再会
走って走って中央教会へ飛び込んだ。
自分の呼吸の音と、胸がばくばくと波打つ音が、こんなにもうるさいと思った事はない。全力で走ったせいで痛む胸を抑え、周りを見渡す。
扉を入ってすぐのホールは怪我人で埋めつくされていた。いつもはベンチ椅子が何脚も置かれ、礼拝堂になっている筈のそこがまるで野戦病院だ。
横たわっている人、地べたに座っている人、様々だったが比較的軽傷者ばかりのようだ。それでも見たことのない光景に、アトリアは目を見張り緊張で強張る体を何とか両の足で支えている。
辺りには血の臭いと消毒用のアルコールの臭いが充満しており、嫌でも獣人の鼻を刺激する。乱れた息のせいで大きく吸い込んでしまい、一気に気持ち悪さが込み上げ、軽い目眩に襲われた。
口元を手で覆い、それを辛うじて堪えながら右へ左へと視線を移し、クロードの姿を必死に探した。
「アトリア!!」
ベリエの声が聞こえて姿を探す。通路の奥の大きな扉の前で、こちらに向かって合図をしているべリエを見つけた。
「ベリエ母さん!!」
急いで近付くと、べリエにがっしりと抱き締められる。その体が僅かに震えている。視線を移した先のベンチに座るのがレオニとリントだと気付き、二人の姿に信じられない思いで瞠目した。
レオニは左腕が包帯でぐるぐる巻きに固定されて首から吊られ、左目を覆うように包帯が巻かれていた。
リントも頭と両腕に包帯が巻かれており、一目見ただけでははっきりと二人だとは分からなかったのだ。
二人共包帯には血が滲み、明らかに疲労が濃く、やつれて見えた。
「レオニさん……リントさん……」
痛々しい姿に喉の奥が締め付けられる思いがした。
心臓が嫌な音を立てている。寒くもないのに体がぶるぶると震え出し、アトリアは無意識に自分で自分の肩を抱いた。
どうして……一体何が……
「…クロさん…は…? ……クロさんは、どこ…?」
「中だ」
レオニが向けた視線の先、大きな扉の向こうにクロードがいると言う。力無くふらふらと近付くと、ベリエに止められてしまった。
「ここで待つように言われたんだ。……怪我が……酷いからって……」
べリエは言い終わる前に表情を歪め、堪えきれずにそのまま両手で顔を覆うと、アトリアに背を向け肩を震わせている。
その意味が理解出来なかった。無意識にゆるゆると頭を振る。
「何が……何があったの……?」
ベンチ椅子に力無く座るレオニとリントを見る。
リントは頭を抱えるように座り、体を震わせていた。
「レオニさ——」
床に膝を着くようにしゃがみ込んだアトリアとレオニの視線が交わった時、直ぐ側を一人の女性と子供二人が足早に通りすぎた。
女性と治癒師が言葉を交わすと、三人が別室へ通されて行く。子供はシエロ位の年頃と、もう少し幼いだろうか。二人とも今にも泣き出しそうな表情だった。
「……ヤマさんの奥さんと子供らだ」
レオニが重たい口を開く。
「え…どうして向こうに……? 治療はここでされるんじゃ……」
レオニの顔が伏せられる。
その先の言葉は無かった。
「俺のせいなんだ」
口を開いたのはリントだった。
顔を上げると涙を浮かべた彼がアトリアの目の前に座り込んだ。
「アトリアさん、すいません! くまさんは俺を助ける為に……——」
「リントのせいじゃない。……誰のせいでもない」
再びレオニと視線が交わる。その瞳には明らかに躊躇いの色が見えた。
「教えてください。何があったのか」
鳴り続ける胸を抑える。
レオニの表情に不安を覚えたが、クロードの身に何が起こったのか、どうしても知りたかった。
「撤退命令が出て、帰路に着いた時だった。いきなり後方から小規模な部隊に襲われた」
「え…」
「殿が俺らだった。一番後ろにヤマさんとリントがいて、その直ぐ前を俺とクロードが歩いていた」
「…!」
「二人が急襲されて助けようとした。……でも、クロードは攻撃しなかったんだ。……違うな。出来なかった、が正しい」
「なんで」
「……相手が獣人だったからだ……」
「……っ……」
頭から血の気が引いていく。膝を着いていたのにふらついてバランスを崩してしまった。
アトリアの肩をシエロが抱いてくれる。いつの間に到着したのか、それにすら気が付かなかった。
「奴等は正気を失ってた。力も攻撃もめちゃくちゃで……なのにっ、アイツは防戦一方で……そんな余裕なんかある訳無かったのに——」
レオニは悔しそうに顔を伏せると口を閉ざしてしまった。
リントは床に伏せるように項垂れ、声を押し殺して体を震わせている。
どうして……
クロさん……
拳を固く握りしめた時、閉ざされていた扉が開いた。
中から治癒師が現れる。シエロに手伝って貰い、震える足に力を込めて立ち上がる。
「クロードさんのご家族の方ですか?」
頷く。
声が出て来なかった。
「お会いになりますか?」
頷く。
固い表情に不安を煽られたが、会わない選択肢など無かった。
シエロに支えて貰い、ベリエと共に中へ入った。
いくつかベッドが並び、その全てに怪我人が乗っている。皆重症の様子だった。そんな彼らに不安がさらに煽られていく。
部屋の奥、衝立に仕切られたそこにクロードがいた。
身体中を包帯で覆われ、あちこちから細い管が伸びている。
有り得ない姿に涙が溢れ出した。
「クロさん!」
包帯だらけの手を握り名前を呼んだ。
高熱のせいか、手が驚く程熱い。
瞳は固く閉ざされ、開く気配はなかった。
届いているかどうかも分からなかったが、何度も名前を呼んだ。
シエロもベリエもクロードの姿を直視出来ずに、顔を背けて泣いている。
目の前の光景が信じられなかった。
時折うなされる彼の手をぎゅっと握り、名前を呼んだ。
彼の姿を目の当たりにしても信じられずに、受け入れられるようなものではなかった。
涙が溢れ、声と体が震える。
叶うなら叫び出してしまいたかった。
横たわるクロードの右足。
膝から下が失われていた——




