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白騎士さんが通る  作者: 煙道 紫
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セレナ その3

邪神が啼いている。


その叫び声はアデュート帝国の全支配域に響き渡る様な・・・生命の絶叫だった。


「あああぁぁぁああっ!!!!」


巨大な7枚舌から、ひび割れてガラスを引搔いた様な不快な声が後退る程の音圧となって帝国民に降り注ぐ。


邪神クトゥルフ。

その紫色の7枚の舌は複雑な魔術詠唱時間を7分の1に抑え、単純な魔術を7発同時に唱える事が出来るモノ。

この雨の様な魔術詠唱攻撃で帝国の城下は其の侭の意味で更地になり果て、地面はボコボコと抉れてしまっており、整然としていた芸術的な街並みは最早、取り戻せそうにも無い。


その巨躯から繰り出される触腕の攻撃は帝国が抱える最高の魔術師達が何十年も掛けて張った様々な防御魔法を1撃で削りきり、優美で芸術的とさえ言われていた白銀の城をその余波だけで半壊させた正しく破壊神の1撃。


で、あるにも関わらず・・・。


「どうしてあの細腕で跳ね返せるのよっ!」


私自身、闘技場で何度も見た事のある【パリィ】。


攻撃時の()()を瞬時に見極め、力が乗る前の無防備な相手を強く押す事で相手の攻撃を潰しつつ大きな隙を与える闘技奴隷達の技術。


極めるには命が足りず、しかし、極めれば武器を持った相手に素手で打ち勝つことが出来るとも言われている命知らずな技術。


だが、それが出来るのは相手が自分と同程度の体躯で在った場合である。


巨木の幹程の太さの触腕を14・15歳程度の子供の身体を持つ者が弾き返せるほど物理に反した作用は無いし、そもそも城の防御を吹き飛ばす攻撃を片腕での【パリィ】で弾き返していると言うのは、単純にあの片腕は其れ以上の威力を有していると言う事。


ユリアヌスは・・・私もだが。白騎士の対城級魔法の危険性こそ把握していた。しかし、対城級魔法は詠唱時間が非常に長い。


精霊種の英雄『大魔導士・ウィン』でさえ、自身の寿命を削らなければ発動しなかった対城級魔法はそのコストの重さから手軽に使うと言うよりは寧ろ、()()()()から仕込む最終手段。


白騎士が何らかの方法で詠唱の簡略化をして居たとしても、開戦時の1撃に対城級魔法を放たなかった事から、少なくとも詠唱には数十分は掛ると言う試算で在ったが為に「詠唱中の無防備を全力で叩く他無い」と言う一応の打開案が出ていた事で精神の安定を得ていた私たちからすれば、全くの予想外。


手軽に行える物理攻撃まであの威力と言う事は余りにも危険にすぎる。


雨の様に様々な魔術が降り注ぎ、地面を抉る中で邪神の巨大な8本の触腕が唸りながら白騎士に迫る。

そしてそれを軽々とあしらい、大きな隙を晒した邪神の腹部に大剣を柄まで差し込み、切り払う白騎士。


私には・・・時には紙一重で魔術を避け、時には軽々しく回転しながら触腕を避け、大きく隙を晒した邪神に対して、その巨大で残酷な刃を突き立てる白騎士が一種の機械(クロック)の様にも見えた。


私が伏せていた顔を上げると、生命の絶叫を終えた邪神が空に溶ける様に消えて行く。


「あぁ。終わってしまったのね。」


私の身体から力が抜けて行く。

身を焦がしていた憎しみの炎は邪神が消え去るとともに無くなってしまったのだった。


復讐のためだけに暗殺ギルドへ入り、魂を焦がすような憎しみで過酷な拷問訓練でさえも耐え抜く事が出来た。

窓から城下を見渡せば、私が見たかった光景。しかし、余りにも死傷者が少ない。


結局の所、私は壊れた帝国を見たいのではなく、加害者達を殺してしまいたかっただけなのかもと一抹の感情が過ぎる。


言うまでも無く、この件は私が起こしたものであると言うのはユリアヌスにバレている。


私が魂を見せてしまったのが致命的だろう。

正体不明の物質とは言え、皇帝でも無いユリアヌスの指示に従ったのは長年、主従として潜り込んで来た反射か。


元々は強きに従って何とか生きながらえて来たのだから、それが私の本質。性根の部分なのだろう。


邪神に頼らない本来の策であれば、ユリアヌスの毒殺後に重要な書類を抜き取って他国に売りつける事で戦争を起こすのが私の考えていた最良。


皇帝不在の間は代理で他の貴族か将軍かがその座に座る事になるが、皇帝と皇帝代理には埋める事が出来ない裁量権の差が存在する。


複数の人類種を束ねていると言う特性上、その全ての人類種の代表たちが納得しなければ全ての軍を正しく動かすこともできない。

人類種の代表たちを納得させる事が時代皇帝の最初の試練であり、皇帝の交代には兎に角時間が掛るのだ。


アデュート帝国を狙っている他国がその隙を見過ごす筈も無く、その間に戦争を起こして、多くの民を削れば総人口の減少したアデュート帝国に他の国も攻め入る。


私の理想通りにアデュート帝国という国は地図上から姿を消すのだ。


しかし、思いがけずに邪神が復活した。

その存在こそ感じては居たが、知識人にとっての神話などは平民達を思うように動かす為の言葉でしかない。

知識人となったが故に魂を信じる事が出来ず、故に多くの死体を捧げても反応のない邪神の復活は私の想定外の事だった。


始めは私が主犯であるとバレても良かった。


邪神の攻撃によって此処で死ぬつもりだったのだから、死んだ後の事なんて考えないし、私がもし、生きていたとしても正式な裁量権の委託を行っていないとは言え便宜上、現在アデュート帝国の皇帝はあの白騎士になる。


言葉が通じず書類も読めぬなら、厳重に保管された金庫から帝国の宝とも言える重要機密や秘伝を盗み取るのは容易い。


それ程の権限を与えられる程には信頼されていたのだ。


私が生きようが、死のうがアデュート帝国は崩壊する。


「だから・・・どっちでも良かったのに。」


口に出してみると如何にも思考に違和感が生じている感じがする。


私はこんなにも物事を乱雑に考える性格だっただろうか?

慎重こそが私の身体に沁みついた処世術では無かったのか?


自身の感情に違和感を感じていると・・・。扉が開かれる。


「私を滅するのは。アデュート帝国でも邪神でも無く、貴女なのね。白騎士。」


一瞬、兵士を伴ったユリアヌスでも入って来たのかと思ったが当然。事情を知るのはユリアヌスだけでは無い。


この混乱の最中、真っ先に私に向かって来たのは白騎士が私が邪教徒で在ると確信している証拠で在ろう。


仮説を立てよう。


白騎士は何らかの方法で私を邪教徒であると見抜いた。しかし、当然のことながら白騎士は城での信頼はゼロであり、寧ろ警戒対象。真実とは言え白騎士の言葉を信じる人間が居る筈も無く、【翻訳魔法】の存在を知っていたとしても邪教徒である私の魔術を無防備で受けるのは論外。


つまりは、私が致命的な失敗を起こし、言い訳さえ不可能な状態に置く事こそが白騎士の狙い。


そうでなければ、帝国に多大な被害が出る邪神復活を私にさせる意味が無いのだ。


邪教徒の目的は唯一つ『邪神の復活』である。

逆説的に邪神の復活を企んでいる物は邪教徒であり、白騎士は態々魂まで集めて私を陥れた。


「お見事。・・・()()完敗。だけど、邪教徒は私だけでは無いわ。私が死んでも代わりは幾らでも存在する。この世に悪意がある限り邪神様は不滅なのだから・・・。瞬間的には貴方が勝利したのでしょうけど・・・それだけだわ。数年先、いえ数十年掛かっても。邪神様はこの世界を滅ぼし尽くす。貴女が存在しない時間でね。」


私の言葉は・・・負け犬の遠吠えだろうか?


しかし、人生の目的を果たす事が出来ずに道半ばで死ぬのだから世辞の句を詠んでも良いだろうと言い訳をする。

余りの情けなさに視界が歪んだ。


最底辺(孤児)から(暗殺者)になり、(ゴミ)のように死ぬ人生など誰が望むのか。

白騎士がゆっくりと歩いて来る。


今更、抵抗する気など起きない。だからこそ私は顔を伏せた。


「私の人生・・・負け続きね。こんなにも苦しいなら・・・生まれなければ良かった。」


伏せて地面しか映らない視界に白騎士のつま先が写り込む。

顔を上げると案の定、目の前には白騎士。


私が抵抗しない事を悟ったのか、白騎士は武器を構えずに唯、私の言葉を聞いていた。


そして、数秒間の沈黙の後、白騎士は自分の腰のあたりをゴソゴソとやって、私に右手を差し出す。


「へ?」


そして、私の間抜けな声が重い空気の中に響いた。


白騎士の右手には、邪神復活のために必要な魂がふよふよと浮いていたのだった。


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