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旅路のなかのグレイコーデ  作者: 紅葉
第三章 ハロケリアの歌
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第三十五話 『一つの方向』

「これから冒険者組合と大教会の歩み寄り、その最初の一歩を踏み出す。従って、調印式を執り行う。──各代表者、一歩前へ」


 その声に従い、二名の人物が前に出てきた。片方は紳士服を身に纏った大柄な男。冒険者組合ハロケル支部の長、ロゼルト・アルバ。

 そして、もう片方は神官服を身に纏った細身の男、旧ハロケル村教会の神父、モアテル。

 二人が壇上に上がった途端、どよめきが起きる。

 その種類は大きく二つに分かれていた。

 なぜ、この『信仰断ち』のハロケルにモアテルのような神官然とした人が堂々と足を踏み入れているのか。

 そして、アルバとモアテルの中央に立つ灰色の壮年は誰なのか。


「……あの人……どこかで……?」


 衆目が一斉に集まる中、一人の老人の呟きがやけに大きく聞こえた。


「あれは……確か……【暗灰】の、勇者……?」


 群衆を冒険者組合の職員や衛兵が抑え込む。その中にはティルサとイレーベの姿もあった。イレーベはこちらをちらりと見やるとゆっくりと小首を傾げる。

 イレーベはあの精霊を知っていたのだ。それによってもたらされる被害も何もかもを、知っていてなお、グレイコーデに託した。


「……」


 そんな視線を受け取り、グレイコーデは苦々しく顔をしかめた。ただ、それだけだった。

 直接責めるわけでもない。イレーベはただ知ってしまったに過ぎない。人死の未来を見てしまっても、見た本人に罪はない。

 そして、それはもうすぐ終わる。

 精霊は打ち倒され、この街に新しい統治機構が生まれ、新たに歩み出す。

 そうなると、グレイコーデは信じている。


「私はグレイコーデ。【暗灰】の勇者だ! 私は帰ってきた! 今ここに、新しい時代を担う者たちが集結している。ならばこそ、私はその者たちが手を取り合うのを助けよう! 魔王を討ち果たした、勇者の名において!」


 沈黙。沈黙、沈黙。

 そして。

 グレイコーデは口角を釣り上げた。

 最後の欠片は、新しい勇者の手の中にある。


 ✝


 殺意の塊が振り下ろされる。

 瞬間、大量の水が【薪】の頭上から降ってきた。怯んだように精霊の動きが止まる。


「な、に……?」

「レオット、掴まって!」


 水とともに降ってきたのは、あの小さな子ども──ユーリ。血に濡れた手を伸ばすと、ユーリははっ、と顔を歪めて、強く手を引いた。

 ユーリは【薪】を抱えると、【指向】の指印で高跳びし、花畑から離脱し、屋根に着地する。

 追撃してくる銃撃は、ユーリの剣戟によって一つ残らずに叩き落される。

 そして。


「【媒介魔法陣経由:教導封印】っ!」


 花畑全体を、結界が取り囲む。


「なにを、しているんですか……そんなことをしても、意味は……」


 結界術は、互いの力量差が大いに術の結果に影響する。ユーリが花畑全体を囲ったとしても、圧倒的な力を持つ精霊の影ならば容易く突き破ってくるだろう。


「知ってる。だから、こうする──【媒介魔法陣経由:教導燈火】っ!」


 金色の炎が結界内に沸き熾り、荒れ狂った。その熱は周囲の水を瞬く間に蒸発させるが、結界内からはその蒸気が逃げる隙間はない。

 魔力のこもった炎は、精霊を傷つけられない。だが、熱を込めた蒸気ならば。そして、圧力ならば。

 金色の炎の燃料は魔力だ。そして、その炎は水の影響を受けない。

 サシャに倒してもらった雨水を貯めるための貯水槽とユーリの魔法。

 結果として、精霊の花畑は超高温の水蒸気と圧力が混ざり合う地獄と化していた。

 シルヴィアがもしこの光景を見ていればこう言うだろう。──『圧力鍋みたい』、と。

【薪】は魔法の魔力波の特徴と自前の頭の良さで、目が見えずとも精霊の身に降りかかる現象を理解する。


「……これは、ユーリが考えたんですか……?」


 それにユーリは「ううん」と首を振って、少し遠くから血だらけの【薪】を見つめているサシャを連れてくる。


「サシャが考えてくれた。わたしはそれに従っただけ」

「……えっと、あなたが書いてくれた魔法の効果一覧を見て……思いついたんです。ボクは戦えませんから……せめて、こういうことで役に立てればな、と……」

「……」


 この少年は、まともな教育を受けていないはず。それなのに──。

【薪】が息を呑む。

 パキリ、と音がした。

 しかし、それは幻聴だ。例え、結界が破られようとも魔力そのものである結界に物質的な構造はない。

 しかし、そんな音が幻聴として聞こえてくるほど精霊を閉じ込めた結界はすでに崩壊寸前だった。

「行ってくる」

 ユーリがフードを外して、剣をヒュ、と振り下ろす。顕わになるユーリの魔族の角と紋様。サシャの顔が驚きに染まった。


「ちょっと待ってください! 勝算は……」

「なければ行かない」

「……それはそうですけれども」

「それに、わたしは人間相手よりも怪物相手のほうが得意だから」


 それを気に、完全に破られる結界。

 蒸し上げられた花畑は弱っているが、それでもなお、勢力は健在だ。脅威の再生能力、攻撃力、そして侵略力。戦うのは馬鹿馬鹿しいとも思えるような相手。

 ユーリはそんなことは百も承知だと屋根から飛び降りる。

 その手には、真っ赤なブローチが光をきらめいていた。


「セント──あなたを助けるから」

 ──【風舞】


 ユーリを絡め取ろうと伸ばされた蔦が、全て真っ二つに斬り断たれた。【風舞】の風がユーリが着地する地面に広がる花畑を抉り取って、花びらの残骸が舞う中、降り立つ。


「行くよ」


 小さな勇者の舞踏が始まった。

 蔦を斬り裂き、足を進める。銃撃を打ち落として足を進める。若木を切り潰して足を進める。

【薪】の目から見れば、それは稚拙な戦闘技能。だが、ユーリの戦い方にはその欠点を覆い隠すほどの『凄み』があった。

 麻痺毒を撒こうとした花弁は狙って潰される。銃撃を放とうとした木枝は銃撃を撃つ前に斬られている。

 精霊が次に何をしてくるのか、それを読んで次々と先手を打って潰している。


「すごい……」


 これがユーリ。【薪】とは違った根本から化け物に対抗する勇者というもの。これが、グレイコーデの弟子。

 魔王を討ち果たした勇者の弟子。

 徐々に蔦に巻かれたセントに近づいている。

 だが、一人で相手をするには些か足りない。ユーリの一振りの剣に対して、精霊は周囲を取り囲むほどの軍勢を持って圧殺しようと一斉にかかってくるのだ。


「……私も、ただ見ているだけではいけませんよね」

「何をするつもりですか!? こんなにも血だらけな身体で……」

「屋根の上からでも、助けられるんですよ」


 呟いた【薪】は眼帯を撫でて片目のみをずらした。

 白杖をまるで狙撃銃のように構える。


「……一人で突っ込むのは無しにしてくださいね」


 ポスッ、と頼りない銃声が白杖の先端から響いた。

 しかし、発射された銃弾に込められているのは、【加速】と【発火】の魔法陣。

 結果、ユーリの背後から迫っていた食人植物の巨大な体躯を轟音とともに一撃で消し飛ばした。

 ついで、二発目。

 轟音とともに、ユーリを塞いでいた朽木の壁に大穴を空ける。

 ユーリは、その援護を予想していたかのように反応も見せずに突き進む。

 ついに精霊に同化しているセントの元に立った。


「反省して罪を償って」


 そして。

 ユーリは真っ赤なブローチをセントの胸に押し当てた。

 その瞬間、セントの口からおぞましい声が漏れ出した。手足をめちゃくちゃに振り回して、絶叫する。

 花畑が枯れ始め、セントを巻き取っていた蔦が萎れる。

 精霊の魔力は真っ赤なブローチに吸収され、セントは地に投げ出された。


「ヴィンセント!」


 サシャが叫び、屋根から飛び降りる。枯れ木のような体躯のどこにそんな力があったのか。枯れ果てた花畑をかき分けて、セントのところまで寄り、ぐったりと地に伏せている彼の顔面目掛けて、思いっきり拳を振るった。

 グシャリと生々しい音が沈黙の中響く。


「……オレ、は……?」

「バカ野郎──ッ!」


 やがて目を覚ましたセントを、サシャは思いっきり立ち上がら、ふらりと揺れる身体に喝を入れた


「あ、グレイコーデ様からもらったブローチが……」


 真っ赤なブローチは、明滅を繰り返し、粉々に砕け散ってしまう。ブローチは封印効果のある魔導具だという。それが砕けたということは──。

 精霊に打ち勝ったというのに例えようもない不安感に苛まれて、目を上げる。

 ポツポツと再び雨が降り出してきた。


 ✝


「雨……?」


 グレイコーデが呟いた瞬間、異変が起こった。

 条約の式典会場に突如として絶叫が響いたのだ。それは、街を震わせ、辺り一帯の地域に響き渡る。

 式典の会場に、緑色の奔流が生えてきた。それらはうねり、一つにまとまり、やがて大輪の花を咲かす。

 ──精霊の蔦。

 蔦が観衆に襲いかかり、辺りは狂乱に包まれた。

 観衆の声がつんざく。


「ちっ……ユーリ、しくったか!」

「なんなのよ、これ!?」


 いつの間にか壇上に上がったティルサが悲鳴のような声を上げる。


「イレーベに聞け! まずは民間人の避難だ! 得意なんだろう、冒険者組合の連中は! 分からなければ衛兵の指示に従って動け!」

「あー、もうっ! 意味分かんない!」

「ティルサは『火』なのだろう? 蔦を止めろ、民間人を守り抜け! 今が【赤腕】の力を振るう時だ!!」


 グレイコーデは壇上から飛び降りて、アルバとモアテルに声をかける。


「お前たちは戦えるか?」

「聞きたいことは多くありますが……」


 紳士服の袖を捲り、アルバはボタンを外す。モアテルは神官服の襟を整えて、ゆっくりと微笑んだ。


「無論ですとも」

「私もささやかながら助力をいたしましょう」


 グレイコーデの両隣に冒険者組合と教会の代表が立っている。民間人を守るという目標を持って、協力し合っている。それは、まるでいつかの時代。

 魔王を倒すために、皆が一つの方向を向かっていた時代。

 グレイコーデは戦えない。だが、周りの人々が戦ってくれるのだ。

 ちらりと屋敷の残骸方面を見ると、あちらこちらから視線を感じる。銀色の光が見える。


「……あいつも難儀なものだ」


 グレイコーデは二人に向かって矢継ぎ早に指示を出しながらユーリたちの無事を祈っていた。

 精霊の威容が迫る。

 だが、グレイコーデに率いられる者たちは、皆、瞳に希望の光を宿して、民間人の救助や戦闘などをこなしていた。


お休みします。

プロットが出来上がるまでお待ち下さい……。

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