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旅路のなかのグレイコーデ  作者: 紅葉
第三章 ハロケリアの歌
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第三十二話 『再戦、談戦』

 双月が最も天高く昇り、輝く時。住宅街は寝静まり、絶え間なく胎動する街も一時の休息を得る。

 だが、そんな常識を覆すように、ハロケルの街のとある地区では煌々と灯されて、眠らぬ街となっていた。

 歓楽街、夜の街、享楽に浸った街。呼び名を上げれば切りが無い。

 双月の光は毒々しい街の極彩色によって霞む。

 ハロケルで唯一の悦楽、黒革地区である。


「ここって」

「聖堂街にはなかったか。夜の街──つまり、歓楽街だ。……ユーリにはまだ早い場所かもしれないな。声をかけられても振り返るな。金をむしり取られるぞ」


 グレイコーデとユーリは隣り合って往来の中を歩いていた。

【薪】の姿はない。サシャと共に、地下水路経由で貧民窟に向かっている。

 今頃、民間人の避難誘導を始めているだろう。

 時間帯は深夜だが、この地区は未だに大勢の人々が歩き回っていた。皆、疲れた顔をしているが目だけは異様に輝いている。

 目の先には無数の娼館が所狭しと並んでいる。妖しげな光と甘ったるい匂いを振りまきながら、人々を誘い込むさまはまるで虫捕りの罠のようだ。

 扇情的な格好をした売り子は、この街において盗賊よりも『厄介』だ。

 金と快楽が支配するとはまさにこのこと。

 酒と性の匂いが漂う街に、ユーリは思わず鼻を覆った。


「こんな時間、こんなところに……もしかして」

「お前が何を考えているのかは分からないが、俺は【銀海】に会いにきただけだ。あいつは昼も夜も、寝る場所さえ歓楽街といった馬鹿者だからな」


 真面目な顔をして、実のところ女と乳にしか興味のない男だ。守りたいものが単純なゆえに、どこまでも強くなったと聞いたときには頭を抱えたものだ。

【銀海】の新たな一面にユーリは顔をしかめて。


「……不潔」


 ぼそっと一言吐き捨てた。


「お前もそう言えなくなるときがくるだろう。せいぜい若いうちから、いつかお世話になるところに目を慣らしておいておけばいい」

「……なんか、やだ」

「む?」


 傍らに目を向ける。頬がほんのりと赤く染まったユーリがこちらを軽く睨みつけていた。


「そんな話、勇者様から聞きたくなかった」

「お前は俺が清らかな聖人君子のようにでも見えているのか?」

「違う、けど。なんだが、もやもやする」


 胸を押さえて、もじもじとしている。


「ったく。ほら、さっさと行くぞ」

「……うん」


 沈んだ声。


「……はぁ。昔、銀髪エルフに連れられて、色々と巡っただけだ。俺の仲間にはシルヴィアやらアトリーナやらのとんでもない化け物たちがいるんだ。そんな連中に隠れてやるなんぞ不可能だった」


 実際問題その通りだったし、そんなことに金を使う余裕があるのならば、もう少し贅沢な食事をしていた。

 戦うたびに折れている剣や、シルヴィアが壊した建物の修繕費に金と苦労が飛んでいく。宿に防具、食事に武具。旅路には何かと金がかかるものだ。

 ……何事にも例外はあるが。


「ならいい」


 口数の少なさとは裏腹に、途端に上機嫌になったユーリはグレイコーデの腕を掴んで跳ねるように先に進む。

 唐突な態度の変わりように、グレイコーデは目を白黒させながら、頭をかいてユーリの態度はどういう意味なのかをしきりに考えていた。


「……そろそろだな」

「ん?」


 グレイコーデが足を止めて、裏路地へと入る。ユーリも後に続く。

 ゴミ箱がいくつも倒れて、ゴミが散乱している。悪臭が酷く人通りの多い表通りとは違って、ここには人気が全くない。


「これから偽装魔法をかける。【透明化(ウルバノ)】だ。あまり激しい動きは無しだ」

「……もしかして」

「ああ。【銀海】のパーティーが数人いた。恐らく【銀海】も近くにいる。警戒を怠るな」

「うん」


 ──【透明化(ウルバノ)


 指印を刻んだユーリの姿がグレイコーデの視界からかき消える。


「勇者様は?」

「二人とも【透明化(ウルバノ)】で近づけば気配を気取られて殺される。俺という目に見える存在がいるんだ。目立つ存在がいてこそ、お前の偽装の偽装になる。……【銀海】には無駄だろうがな」

「……グレイコーデ様は、あの人と何を話すの? 味方になってくれるはずがない。わたしを散々追いかけ回して、殺そうとして……」

 ──ユーリもアーグランドを殺しかけた。


 そのことはユーリの記憶にはないだろう。グレイコーデも分かっている。今のままでは、【銀海】を味方につける方法など万に一つもないということを。パーティーの視界に二人が映れば、主を傷つけた犯人として、即座に矢を射掛けられるだろう。

 だが。


「俺は勝算のある勝負事にしか賭け金を賭けない」

「勇者様は、あの人が仲間になってくれるって思ってるの?」

「この国を出るまでの間は、俺たちを襲わないという条件、そして街をセントの手から守ることへの協力。──俺たちが手に入れなければならないのはその二つだ。【銀海】を仲間にするのではない。取引をして、こちらの条件に首を縦に振らせればそれでいい」

「……それは、」

「必要以上のものを手に入れようとするな。必要最低限のものを取りこぼさないようにすれば俺たちの勝利だ。そういう意味でなら、俺たちに軍配が上がるだろう。必要以上のものならば後からついてくる」


 この考え方は、ライゼンタークのものだった。問題を大きくせずに淡々と一つ一つ分割して処理していく、そんな現実的で夢のないやり方。夢見がちなアトリーナや大雑把な銀髪エルフには何かと文句を言われていたが。


「ライゼンタークは、必ず行動以上の成果を手に入れてくる男だった。俺もそのやり方には憧れたものだ」

「……?」


 ライゼンタークの誠実さゆえだろう。多くの者が心を動かされ、彼のために働くことができた。ああいった性格は、リーダー向きだ。

 それゆえに、表では勇者パーティーのパーティーリーダー役としていつもライゼンタークが交渉の場に向かったのだ。

 今思えば、勇者パーティーのはずなのに、勇者である自分が途中加入した傭兵にパーティーリーダーの座を譲るなど、彼には情けなく見えていただろう。

 ライゼンタークにとって、グレイコーデとは何だったのか。

 結局、それも聞くことは叶わなかった。


「あの店だな。【銀海】のやつらが頻繁に出入りしている。入口側の警備の具合から見て……【銀海】がいるのは奥だな」

「どうするの?」

「ふむ。ユーリ、俺の手を掴め」


【透明化】のかけられたユーリの姿は見えない。だが、確かに心配そうな眼差しがこちらに向けられたように思える。

 問題はどのように【銀海】のパーティーの目をかいくぐるのか。

 その答えは。


「こうするんだ」

 ──【通信(トロン)


 グレイコーデが耳に手をかざし【通信(トロン)】の指印を組む。

 瞬間、周囲の景色がどろどろと崩れ落ちていく。


「な、なにこれ……!」

「やはりな。気をしっかり保て」


 周囲が自分の身体も含めて暗闇に染まる。その暗闇のなかをひたすらに落下する感覚。

 そして。

 光が見えた。

 目を開けると、薄暗い魔石灯の輝く室内にいる。

 ふわり、と妖しげな香煙が漂う。壁には売れば農民ならば一生遊んで暮らせるほどの額を持つであろう貴金属の糸で編み上げられた絵画があった。

 輝かしいほどに磨き上げられた卓上には、細かな宝石細工が上品に並べられている。それがコップだと気づくのには、僅かな時間を要した。

 そんな贅を尽くした部屋に腰掛けているのは、金糸を織り込んだ薄布をいくつも重ねて纏った【銀海】だった。

 金品は、それ相応の人物が身につけてこそ輝くというもの。凡庸な俗物が身につけたからといって、その品に込められた価値を十分に発揮することはできない。

 だが、【銀海】は違った。

 赤銅色に睥睨する瞳。流される銀髪。その体躯。

 全てが金品の主であるがごとく、調和し、何倍にも価値を引き出している。

 天性の王。その才能。

【銀海】は、ドライブ・セントの第一王子であると無言ながらも雄弁に語っている。


「転移魔法だな」

「貴様がオレ様に空の【通信(トロン)】など不躾なものを送ってくれたからな。希望通りか?」

「無論だ。人を転移させる時には、転移先に注意をはらうものだが、散らかっているな」


通信(トロン)】を【銀海】宛に送ったのだ。一瞬でも互いの魔力が通じれば、転移魔法でこちらを自分の元に転移させるなど造作もないだろう。

 床下には多くの酒瓶が転がっていた。酒瓶すらも、【銀海】のくつろぐ姿の伴には宝石に見える。


「……察せ。貴様の弟子に喰われた傷が疼くのだ」

「ここは娼館だろう? 女では満たされないのか」

「食べ飽きた。もういい」


 まさか本当に娼館にいるとは。首元を噛み千切られてなお女漁りをしていたとは恐れ入る。


「ところで、首元に浮かべている物騒なものをどうにかしてくれないか? 俺はお前に害は与えるつもりで来たのではない」

「戯言を。【透明化(ウルバノ)】をかけた者を連れている時点で貴様に弁明する機会はない。いっそ両方かけてくれば良かったものを」


 転移直後より、グレイコーデの背後の首筋には一筋の銀色に発光している宙を舞う銀糸があった。込められている魔力の具合からするに、ずらすだけでグレイコーデの首を切断できるだろう。

透明化(ウルバノ)】をかけているはずのユーリのそばにも纏わりついて動きを封じている。

透明化(ウルバノ)】を解くと、【銀海】を睨みつけているユーリの姿が顕になった。

 反射的に漆黒の杖を取り出すアーグランドに、グレイコーデはにやりと笑う。

 グレイコーデとユーリ、両方に【透明化(ウルバノ)】をかけていれば転移してきた瞬間に殺されていた。【透明化(ウルバノ)】をユーリにかけなかったとしても転移直後に殺されていただろう。アーグランドは不可視化したユーリを警戒して転移してからもしばらく様子を見ていた。

 つまり、姿の見えないユーリはアーグランドにとって警戒に値する相手というわけだ。

 当たり前だろう。

 なにせ、この前、首筋を噛み千切られたばかりの相手なのだから。


「取引をしないか? アーグランド」

「貴様お得意の口車か」

「ああ。戦うのが得意ではなく、皆の後ろをいつも不格好に走っていた、不出来な勇者の得意技だ」

「……聞こうか。不審な行動をすれば即座に切り捨てる」


 周囲を取り囲む銀糸を見ながら。


「比喩でないことはなんとも残念だ」

「貴様の言葉で証明するとしよう。比喩か、否か」


 懐から赤い宝石のついたブローチを取り出す。

 それの正体に気づいたアーグランドは目をみはった。


「俺がお前に望むのは、ユーリに手出しをしないこと。そして、街で生まれた精霊術師の暴走を止めるために協力することだ」

「王位継承のブローチ、か。……なるほどな。そちらの手札はそれか」

「その通りだ。これがあれば今お前を悩ませている問題の大半は片付くんじゃないか。【銀海】?」


 赤いブローチを見て、アーグランドは顔を伏せて、そして次の瞬間には興味のない冷淡な瞳に戻っていた。

 察する。この手札では駄目だと。


「足りぬな。確かにそれがあれば、ドライブ・セントの侵攻の大義名分を無くしてしまう。──だが、それだけだ。すでにドライブ・セントは戦争のために金を投資している。周辺国も然り。今から戦争を止めようとすれば、どれほどの損害が出るか……それこそ戦争をしたほうがマシといえるだけの損害が生じるだろう」

「……戦争を前提としているのか。宣戦布告もまだだというのに」

「いずれ訪れる必然の未来だ。王位継承のブローチはそれを早めるか、遅らせるかの道具でしかない。そんなものは、このオレ様に必要ない。……戦争が始まれば、それはただの宝石細工だ。どこかの貧民にでも寄贈すれば喜ばれるやもしれんな」

「…………」

「これで終わりか?」


 アーグランドの語り口に違和感を覚えたが、今手に持っているブローチは手札になりえないと、卓上の上に一つ、乗せる。


「まず、精霊術師の話はオレ様にも情報は入っている。街の地区一つが『樹海』に沈んだそうだな。……良くあることではないか。六十前には、魔王によって全ての大精霊が暴走させられて星が割れたこともあった。その際は【烈火】が単騎で沈めたのだったか。勇者とはそういうものなのだ。……まだ、それほどの被害は出ていないのだろう?」


【銀海】のアーグランドは鼻を鳴らす。


「放っておけ。暴走したのは所詮、一端の影だ。魔力が切れれば直ぐに散る。核を破壊するほどでもないだろう。……もしや、核を助け出したいと抜かすわけではあるまい?」

「その通りだと言ったら?」

「…………バカバカしい。自身を顧みて他を言え。全盛期の貴様ならば叶えられたかもしれんが、今の貴様には無理だ。諦めろ」

「だからこそだ、アーグランド。お前の力が欲しい。──ここで、二つ目だ」


 ゆっくりと、確かめるようにメモ書きを卓上に滑らせる。アーグランドの目線がそこに落ちた。


「核となったのはとある少年。名をヴィンセント。東方大陸を支配するアーシュトメリア、その一大新聞社の重役……その息子だ」

「……ほう?」


 予想通りに食いついてきた。アーグランドは実益主義だ。利用できそうな情報にはとことん弱く──そして、鋭い。


「ヴィンセントを助け出した時には、全てお前の手柄にしてやる。アーシュトメリアの新聞社といえば世界の情報網を握っているといっても過言ではない。そこに恩を売り、コネを作れる」

「認めよう。確かにそれは……とても魅力だ」

「ならば──」

「──だが、綱渡りだ。それもとてつもなく」


【銀海】は頭が切れる。長く主席勇者をやっている男だ。危険な匂いは、嗅ぎ慣れている。


「精霊術師と戦うというのは、それすなわち助けられる可能性を生むことになる。それがどれほどの小さく、目に見えないほどの極小のものであっても。可能性が生じてしまう。それそのものが問題なのだ。『助けられるはずだったのに、助けられなかった』……そう捉えられる可能性がある」

「それはどちらの選択をしても同じだ。助けに行かなかったという選択は、すなわち『助けられるはずだったのに、見捨てた』とも捉えられる。親の子を想う視線はどれほどの現実であろうと歪めてしまう。それを知れ。ましてや相手はアーシュトメリアの商人だぞ」

「詭弁だな」

「詭弁はそちらだ、アーグランド。……どう思われようとも、どれほど悪辣な評価を受けようとも、助けられる命を助けようとは思わないのか? 『勇者』だろう、お前は? まだ【銀海】を名乗っているんだろう?」


 いつの間にか身体を縛る銀糸は消えていた。

 グレイコーデは木卓に両手をついて、声を上げる。



「──お前は、勇者じゃなかったのか? 俺の命を救ってくれた、俺の憧れた勇者じゃなかったのか?」



 その声を聞いた瞬間、アーグランドは忌々しげに顔をしかめる。


「……黙れ、グレイコーデ。オレ様にはそのような他人を救う余裕などないのだ」

「なんだと……?」

「オレ様は、ある目的のために動いている最中だ。ハロケルにやって来たのもその一環だ。オレ様は──大教会を敵に回すつもりだ。冒険者組合もその過程で敵となるだろう……オレ様には、余裕がないのだ。分かってくれるか?」


 アーグランドが初めて弱音を吐いた。これが初めてのことだった。六十年前、アーグランドは自信の塊のような男であり、吐くこと書くこと全てが自身を鼓舞するような勝ち気なものだった。

 そんな男が初めて、弱音を吐いたのだ。


「この街を訪れた時に、オレ様の傍らにいた女を覚えているか? ──【薪】と名乗る女だ。彼女は、大教会から離反する前兆を見せた勇者につけられる『警告』だ。分かるか? あの血の臭いを漂わせた女が、『警告』なんだぞ……!?」

「何を言っている……【薪】が……?」

「【薪】は聖堂騎士団直属の執行組織──『天鈴』に所属する処断者だ。……分からないのか? 【薪】を伴うということは、命を大教会に握られているも当然だ。【薪】が付き添い始めてからは、各地での計画に大幅な乱れが生じ始めた。ようやくなのだ、貴様に【薪】の監視が移り、自由に行動ができるようになったのは」


 激しい口調で言い連ねるアーグランドを、ユーリは不安そうに見つめている。……そう言えば、ユーリは【薪】がレオットでレオットが【薪】ということを知らない。

 見知らぬ人を警戒しているように映るだろう。


 ──もしや、最初からそれが狙いで……?


「セントレアのケンモウは殺された。贅を尽くし、領民から税を搾り取っていた、というのが『表向き』だろうな。あの『ものを奪う魔法』の研究をしていたからというのが『裏の表向き』の理由だろう。『裏の裏向き』はもはやオレ様でさえ想像がつかない」

「【薪】が……統治貴族を殺した……? そんなバカな話が」


【薪】の笑顔が二重三重に重なって見える。本当の【薪】はどれなのか、まるで見当がつかない。


「グレイコーデの弟子」

「……なに?」


 唐突に呼びかけられたユーリはぴくりと肩を跳ね上げて、警戒の滲んだ声を剥き出しにする。


「ケンモウが死んでいたのだろう? 貴様が殺したのか? ──大教会の手先として、貴様があの英雄を殺したのか? 大教会の魔族奴隷として」

「教会の魔族奴隷……? 何それ、そんなわけ……ない」

「死体には木製の矢が刺さっていた。あれは【制裁(ペテロの矢)】と呼ばれる処断者の魔法だ。貴様は見たことがあるのではないか? ──天より飛来する死、慈悲深き死、と奴らが言うそれを」

「……」


 ユーリは沈黙する。ユーリは知っていた。その矢は、自身を貫いて虫のように地面に串刺しにしようとしていたのだから。

 そんなユーリを見て、アーグランドは何かに思い至ったようだった。

 歯をぎりぎりと噛み締めて、息を吐く。


「…………分かった。そういうことならば、条件を飲もう。オレ様はユーリをこれ以上追うことはない。大教会の干渉を受けていない以上、時間の無駄だからだ」

「助かる」

「ただし、精霊術師のほうは助けることはできない。目立ち過ぎる。何よりも、【薪】と共に戦うなど正気の沙汰ではない。いつ背後から刺されるか分からない戦いなど」


 アーグランドの目線がこちらを真っ直ぐと捉える。


「──手助けはしてやる。そのブローチの使い方を教えてやろう」


 卓上にあるブローチに、指を指す。


「王位継承のブローチ、その伝承と試練については前に話したことがあったな」

「ああ。確か、『悪魔』がブローチの中に封じられているんだったか」

「伝承は嘘で、そのブローチは空だったという話だ。だが、ブローチが魔導具という話は本当だ。そのブローチには、中規模程度の魔力生命を閉じ込められる。それを使えば、精霊術師から核が散る前に精霊を引きずり出し、閉じ込めることで助けられるはずだ。……可能性は、極々低いが」


 アーグランドは指を組んで額を落とす。

 そして。



「オレ様の頼みだ。勇者の使命を代わってくれ。苦しむ人を助けることすらできないオレ様の代わりに」



 頭を、下げた。

 あの【銀海】が頭を下げたのだ。

 グレイコーデはそれに大層驚きつつも、【銀海】の肩に触れて、顔を上げさせる。


「それは、俺に頼むことじゃない」

「では、誰に──」


 アーグランドの視線がグレイコーデの隣を見やる。

 そして、【銀海】は納得したような、諦めたような、そんな表情にほんの僅かな嬉しさを込めて。


「ユーリ、だったか」

「……うん」

「すまなかった。あの時、傷つけてしまって」

「……うん」

「頼まれてくれないか、オレ様の願いを。あいつに説かれた勇者の願いを。──精霊術師を、助けてくれ」


 その男の願いに、ユーリは一度目を閉じて。

 フードを外した。

 ふわりと短い黒髪が広がる。

 捻れた角と焼けた魔族の紋様が外気に晒される。

 それを『見せつけて』、ユーリはゆっくりと目を開けた。

 その、紫色にきらめく瞳を。


「まかせて」


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