セレナ その4
邪神が啼いている。
「待て、貴様!我と取引を・・・。ああぁぁぁああぁっ!!!」
それは大層、情けなく。
邪教徒の全ての信徒は身体の何処かに邪教徒の入れ墨を隠し持っている。
これは邪神復活の為のある種の召喚陣の様な物であり、通常は獣使いが自身の存在よりも低位のモンスターを呼び出す際に使用されるもので在るのだが、その召喚陣に高度なアイテムを捧げる事で撚り高位の存在を呼び出す事が出来るモノであった。
剣を持たない剣士は存在しないのだ。
同様に入れ墨を持たない邪教徒は存在しない。
邪神は負の感情に寄って来る。邪神の存在を認知し、受け入れると身体の何処かに契約完了の捺印として入れ墨が浮かび上がって来る。
通常は皮膚の上。
邪教徒同士の交流もあるのだから利便性を考えるならこれは当然。
皮膚の上の印を見せる事で己の身分を同類たちに明かす事になるのだ。
しかし、邪教徒の入れ墨を持つ者はアデュート帝国に於いて、討伐対象である。
皇帝の近い地位に居るためには、前以て全裸に引ん剝かれて、邪教徒の痣や古傷を確認される。
帝国としては此れは当然の措置であり、私は通常ならこの段階で死刑にされていた事だろう。
通常なら。
私の邪教徒の印は自身の臓物に描かれている。
邪教徒の証である入れ墨は契約の際に、焼き印を押されるような痛みを伴う。
負の感情は有れども痛みに耐えられぬものは多く、故にその多くは皮膚の目立たぬ所を捺印の場所として指定するが、それでは帝国の内部に取り入る事など出来ないと察した私は、目視で確認できない部分に証を残したのだ。
自刃したくなる様な痛みに耐えて、他の邪教徒との交流を絶ってまで得た宮廷占い師の座。
自分の目的だけを意識して、その他の労力や苦しみを一切合切受け入れるとこうなるのだが・・・、
「あああぁぁぁああっ!!!!」
巨大な7枚舌から、ひび割れてガラスを引搔いた様な不快な声が、後退る程の音圧となって帝国民に降り注ぐ。
もう、この絶叫を聞くのは100を越えたあたりから数えていない。
自身が死ぬ思いまでして契約した最強最悪の破壊神が命乞いをする様は見ていられない程に情けなく、信仰心が段々と薄れてくのを感じる。
今や、邪神は叫び声をあげて命乞いをする家畜の様に成り果てていた。
この世界に於いて神は余りにも身近だ。
これは魔法と言う物理を超越した理が存在し、その魔法を司る属性神等は自身への信仰を糧として存在する一種のモンスターであるからだ。
知性ある種族たちは強大な力を持ち、世界を見下ろしているモンスターを基本的に神と区別した。
その存在は信仰を捧げる神によって各種の恩恵を受ける事から明らかであり、否定の仕様が無い。
神を信仰する者と信仰しない者との差は非常に大きく、其れこそ生まれたばかりの赤子の生存率が100:62と明確であるが故に、現代になって神の存在を否定する者は居ない。
長い歳月を得て無神論者は悉く数を減らし、各種の神の信者が生き残って来たでこの結果も当然である。
さて、神は強大であり我々の寿命や運命、さらには自然を司っている以上、人類種には抵抗できないのであるのが常識。
神とは世界の理。故に、肉体を持つと言う不便を抱えた種族は如何足掻いても敵わないというのが当然の事であった。
誰が、嵐や業火を相手に立ち向かうのか。
剣で天候は変えられないし、魔法で海を割る事は出来ない。
それが、
「どうして。」
破壊の邪神。
破壊を司ると言う性質上、その一点に関しては他の追随を許さない。故に捧げた信仰。故に捧げた人生。
通常、生まれたての赤ん坊は親の信仰する神の加護を与えられ、生涯変える事は無い。
文明が未発達の地域では赤ん坊の死亡率は高く、7歳まで生きている生存率が70%以下である為、親としては毎日祈るだけで子供が健やかに育つと言うのは何物にも代えがたいものであったし、子としても自身の生を守ってくれた存在に対して「やっぱ他の神様に乗り換えます」など、無礼千万。
例外として、親から祝福されずに生まれた子供や、赤子の時に加護を受けずに育った人間だけが、自由に神を選択し、信仰する権利を得るのだ。
限られた運命を持つ者だけが持ち合わせる稀有な権利。
その貴重な権利を費やしたのに・・・。
「◇■□▼●〇〇!」
白騎士が叫ぶ。
その怒号の様な絶叫が響き渡る度に邪神は震え、繁忙期の屠殺場の豚の様な悲鳴を上げた。
邪教徒の数は数万。その信仰を一身に集めて来た破壊の化身の存在の登場に期待をしたのは数時間前。
その上位存在の登場に、数世紀ぶりに現世へ顕在する神を一目見ようと各地に潜んでいた邪教徒たちは一斉に表に出て来たのだった。
それが今は、機械的に無感情に、幾度も滅ぼされる哀れな存在を目にして神に対しての期待など既に消え失せ、寧ろ神を片手間のように滅ぼす白騎士にこそある種の信仰の念を抱いてさえいた。
神の力は信仰に依る。つまり、邪神は邪教徒数万の信仰の全てであり、その力が弱まると言う事はその分、信仰が減少していると言う事であった。
「白騎士・・・様。」
邪神への信仰を減らしているのは私だけでは無い。そう言い訳しつつ自身の信仰している神よりも力ある存在である白騎士への興味が自身の胸の内から滲み出して来る。
邪教徒たちは破壊の権能を司る邪神を信仰しているのだから、一種の破壊願望。力ある存在を信仰する人間が多い。
子供時代に理不尽な暴力を受けたが故に世間を恨み、弱きこそ悪と言う旧時代的な考えを持つ者が殆どで、故に自身よりも強大な強きに従う。
私自身がそうなのだから他の信者もそうなのだろう。
クトゥルフが破壊を司る神として邪なとして扱われているのは、反社会的であると言う事は知っている。
皆で必死に作り上げた文明を破壊されたら、その努力が徒労に成るのだからその原因を排除しようと言うのは至極当然。
だからこそ、邪教徒たちは他の神の信者から討伐対象にさせられたのだ。
他の神としても自身の信者を減らす原因ともなる破壊神の存在を認める事は出来ないのだろう。
しかし、物事には正負が存在する。それが在る限り、破壊神の信仰は途絶える事は無い・・・筈だった。
今はどうだろうか?
自身が信仰していた神よりも明らかに強大な存在が現れた。
その存在は自身の力を見せつけるかのように破壊神を弄び、幾度も滅ぼしている。
私は・・・我々は力と暴力こそを信仰する邪教徒だ。
強きに従い、弱きを弄ぶ悪意ある信徒。世界に不幸をまき散らし、その不幸の種が邪神様の力となる。
けれども。
今や、多くの邪教徒たちは上位存在である神を弄ぶ白騎士を信仰していた。
力を信仰するが故に。
暴力に挫け、暴力に絶望し、暴力こそ最も必要な力であると確信したが故に。
神にさえ届く、冷徹な刃を信仰した。
「私の・・・神様。」
そして、邪神様への信仰が消え失せる頃には・・・私の頭を侵していた世間への憎しみは完全に消え失せていた。




