第33話 セラとルミアの画く未来
「よし、今日はセラの誕生日だ!各自料理を一品と、プレゼントを用意ね」
数日前から話し合っていた通りに、エレナさんは号令をかけた。
お昼も随分と過ぎたこの時間。
セラは、いつもの通り調合室に籠っている。
私たちは、それぞれ使う材料を持ち寄って並べた。
ちなみに、私はデザートを作る。
「あー……端っこの方、ちょっと焦げちゃった」
エミさんに教わった、『秘伝のチーズケーキ』。
外側に適度な焼き目が入り、中のチーズはとろりと口の中に広がる。濃厚な味わいだ。
セラは意外と甘いものが好きだったりする。
頭を使っているからかな?
しかし、レシピ通りに焼いたはずなのに、石窯オーブンから取り出したそれは、左端が少し強く焦げ目がついてしまった。
「お前、チーズは焦げた所が一番美味しいの知らないの?じゃあ、そこは俺が予約な」
キアンは、薬草園にあるハーブで根菜とお肉のスープを煮込んでいる。
くたくたになったカブとニンジンを小さなお皿に乗せて、私の目の前に出してきた。
「ほい。味見どうぞ」
「うわぁ、ありがとう――美味しい!けどお肉の味見は?」
ダシもよく出て、とても温まる味だった。
野菜もよく味が染み込んでいる。
ちょっとだけ悔しいな。
「それは、後のお楽しみってことで」
「う。すごい自信」
しかし、キアンが一番料理が上手なのも事実だ。
エレナ母さんは豪快だし、セラは手を抜くし……。
私は、つついて食材を崩したり、味が不安で色々と足してしまったり。
「ほらほら、エレナ特製のローストチキン!ちょっと焦げちゃったけど、完成だよ!」
私とキアンは顔を見合わせて笑った。
エレナ母さんはいつも焦がしちゃうのだ。
お肉の焼けた香ばしい香りと、後ろの石窯から出てくる煙の匂い。
やっぱり、豪快だ。
夕食は、テーブルいっぱいに並べられた料理をみんなで楽しく食べた。
エレナ母さんの話は珍しいものが多く、私はもっと聞きたかったが、セラとキアンに止められた。
随分と盛った話が多いらしい。
話半分に聞いておけと二人に注意された。
私だって、あと少しで成人なんだから全てを信じてしまうわけではないのに心配性な二人だ。
夜が更け、私が空になったお皿を片付けていると、エレナ母さんは、キアンにテーブルの全ての料理を片付けるように指示を出した。
そろそろお開きらしい。
セラも18歳。今年は特別な誕生日だった。
――記念すべき成人の日だ。
「じゃあ、セラ。これからは私たちのプレゼントの時間だよ」
そのプレゼントに私たち三人は、とても頭を悩ませたものだった。
でも、今回はエレナ母さんのプレゼントが主役だ。
私は、リラックス効果のあるサシェを。
キアンは、新しい実験用のガラス瓶。
そして――。
「お母さん……これは?分銅?」
セラが袋を開くと、ジャラジャラと重い金属が擦れる音がした。
「これは特注。代々受け継がれるのは“これまで”の歴史。
こっちは、セラが作っていく“これから”の歴史だよ」
そのなかの一つ、きらりと光る新しいものをエレナ母さんが手に取った。
そして、それを一回ひと撫でしてからセラの手のひらに乗せた。
「……私の歴史」
「今日から薬師セラの始まりって思いな」
円形の真鍮でできた分銅。縁は少し窪みをつけられ、飾り模様もくっきりと浮かんでいる。
見た目よりも、ずしりと重そうだ。
「これ、炎?」
セラの指が、ゆっくりとその分銅を撫でる。
「あれ?言ってなかったっけ?あんたの名前の由来。燃えるもの。輝くもの。情熱。――炎」
その言葉を聞いて、セラは一度だけ目を伏せた。
情熱。
努力家な彼女にぴったりだと思った。
「……重いね」
「軽い覚悟じゃ持てないからね」
彼女はほんの少しだけ、口元が緩む。
でも、瞳はまっすぐに、エレナ母さんから逸らさなかった。
「ちゃんと、使いこなしてみせるよ」
その真剣な表情に、私たちは頼もしい未来を見た。
セラならきっと大丈夫。
いい薬師になるだろう。
――深夜。
エレナ母さんは、酔いつぶれ、キアンに部屋まで肩を担がれて退場してしまった。
私とセラは一緒に笑い合い、意気投合してどちらともなく、朝まで一緒にいる事にしたのだった。
「まだまだ話足りないから付き合ってよ!」
「うん。セラと一緒に寝るのは久しぶりだね」
二人で、ベッドに横になる。
天井にかかる梁は、こんなに近かっただろうか?
やっぱり、大人になると、見えるものの印象が変わる。
ただの思い違いかもしれないけれど。
「それで――キアンとどうなってるの?」
セラのにんまりと笑った顔で、あのキスの記憶が甦った……。
心臓に悪い。
思わず赤くなった所を見られたくなくて、布団で隠す。
「え!何その反応!?やるじゃん、キアンのやつ!」
「いやいやいや!セラが考えてる程の進展では……!」
きっとセラはもっと過激な想像をしていそうだ。
必死に否定する。
「まぁ、あいつもまだまだ20歳になったばかりだし、頼りないかもしれないけど。ついに……ね!ふふふ!」
セラは軽く肩を震わせて笑った。
二人は幼いころから一緒だから、もう本当の兄妹みたいだ。
こうやってすぐに軽口を叩き合う二人が少し羨ましくもある。
「違う違う!それにキアンはモテるし!私が彼を縛るのが怖くて、逃げ腰だっただけで……」
「あいつなら、喜んで縛られにいきそうだけど……。やだ、変な想像しちゃったわ」
セラが眉を寄せて、嫌そうに手を振る。
それを見て、思わず吹き出してしまった。
「それより、セラのそういう話は?ずーっと調合室に閉じこもってるんだから」
「私はいいのよ。早く一人前にならなくちゃ」
セラの迷いなく前を向く姿勢は、私にはとても眩しく見える。
今日のプレゼント。
あれはきっと、セラにさらに決意と自覚を促したのだろう。
――少しだけ雰囲気が変わった。
成人を迎えると、本当に大人になれるのだろうか。
私は、溜め込んだ不安を少し表に出してみた。
「……私、自分の力がよくわからないから、"癒やしの力” がいつ消えてもおかしくないの。いつか皆の足を引っ張るかも」
自分の手のひらを見る。
ただの普通の手だ。
「あのね、ルミアこの際言っておく。うちの薬屋は元から優秀なの。たまたまあんたが来ただけ。だからあんたが背負う必要はないの」
セラの言葉には、自分の店への誇りと自信が滲んでいる。
それが彼女の昔からの信念だ。
「……うん」
「ルミア一人に背負わせるのは間違ってる。ちゃんと、私が、ルミアが安心出来る薬を作るよ。でも、その途中で力が消えたら……」
そこで、セラはウィンクした。
彼女のこういう仕草は久し振りだった。
「薬草園で好きなだけ、薬草の世話してればいいじゃん。あんたの知識も役に立ってる」
それに――
と、一度セラは言葉を途切れさせて、私に背中を向ける。
「……あんたも家族じゃん」
その不器用さが嬉しくて、私は思わず抱きついた。
「セラーー!ちょっと感動してヤバいよ」
「こらルミア!どこ触ってんのよ!ちょっと離れなさいよ!」
セラの言葉は私を救ってくれた。
別に" この力 ”がなくても家族だと、ここに居ていいと伝えてくれたのだ。
それがとても嬉しかった。
私たちは、随分と長くお喋りを楽しみ、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。
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