皇帝ユリアヌス
多種族国家であるアデュート帝国はその国勢により敵対国が多い。他国では差別の対象である人類種も受け入れている為に差別対象の種族がアデュート帝国に流れてしまう事が原因で、それは国力の低下に繋がっていたからだった。
平民のストレスの抜き所でもあった奴隷の存在が消えたのだから、平民が抱く思想としては『今の生活が悪いのは貴族が悪いから』と言う反国家精神を養う土壌にもなっていたが其れでも尚、差別を辞めないのは宗教が大きく関わって来る。
『マルキア教』人間至上主義であるこの宗教は人間以外は全て魔獣と同等であると位置付けている。人間以外からすると実に迷惑な話だが、過去に支配域を拡大する為に獣人族との戦争があった為に、マルキア教に入信する人間は多い。戦場で獲得した捕虜たちに恨みをぶつける口実になるし、敵対していた兵士達は捕虜を取らない。これは文化の違いとしか言いようがないのだが。
『獣人たるもの戦場で負けたなら潔く死ぬべし』。人類種ではあるが獣特有の敗北を許さない風土で人類側の兵士は捕虜にされるでも無くその場で殺されるのだ。人間側からすれば捕虜を金銭で買い取る機会さえ奪われるのだから、野蛮と言う謗りを受けても仕方ない側面はある。
人間が捕虜を取る理由は奴隷にする為だけでは無い。戦場には死んだ兵士たちが転がる事になるのだが、これらを埋めなければ土地を汚染するし病気の苗床にもなる。
過去に大流行した感染症は戦場の死体が原因だと言う学者が殆どで、その信表性が高かった為に人間側は大金を掛けて死体の収集と共同墓地の設立を行った。
森の中では獣人たちのゲリラ戦法の独壇場で在ったが為に平地での戦いが常になっていた人間側はこの戦後処理のせいで兵士の遺族に遺族年金を渡すことが出来なくなってしまったのだった。
その事を機に人間の平民の間に獣人への呪詛が囁かれ始める。獣人たちは戦場で死ぬだけで済んだが、人間側は兵士だけでなく一般市民も流行病に侵されてしまい、多数の病死者を出したのだ。この病気は平民の間で『獣人病』と言われ、その恨みを利用するかの様に、以前は相手にされていなかった『マルキア教』が台頭したと言う経緯があった。
故に獣人との戦争を体験した国はその殆どが自分達に都合の良いマルキア教を信仰している状態にある。アデュート帝国については勇者の物語から他種族との認識の違いを認知されている傾向にあった為に「この種族はこの様にされることを嫌う」といった一線を踏み越えない個人主義的な国民性を見せていた。
そもそも勇者とは何もない土地を開拓した人類種のパーティーなのだから祖先を大切にする種族が争う事は少なかったのだが。
様々な偶然と奇跡が重なって出来た多種族国家について他国からは『あいつ等だけ流行病に罹らなかった』という理不尽な恨みの対象になっているのだ。病人は健康な人が憎くて仕方が無い。
さて、そんなアデュート帝国が今日まで生きながらえて来たのは冒険者の優遇措置である。モンスターに使う戦闘能力を他国に使うと言った具合で、一定以上のランクになると皇帝直々に戦場クエストが発注される。報酬は完全に歩合だが、人類種の混ざり合った軍は他国と比較しても強いのでそこそこの人気を誇る依頼であった。
冒険者は軍に一時的に組み込まれるのだが、冒険者は大きな群れとしての動きを練習していない。前線には奴隷や一般兵が並ぶので冒険者は死亡者数の少ない弓兵隊や魔術兵隊、高ランクのパーティーは遊撃隊に配属されるのだ。冒険者達も顔なじみの居るアデュート帝国から他国に寝返る可能性は少ない。
兵士以外の戦力の確保。これはアデュート帝国が抱える重要事項の1つである。
「そんな現状でこの手紙だ。何故この時期なのか?どう思う、セレナ」
長い金髪に青い瞳。人類種をまとめ上げる5代目の皇帝ユリアヌスは宮廷占い師であるセレナに語り掛ける。
「私としては、星辰に凶は出ていませんので気にし過ぎる意味は無いかと思います。これが事実であるなら一目視線を向けただけで我々は抵抗できなくなる訳ですし・・・。」
現在、他国の侵攻が一部の地域で確認された。公式に宣戦布告をして居ないので、敵国は戦争にしたくないと考えている様子ではあるが、他国の浸透作戦を見過ごす訳にはいかない。そんな中でのギルド問題だ。
今代のギルドマスターはその実力もそうだが、慎重・安全を第一とし冒険者たちを様々な脅威から守って来た人格者であった。「自分が若い頃は苦労したのだからその分、今の若い世代には楽をさせたい。」そんな人情のある男が皇帝に直接送ってきたのは「滅びたくないのであれば不用意に接触するべからず」。
冒険者ギルド内に潜ませている4人の内偵等もギルド内での出来事を細かく説明した上で全く同じ事を発言したのだった。
だが、帝国としては制御できない化け物を放し飼いにして居るのは大変良くない。平民達からも貴族達からも不満の矛先が皇帝に向く事になるのは予想が付く。だからこそ対策をしなければ為らない訳だが言葉が通じない上に対峙すると威圧感から動けなくなるらしい。
敵対の意志は無いであろうと考えられるがコミュニケーションを取ることが出来ない相手にどうやってこちらの意見を伝えるのかが問題になって来る。多種族国家であるからこそ、こちらが良かれと思ってやった事が彼方にとって無礼な事だったと言う場合がある事を知っている。
それは致命的な失敗に違いなく、通常、異文化の交流を図る際にはその種族の代表が言葉を用いて、してはいけない事をリスト化して提出し合うのだ。
「本当に、如何した物か・・・。」
「翻訳魔法でも使います?」
この世界の言葉は全てアカシックレコードと言う神の書物に保存されており、そこに書かれた知識を引き出す魔法が有る。翻訳魔法と言って言葉の翻訳をする事が出来るものであるが、大量の魔力を使い続ける上に、魔法を掛ける前は此方の言葉は伝わらない為に問題がある。
「魔法を使った時点で敵対行動と思われたら終わるのだが・・・。それしかないのだろううか?」
「敵対しない事を描いた絵を予め用意しておいて紙芝居の様に見せるとか?」
「・・・考慮の余地はあるな。そもそも呼び出せるのかが問題になるが」
「帝国内にも入って欲しくないですし、他国にも行って欲しく無いですからねぇ。」
「どうしようも無いのだが、如何にかしないといけないのが皇帝の辛い所だよ。本当に胃が痛い。」
皇帝と宮廷占い師の話し合いは夜遅くまで続いたのだった。




