全員の顔に疲労が色濃く浮かんでいる。
それほど、尽力してくれたのだ。
そして、誰もひと言も発さずに村へ帰った。
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