深淵歩き
世間一般の邪教徒とは、世界の発展に対して反、非、対を持ち合わせる神を信仰する集団の総称である。
人類社会はその発展の為に様々な神の力を借りて来た。
属性神を始めとした善神と呼ばれる【人類種との調和を取れる神種】の存在は時代が移り変わる毎にその勢力をいや増し、現在に於いて無神論者はその殆どが消滅している。
逆説的に言うなれば善神と呼ばれる神種が世界の殆どを支配していると言う事になるが、善神の支配に対してアンチ的な存在も当然のように存在する。
人類種との調和が取れぬ神々は一纏めに邪神と呼ばれ、善神を信仰する人類種の討伐対象となっていた。
さて、ここに問題がある。
『この世界の支配権が全て善神に渡ったら如何なるのか?』
それは、人類種の限りない発展。
全ての信徒たちが発展の一方向を見つめるのだから、その進歩は早まるばかりとなろう。
しかし、文化の発展には少なくない犠牲を払わなければならない。
それは環境や資源の問題で在ったり、人類種の善性は何処に持ち合わせるべきかという精神的なものにさえ及ぶ事だろう。
技術や文化の発展が進めば進む程にネガティブな側面が出てくる。
この星の資源の埋蔵量は限られており、人類種の脳の容量はこの数億年の歴史を見ても変わっていない。
限りある資源が尽きれば、人類種はそれらを奪い合う。
人類種が扱いきれぬ技術はそれらの奪い合いに容易に利用され、将来的にはこの星の全ての生物たちが争うようになる。
神に人類種の浅はかさは解らない。
善神達に引き起こされる限りない発展のどんなに残酷な事だろうか。
善神達は自身の信仰を増やす事にしか頭を使っていないのだから、自身の信者には与えられる限りを与えるだろう。
そもそも精神・肉体の構成が違うのだから当然ではあるが、与えるだけ与えて後は放置など悪質極まりない。
数世紀以上先のこの星を護る事に繋げるが為の破壊。だからこその邪神だ。
文明や技術が人類種の手に負えない状態になる前にその全てを破壊し、前時代的なものに戻す事でそれらの発展を遅らせる。
そうする事で少なくとも数世紀の間、同じ発展の様相を見せる。
空に拡がる星々に比べたら人類種の何と小さき事か。決して手に届かぬあの星々にも小さき生命体たちが存在しているのだ。
彼方からこの星の輝きを見ている生物たちへ。
我々、人類種が贈る美しき生命の輝き。
人類種が星の資源を食いつぶし、この星の美しい輝きを失わせるなどあってはならない。
『人類が間違いを起こさない程度の文明レベルで在り続けるストッパーが邪神と言う存在の正体である。』少なくとも俺はそう考えて邪教徒となった。
そして、俺の考えは恐らく・・・間違っていない。
何故なら、その考えを確たる物とした時に与えられたある特別な能力・・・。
「邪神の欠片を物質的に精製し直す事で別のモノへと変換する。」
邪神の欠片とは前時代。人類の文明を破壊した邪神が現れた際に善神との戦いで千切れ飛んだ邪神の肉体の欠片の事である。
善神は自身を信仰する信者を減らされることを嫌がり、下界へ干渉してくる場合がある。
下界への干渉には特別な条件が設定されているらしく、天上に居る彼らとは別の。分裂でもしたかの様に弱体化した個体が送られてくるのだが、弱体化して居ようが神は神。
人類種に抗う術は無く、神同士の戦いは其の侭が神話となる程に壮絶だ。
数世紀に1度の戦いは教徒たちの間で語り継がれて行く。その戦いの中で千切れ飛んだ、或いは流れ出た神の構成物質が凝固したモノが『神の欠片』であり、善神の其れは彼らの信者が集め、過去の闘争を称えるかのようにして各神殿に祀られている。
そして、邪神のモノはこの俺が管理する事となるのだ。
邪神の信者は少なく、前時代の欠片を現時代の邪神へと還元する事で彼らは力を取り戻す。
そしてその報酬として邪神様から特別なアイテムを頂けると言うのが邪教徒での常識となっていた。
そして、この欠片集めは各神殿での地位を決める際にもその選考の一つの基準となる。
如何に神へ尽くしているのかが奉納した欠片の数で明確に解るのだ。過程よりも結果を重んじる邪教徒にとっては解り易いのだった。
さて、此処で問題が起こった。
「□▼●〇〇〇〇□◆!」
「えっ?きみ、誰?」
いや、解ってるよ?綿密に計算された隠し扉からでなければ此処へは来ることが出来ない。
それぞれの出入り口には信心深い邪教徒が見張りをしているのだからこの『邪教徒のアジト』へは関係者以外は立ち入ることが出来ない。
ケドさ、君が来た方向って町の大衆食堂の机から入って来るルートじゃん?
現時間って昼じゃん?
大衆食堂って人混みが凄いじゃん?
真昼間に大衆の眼が在る隠し扉から入って来るのって何なの?
常識的に考えてアジトの場所がバレるじゃん?隠してる意味ないじゃん?
え、嘘。裏切りなの?それとも致命的な馬鹿なの?
いや、邪神様の欠片を突き出されてもさ。
そして、差し出された邪神様の欠片の数を見て俺は戦慄した。
その数1000個。邪教徒の集団が設立されてから凡そ600年。この600年の総量を上回る程の欠片を出されたのだ。
本来であれば1年に1つ。それも大昔の神々の戦場を善神達の信者共を避けながら探し回って見つけるモノだ。
善神達の信者に見つかったら死ぬかくれんぼである。
しかも、相手は我々が邪神の欠片を収集している事を知っているのだから、神々の戦場には信徒の軍が待ち構えている。
信者の少ない邪教徒にそれを突破出来る筈も無く、中軍以上の邪教徒を犠牲にしてようやく達成できる数が年に1つ。
それを、1000個。力を尊ぶ邪教には『貢献度』と言う評価方法が存在し、云わばどれだけ組織へ貢献したのかを示す数値であるが、邪神の欠片の貢献度は1つに付き1ポイント。
中軍以上の犠牲を払ってようやく手にする事が出来る数字である事を考えると、貢献度の数値を上げる事は如何に厳しいのかが想像が付くだろう。
貢献度の数値によって邪教徒の位が決定するのだ。通常は、世代を重ねて邪神様へ貢献し続ける事でその数値を溜めて行く。
此奴はそのランクを他の邪教徒が到達不可能なレベルにまで押し上げやがった。
代々、邪神様へと仕えて貢献度を溜めて来た他の邪教徒が黙っている筈が無い。
「ま、俺には関係無いがな。」
俺は邪神様の欠片を特別なアイテムに変換できる能力を持っている。
組織でも有数の能力を持っている俺は貴重な人材の1人であるから戦闘能力が無くとも重要人物として扱われるのでこの純白の騎士との関係を疑われて諸共に暗殺される事は無いだろう。
だからこそ、俺はこの騎士への興味を直ぐ様に失せさせて邪神様の欠片を使用した儀式へと移る。
この儀式は欠片の数によって与えられるアイテムに差異がある。
俺でさえ、と言うよりも邪教設立以来、1000個の欠片を供物として捧げた経験がある筈も無く、此れは全くの未知。
過去の記録によれば欠片を25個捧げる事で顔や体格、人種さえも自分の自由に変える事が出来る奇跡の化粧台が下賜された。
1度使用すると化粧台は消え去るとの記録から昔の邪教徒が使用したのだろうが。
俺の心に歴史上の最高到達である邪神様の欠片が運ばれて来たと言う自負が湧き上がる。
これは間違いなく邪教徒の歴史書に刻まれる決定的な瞬間。
俺は受け取った欠片を邪神様の偶像へと捧げて呪いを紡ぐと濃密な恨みと死が欠片から溢れ出てきた。
黒い靄の様なそれは邪神像の前で死体に群れた蛆のように蠢き、大猪程の大きさに纏まった。
全体を見れば楕円形のソレの周りには、のたうち回る黒い粘性を帯びた芋虫がびっしりと蠢き、お互いを食い合っているように見えた。
楕円形から飛び出た上半身や助けを求めるかのように突き刺さった手足は、子供が泥団子に棒を突き刺したかの様な気軽さで、それでも目が見えない代わりに周囲を感覚で知覚しようと探っているかのように動いていた。
余りの恐ろしさに身体が硬直していると普段では聴き取れない、か細い声が。
「・・・シテ・・・コロシテ」
声が聞こえる方向を見てしまうと、もう駄目だった。
俺はその場に崩れ落ち、涙を流して額を地面に付けて顔を腕で覆う。
一目で『もう見たくない』と思った。
視界には下半身がのたうつ黒い芋虫に取り込まれて、顔が爛れ落ち皮膚が露出している若い兵士。
瞼が完全に腐っったせいで常に露出している丸い眼球がぎょろりと此方を見ていたのだから。
通常なら死んでいても可笑しくない程に肉体を腐敗させているその兵士が俺に助けを求めるかのように手を差し伸べて来たのだから。
「〇□◆●〇●」
崩れ落ち顔を隠すように泣いている俺を傍目に、純白の騎士は嬉しそうな声を上げて蠢く黒い塊に騎乗する。
すると、楕円形の側面から人間の手足の様なモノが急に10本も生えた。
びちゃり、と粘着質な音が嫌に耳に残る。
そして、純白の騎士と蠢く黒い塊は百足の様に身体をくねらせながら高速で走り去っていくのであった。
それを最後に俺の意識はブツリと途絶えたのだった。
生物の皮や骨格を加工して家具や生活用品にするのは当然であり、人類種も例外ではない。
日本の偉人である織田信長は義理の弟である浅井長政の頭蓋骨に金箔を張り宴会で披露したと言う話も在るのだ。
邪神が人間を捏ね繰り回して、動く肉団子を創る事に何の不思議が在ろうことか。




