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旅路のなかのグレイコーデ  作者: 紅葉
第三章 ハロケリアの歌
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第二十九話 『【視る】ということ』

 席を大きなテーブルに移してもらい、一段落。料理を食べ終わったところだが、店主の好意に甘えさせてもらっている。

 しかし、店の主は客の前に姿を表さない。給仕を通して言葉を伝えたのみだ。やはり、このような異国の料理を作る人の顔は見てみたいものだが。

 仕方ないだろう。

 目の前の人物たちに視線を向ける。

 幼気ながらも端正な顔。金色の長髪で飾る筋肉の薄い華奢な体躯は歳を感じさせない。冒険者組合の受付嬢、ハルネ・イレーべ。

 健康的な小麦色の肌に鋭い流し目が目立つ。赤髪を結ったその先は左胸に流れており、豊かな胸とそれと同等の筋骨が浮き出ている。冒険者組合の職員、ティルサ。

 どちらも方向性は違うものの、冒険者の間では憧れの的として絶賛されていると聞く。


「でさ」


 グレイコーデと視線が合うとティルサは腕を胸の前で組んでこちらを威嚇するように声色を詰める。


「君は本気なの?」

「何の話だ」

「とぼけないで。今この街で有名どころの話題といったら『冒険者組合と大教会の条約』に決まってる。支部長から君が仲介役として入ったって聞いた」

「この人があのグレイコーデさん、ですか? 魔王を倒したっていう……あの?」


 イレーベは目を丸くしてまじまじとグレイコーデを見る。

 緩慢な手つきで視線を払った。傍らではイレーベも同じような目をこちらに向けるユーリの姿がある。

 嘆息。


「仕方ないだろう。文句ならばあなたたちの上司に言え。俺は頼まれただけだ」

「自分からすり替えたと聞いたけれど」

「奴が最初に提示してきた条件は俺の信条に反するものだったからな。まさかハロケルにここまで面倒な事情があると知っていれば考えもした」


 アルバが最初に提示したのは、グレイコーデを冒険者組合の象徴として祭り上げるというものだった。旅路に冒険者組合の干渉が入るのを嫌ったので、大教会と冒険者組合の和解を提案したが──。


「私が君とこのちっこいの──」


 そこでユーリを指先に示す。


「──を救助したのよ。恩を売っとけって支部長がうるさかったから助けてあげたんだけど、まさか支部長自身がこんな面倒なことを企んでいたなんてね」


 ティルサは頭をくしゃくしゃとかき混ぜて、机の上に頬をつける。


「あなたは高等級なのか?」

「私は『火』よ。『剣』には及ばなくても冒険者のなかでは上級だと皆が私を認めてる」


 そこでポキポキと関節を鳴らして、握り拳を作る。

 薄っすらと赤い光の膜が現れ、周囲の空気をびりびりと揺らした。魔力の物質化──それに伴う『聖剣』の顕現の初期段階だ。拳を振り下ろせば、店内が半壊するほどの衝撃が吹き荒ぶだろう。

 ユーリは驚き、慌てて距離を取る。【薪】は暴力的な魔力を感じつつも会話の流れからこちらに害はないと茶菓子をつまんでいた。


「──【赤腕】。そう呼ばれたこともあった。今じゃ辺境暮らしだけど」


 拳を解いて、パラパラと振る。赤い光はあっさりとかき消えた。


「対価は相応だな」

「だからむかついてんの。これじゃ支部長の一人勝ちじゃない」


 給仕に先ほど注文した果汁水をぐいっとあおる。

 酒ではないのに酒を飲んでいるように見えるとは、ティルサの気苦労の現れだろう。


「まあまあ。でも良かったじゃないですか。ちょっとおかしいと思いますけど、あの伝説の勇者様がこっちにはいるんですよ? 絶対成功しますって!」

「ほんとうにぃ? 条約が破談したら真っ先に被害を被るのはこの街なのよ?」

「……ふふっ。そんなに心配しないで」


 太陽のような微笑みに浄化されたのか、ティルサは目を細めて彼女にぎゅうと抱きつく。慈愛を込めた笑みを見せて、頭を柔らかく撫でている。

 ユーリはこそこそとグレイコーデに問うた。


「あの二人って、どういう関係? たぶん、ティルサさんのほうが年上……でしょ?」

「いいや、イレーベにはエルフの血が混ざっている。恐らく、二倍近くの年の差があるのだろう。……あの目は、そういう目だ」

「エルフ、ですか。確かに人とは違った魔力線の絡まり方ですね」


 グレイコーデの推察は【薪】の同意を得る。

 ユーリがまじまじと目をみはった。


「とにかく、だ。大教会と冒険者組合の仲介役はしっかりとこなそう。あなたたちにも協力してほしい。そのためだろう? 道すがらつけてきていたのは」

「なんのことかしらね。私はここが新しく開いた店だとイレちゃんから聞いたから来ただけよ」

「……」


 視線をずらす。小さな舌が視界に飛び込んできた。


「大人気ないな。流石エルフの血が混ざっているだけのことはある。──【視た】な?」


 ゆっくりと、笑みが広がる。


「……ふふっ」

「俺の妻が昔似たことをやっていてな。その【瞳】に頼り過ぎるのは良くないぞ」

「ご忠告、感謝しますね」


 瞬間、イレーベの気配が切り替わった。幼気で子どもらしい表情が、妖艶で蠱惑的なものに変わる。それは、長い時間を生きているものにのみ出せる雰囲気。人の纏う雰囲気を一段超克していたエルフ特有の気配。


「──腕を失った向き、気をつけてくださいね。後、十五分です。人死が出ますよ」


 テーブルに座る人のほとんどが意味も分からずに黙りこくる。唯一理解しているグレイコーデが目を細めて問い詰めるようにイレーベに視線を向けた。


「固まっているのか」

「それはもうばっちりと」


 深い溜息をついて。


「……そうか。それが俺でないことを願っておこう。無論、この場にいる皆でないことも」


 グレイコーデはテーブルに手をついて立ち上がる。そして、ゆっくりと考え込みながら店を出ていった。


「勇者様……?」


 ユーリは慌てたようにグレイコーデを追いかけて、【薪】はしばらく「んーと」と悩み、そして笑顔でぺこりと頭を下げて店から悠々と去って行った。




 残された二人はしばらく黙り込み、そして。


「あの勇者様、意外とちゃっかりしてますね」

「それって、【瞳】に気づかれたこと?」

「まあ、はい」


 ぐるぐると果汁水をスプーンでかき混ぜながら。


「そりゃあ、イレちゃんが色々と言うからでしょ。結局、うちらがあの勇者に協力してもしなくても変わんないし、支部長もそれに薄々気づいてるのに止めないし」

「ふふっ」

「……何がおかしいのよ。もしかして視えなかったとか? グレイコーデは本でも実物でも人に違いなかったし、普通の人だと思うけど」


 微笑みをこぼすイレーベを不審に思い、ティルサは真剣そうな表情を作って相手の反応を待ちわびる。


「勇者様のほうじゃなくて、横の小さなほうです。あの子……確か、ユーリだっけ? ──あの子は視えませんでした」

「……へぇ……あんなガキンチョがねぇ」

「私にとって、ティルサさんもガキンチョに見えますけどね」


 くすくすと笑いながら言うイレーベに、ティルサはむっとして掴みかかる。脇をこしょこしょとするとあっという間に超然とした長生きエルフは鳴りを潜めて、そこには見た目通り年相応の子どもらしいいつもの表情が浮かび上がる。


「そういうことを言う口はどこにあるのかなぁ〜?」

「や、やめてくださいよ! ティルサさん〜!」


 ひとしきりじゃれ合い、互いに頬を擦り合わせながらティルサは自分の思い出の人物の側から離れる。


 ──彼女はティルサがまだ幼き少女の頃から、そこにいた。見た目は変わらず、ただ微笑みながら冒険者組合の受付嬢をしていた。


「そろそろ帰るわよ。こっちでもつから伝票を取ってくれない?」

「そうですね。……では、お願いします」


 イレーベから受け取った伝票──妙に多くの数字が記載されたそれを見て。


「愛情たっぷりオムライス二つ……干し魚のゼリー寄せ一つ……? これって……」

「ほんと、ちゃっかりしてますよね」

「あ、あいつら……っ!」

「でも、世界を救った勇者様たちなんですから、あいつらとかそういう言葉遣いは行けないと思います」


 どこまでも楽しげなイレーベを睨めつけて。


「────ッッ!」


 勘定を押し付けられたということに今さらながら気がついたティルサは、拳を握りしめて、吠え猛った。


 ♰


 往来を裏道に逸れて、立ち止まる。そうしてしばらく考え込み、やがて溜息を吐いた。

 山脈側から雲が這い出ている。ハロケルの天気は変わりやすい。また雨が降るかもしれない。

 息を切らしながら、ユーリは追いついてきた。


「勇者様いた、やっと、追いついた……!」

「──【視る】とは、いったいなんですか?」


 悠々と屋根の上から飛び降り、ふわりと左袖をつまむ【薪】に息絶え絶えのユーリは信じられないものを見たかのように声を漏らした。


「【魔眼】というものを知っているか?」

「はい、まあ……一応は。あのおとぎ話の魔女が使うような【毒気の魔眼】や髪が蛇になった化け物が使う【石化の魔眼】なんが有名どころですよね」


 まったく息切れの様子がない【薪】はすらすらと言葉を紡ぐ。


「曰く『祝福』、あるいは『恩恵』と言われている。神、精霊の産物だ。……始祖が『意思を持った魔力』と伝えられているエルフは、精霊との結び付きが特別に強い。血は薄まっていても、【魔眼】などの『祝福』が受け継がれるほどにな」

「……あの人は【魔眼】を持っているの?」

「確信した。イレーベは、【未来を視ている】」


 あの翡翠色に揺らめく光が、その証拠だ。時の精霊の反応光は翡翠に光る。──恐らくは、父方か母方のどちらかが時の精霊と契りを結んだのだろう。その残滓が脈々と受け継がれていると見たほうが自然だ。

 驚きっぱなしのユーリとは違い、【薪】はある程度納得もしていた。先程の会話の記憶を辿る。


「では、グレイコーデさまの奥さん……シルヴィアさまも未来を視ていたんですか……?」

「ああ。あいつはなぜか未来が視えていた。精霊と契ったわけでもないのに、集中すれば未来が視えるんだとか……シルヴィアが人間を止めていると確信した第一歩だ」

「うへぇ……マジですか。シルヴィアさまって純粋な人ですよね? エルフとかそういうのが混じっていた……とかそういうのじゃないですよね」

「身体は人のものだった。……これは、間違いない」

「……なんですか、その妙な間は。なんか生々しさを感じて気持ち悪いです……」

「…………すまん」


【薪】は呆れたような、知っていたようなそんな納得の混ざった息を吐き出す。

 今まで息を切らしていたユーリが二人の言葉から記憶を辿り、悲鳴のような声を上げた。


「じゃあ、人死が出るっていうのは……!」

「誰かが死ぬということだな。時間にして、後十分もないか」

「そんな……っ!」


 やはりユーリは賢い。だが、少しばかり知識が足りない。知恵だけでは賢者は生まれない。知恵と知識両方を併せ持ち、昇華させてこその賢人。

 知識を伝えるのは、先を生きる者たちの役目だ。


「未来というのは、流れているそうだ。無数の分岐、無数の揺らぎにより、一つの事象でも、それに至るまでの道筋は無限大に存在する」

「……?」

「しかしながら、流れがあれば『島』もある。固まった事象というものが存在する。砕けぬ未来というものが。──未来視を持った人は、長生きできないという。なぜか分かるか?」

「……未来を、変えようとするから?」

「正しい。流れる未来ならば変えられるだろう。そうやって都合の良い未来に取り憑かれて、最後は固まった未来をも砕こうとする。そして、失敗する。何度も、何度も──何度もな。固まった未来というのは、存外に危険なものだ。巻き込まれる過程で、身体を傷つけられ、時の精霊の怒りを買う。何度も繰り返すうちに、人の身体では耐えきれない」


 ユーリは黙ってしまう。


「予言者や未来視を持つものが、人死の未来を見てしまったとしても罪はないんだ」

「それでも、わたしは……先に人が死ぬと分かっていて、見ないふりをすることは……耐えられない」


 地面の一点を見つめて、肩を震わせるユーリにグレイコーデと【薪】は目を見合わせる。

 ふと、一つの疑問が湧いた。

 それは、なぜグレイコーデたちにイレーベが人死の未来などというものを伝えたのか、ということだ。イレーベはグレイコーデを見定めると言っていた。

 固まった未来などという言葉に怖じ気づき、人死を黙って見過ごすのか。それとも最後まで抵抗してみせるのか。


 ──それを、試されている……?


 妖艶な笑みが思い出される。

 それに、固まった未来という情報はあの女が自分で吐いたものだ。嘘だという可能性は、本物だという保証はどこにあるのか。


 息を吐く。

 首を回して、覚えたばかりの指印を試し結びする。


「良し。明日は祝日になる予定だ。そんな日の前日に人死が起きたならば、残された者たちが浮かばれない。仲介役に入るまで俺が手伝ってやろう」

「勇者様……っ!」

「……はぁ。だと思いましたよ。まったく。確かに、あなたはお人好しです」


 だが、言葉とは裏腹に【薪】は勇ましく鼻を鳴らして、白杖をクルクルと回した。……白杖の本来の使い方とは些か違っているように思うが、指摘しないほうが花だろう。


「では、どうしますか?」

「レオットは街で魔力の集まっているところを探せ。ユーリは彼女の補助を。火花を打ち払え」

「勇者様は?」

「俺は衛兵の詰め所へ向かう。殺人ならば包囲を固め、事故ならば後処理を早める──衛兵には悪いが、人死に関して彼らは万能だ」

「そう……」


 顔を上げる。

 二人の覚悟は十分に胸を打った。


「行動開始だ」

「え、ちょっと待──」


 ならば行動に移すべきだと、グレイコーデは魔力を身体に循環させて地を蹴った。

 踏空術。

 石畳に軽い陥没痕を刻みながら、グレイコーデは宙を舞う。

 久方ぶりの絶技の行使に身体が悲鳴を上げているのを感じる。だが、直前まで寝ていたのだ。軽い運動の代わりだと割り切り、さらに大気を踏みしめる。

 ズバンッ、と大気を切り裂く音と共に身体が音の速さの手前まで加速する。

 そのまま衛兵の詰め所まで鋭角に身体を飛ばしていた。


 ……下に、目を丸くするユーリの姿と頭を押さえる【薪】の姿が見えたのは、きっと気のせいだろう。




「行っちゃった……」

「大概、グレイコーデさまも人の領域から外れてますよね……指摘してあげないんですか? 『勇者様も十分に人間離れしている』と」

「え、これが普通じゃないの? 勇者様の仲間は全員似たようなことができたって、勇者様が言ってた」

「…………重症ですね、これは」

「わたしも、がんばる!」

「頑張らなくてもいいんですよ、ああいうのは」


 空の彼方へ消えていったと思わしきグレイコーデの方向を向いて、何やら声を弾ませるユーリに【薪】はやれやれと肩をすくめる。


「……さて」


【薪】はゆっくりと己の眼帯に手をかけた。黒革で分厚いそれは、完全に顔の半分近くを隠している。

 うずくそれを、取り外した。


「レオットさん……?」

「秘密、ですよ?」


 黒革の眼帯を外した【薪】はユーリを向いて口元に人差し指を縦にして合図する。


「……きれいな顔」

「お世辞でも嬉しいですよ、ユーリさん」

「そんな、こと……ない。その目は──」


 ユーリの言葉が途切れる。口を指で塞いだのだ。


「ひみつ」

「…………」


 満足した【薪】は、魔力の感知範囲を、建物、地区、街単位まで順番に広げた。

 圧倒的な情報量と演算量が【薪】の頭に流れ込む。

 だが、問題はない。


 それを処理できるように、【薪】は『作られた』のだから。


 先輩と彼女が呼んだ神父から、目を潰され、代わりに、魔力と相性が良い銀を流し込まれ、鉄は熱いうちに打つようにという言葉を体現するように一ヶ月間、ひたすら魔力で打たれた。

 彼女と同じような施術を受けた者は、過去にもいたという。その誰もが発狂し、悶え狂ったまま精神は永遠に帰ってはこなかった。

 彼女は、【薪】は最初で最後の成功例なのだ。


「……見つけました」

「どこ?」


【薪】は一瞬、言葉をためらい、そして。


「衛兵の詰め所です」

「え」

「あそこから、流血の刻印──つまり、特有の魔力を感じました。──すでに、人が傷つき、死に逝こうとしています。グレイコーデさまは戦えません。これほどの魔力……きっと、すでに」


 ユーリの表情が、絶望に歪んだ。


絞り出せ、最後の一滴までッ!

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