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魔女と呼ばれる私、癒しの花を咲かせます  作者: しぃ太郎
第三章 小さな蕾と灰色

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第34話 崖、そして手の温もり


 数日前に相談した通り、私たちは山を登っていた。


 違う大陸からやってきた流行病、その病に効く薬草がこの山にあると聞いて、エレナ母さんと私たち三人は朝早くから生い茂る草木の中を歩き回っていた。


 エレナ母さんと私とセラ。

 キアンは別ルートで探すことにした。


「うーーん。見つからないねぇ。あ、雨で脆くなってる所あるから足元気をつけて」


 地図を見ながら、苦笑いをする彼女。


 森はすっかり秋の様相で、日が落ちるのも早い。

 落ち葉を踏みしめながら、木の根元や日当たりのいい場所を探してみる。


 ――違う薬草はかなり採取できた。

 しかし、目当ての物は一つも見つからなかった。


「もしかして、ガセネタだったかな?……ごめんごめん、もう少し探して見つからなかったら帰ろうか」


 エレナ母さんは、頭を掻きながら、気まずそうに笑った。

 私は、いつもの彼女の態度に溜め息をついたが――。


 セラの怒りが爆発してしまった。

 もともと、薬の調合で閉じ籠もることの多いセラだ。

 かなりの体力を消耗してしまった反動だろう。


「毎回、お母さんの趣味みたいなノリに付き合わせられるなんて最悪……!」


 セラが文句を言いながら、どんどんと先に進んでいく。


「待って!セラ、そっちは……!」


 エレナ母さんが、悲鳴に近い声を上げた。

 私の前を、母さんの茶色い髪が横切っていった。


「なによ……お母さんのせい――」


 セラの声は、バランスを崩してわずかに揺れた。

 私の目の前で、セラの足元が沈み込んだ。


 地面が斜めになっている。

 石と土が下に滑り落ちて行く音が断続的に続いた。

 何も理解できずに、私は座り込んで地面にしがみつく。

 地響きが少しずつ止み、静寂が訪れた。


 ――セラの目の前。そこは切り立った崖の上だった。


 そこから先は地面が続いていない。


「セラ!!」


 私は思わず、口元に手を当て、悲鳴を上げた。


 そこには、少し離れた所に尻もちをつくセラと、崖に必死に掴まっている人の手があった。

 見慣れた指輪に、着古した服。


「お母さん!」


 セラが慌てて、その手を引っ張ろうと掴んだ。

 手を握っても、持ち上がらない。

 私も、それに続こうとセラのもとに駆け寄る。


 ――高い!

 下を覗くと、無意識な恐怖が背筋を駆け上がる。


 必死で、エレナ母さんの袖を引っ張り、上に持ち上げようとする。

 重い。手が震える。

 エレナ母さんの爪が血だらけだ。岩を何度も、滑らせながらも掴んでいた。


 駄目だ。態勢が悪すぎる……!

 このままじゃあ……!


 誰か!キアン……!


 ――ガラガラ。カラリ。


 隣では、セラの腕が血塗れになっていた。岩で何度も傷つけられた皮膚は、血を流し続けていた。


 その間も、崖は少しずつ崩れる音がする。

 時間がない。

 早く!

 早くしなければ……!


「キアン!キアン助けて……!」


 私はまた、無意識に彼を呼んでいた。


 ――でも、エレナ母さんがそこで静かに笑った。


「ここは、崩れやすいから、あんたたち……。逃げなさい。大丈夫、この下は深い川だしさ……」


「やだ!やだよお母さん!絶対に離さないから……!」

「……セラ。あんたは自慢の娘になったよ」


 その瞬間、セラの手から、エレナ母さんの手が離れた。

 伸ばした指先が空を切る。


 嘘みたいに周りの音が消えた。

 私の握っていた袖口は、ボロボロの端切れだけになってしまった。


 数秒後。


 ――バシャン……。


 少し遅れて何かが水に落ちる音がした。

 私には、とても下を確認できなかった。


 その後の静寂が――。

 いつも通りの森の葉擦れの音や、鳥の声が。


 とても長く感じた。

 今まで生きてきた中でも、それは恐ろしく長く。


「いやぁーーーー!!!お母さん!やだーー!!」

「う……あ、あぁ……!」


 セラがふらふらと崖を覗き込む。

 今にも彼女も下に落ちそうだった。


 近くで、石が崩れる音がしている。


 私は崖下に吸い込まれそうなセラを抱きとめて必死に止めた。


 ここは崩れやすい。

 早くセラを移動させなければ。

 でも、暴れる彼女を、私一人で抑え込むのは無理だった。


「キアン!来て!お願い……!セラを止めて!」


 草木が折れる音とともに足音が近づいてきて、人影がセラを抱え込んだ。


 ――キアンだ。

 膝から力が抜けて、座り込みそうになる。


「離して!今なら間に合うから……!はなしてよ」

「セラ!落ち着け!ここからじゃ無理だ!」


 キアンが、尚も抜け出そうと藻掻くセラを押さえつける。

 半狂乱になったセラには、男性の力でも難しいらしい。


 私も、セラを説得する。


「セラ!大丈夫!ここの川は下流にいけばいくほど、岩場が多いから!エレナ母さんは、最後まで考えてた……!」


 すぐにでも、川を捜索しなければ。


 ――あの瞬間、エレナ母さんは岩壁に何度も手を伸ばしていた。

 そうだ。あれはきっと……落下速度を落とすためだ。

 何度も、手を伸ばしていたんだ。


 大丈夫。

 震える両手を握りしめる。


「とりあえず、村に戻ろう。捜索に協力してもらうんだ」

「でも、今川に飛び込めば……!」


 キアンの冷静な声に反論する、セラの悲鳴。


「セラ!冷静になれ。ロープも道具も必要だ。ここからは降りられない。下流から探しに行くぞ」


「落ち着け!?お母さんが落ちたのよ!すぐに助けに……!」


「あ……」


 セラがぐたりとキアンの胸に沈み込んだ。

 興奮し、暴れたからだろうか。

 気絶してしまった。


「俺たちまで倒れるわけにはいかない。ルミア、行こう」

「……キアン」


 彼はセラを抱き上げた。

 そのまま、私たちは山をおり――。


 夜、村の男性陣が捜索隊を作ってくれたのだった。

 しかし、誰もが沈痛な面持ちだった。

 この時期の山だ。

 川の水も冷たい。そして、女性の体力がどこまで持つのか。


 その捜索隊に加わりたかったが、キアンに止められた。

 そして、私は村で待つことになった。

 ベッドに横になるセラの手を握りながら祈る。


 私はまだ希望を持っていた。

 あのエレナ母さんだ。あの瞳は最後まで諦めていなかった。


 ――きっと大丈夫。

 そう思わないと、立っていられない気がした。




 

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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