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白騎士さんが通る  作者: 煙道 紫
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モーニング異世界

燦然と輝く朝日を浴びて、爽やかな風が頬を撫でる。

小鳥の鳴き声に目を開けると森の中だった。


「草生える。」


いや生えているのだが、そういう意味じゃない。少し考えて気付いたのはこれが異世界転移と言う物なのだろうか。この身に起きる事だとは欠片も思っていなかったが、起こった事にどうこう言う意味も無いだろう。

明日は会議が有るのに・・・。会議を大切にしている訳では無い。会議の為に作った資料の事を気にしていた。あの資料を作るのには時間が掛ったのだ。


「どっこいしょ。」


起き上がる時に掛け声を言ってしまうのは年を取ったからだろうか。若い頃には立ち上がるのに掛け声を掛けるなんてフィクションだと思っていたが、実際に年を重ねてみると案外、空想では無いのだと実感する。

飲み屋の40代のおっさん達には、まだまだ若いと言われるが30代を越せば世間ではおっさんに違いないだろう。長年のデスクワークから骨が歪んで、勢いを付けなければ立ち上がれなくなった時に老いを実感したものだ。


立ち上がってみると、腰には長剣。昔やっていたRPGの物だっただろうか。仕事の忙しさに忙殺されてゲームなどこの数年やっていなかったが。グラフィックだけは何となく覚えていた。


「うわー懐かしい。こんなんあったなぁ・・・。」


昔はそのオタク趣味で友人とインターネットゲームをしていた。最早タイトルさえ覚えていないが確か、世界中のNPCが困っている事を解決しながら最強の冒険者『リリィ』の記憶を廻っていく物語だったと思う。うろ覚えなのは、ゲーム進行の都度入るムービーを飛ばしているので何故敵と戦っているのかが解っていなかったからだ。ネットゲームでは必ずと言って良いほど周回要素が入る。態々ムービーで時間を取られるのが面倒だったのが言い訳である。


自分の装備を見るに当時、対人クソ雑魚ナメクジと言われた月光騎士(ムーングレイバー)。職業最強の攻撃力・攻撃範囲・スピードを誇り、職業最弱の防御力から高火力の紙飛行機と呼ばれていた。


私がこの職業を選んだのは単純にカッコいいからで、育てやすさとか武器防具の作成難易度とかの攻略情報を見ずにゲームを始めたからである。当時の私はゲームは過程を楽しむ物だと思っていたのだ。サーバー最強とかは雲の上の話で興味も無かったし、メインストーリーを終えてからは、友人とクエストを熟す以外では遊ばなくなっていた。2年もせずに飽きて他のゲームに向かった程度の思い入れであるので他人に自慢できる物でも無い。


「しっかし、今かぁ。」


もう少し若ければ。この状況も楽しめたのだろうが、今は如何にも気が乗らない。

寧ろ安全・安定な生活を捨ててまで他の世界に行くことにはデメリットの方が大きく感じてしまうお年頃だった。今の私に少年時代の熱量は無いのだ。

当ても無く森を散策する。現在の状況はサバイバルだ、今日中に水場の近くにベースキャンプを建てたいと考え、水場を探すべく森を降りて行った。


山を下っている途中、舗装された道を見つけたのでそれに沿ってい歩いて一週間が経った。水も無く、他人とも出会わず、モンスターが襲ってくることも無い。つまり、食事が摂れない。


「こんなに離れているのか・・・。」


舗装された道を進んで行けば何時かは町に辿り着くと考えていた私の考えをあざ笑うかのように道は続いている。夜間は寝るために休憩してはいたが、それ以外の時間は歩き続けているにも関わらず町の姿が見えない。しかし、この強行に気が付いた事が有る。

休憩時、寝転がってもマントは汚れなかったと言う事と空腹感が全くないと言う事だ。

恐らくだが、ゲームの状態とリンクしているのだろう。ゲームでは毒沼に入っても装備が汚れる事は無いしサバイバルゲームでは無いので空腹ゲージも無かった。食事は一定時間バフを与えるアイテムだったのだ。

疲れも無く歩く事も出来たが気力と言う物が有る。身体は問題なくとも精神がやられてしまっては疲れも溜まる。夜間の休憩は精神を休める為だけの物になっていた。


「はぁー、しっかしこれ程まで何も無いなんて。」


道が有ると言う事はそこを通る人間なりなんなりが居る筈で、それさえ見かけないのだから旅も面白く無い。動物は遠目に鳥を見るばかりで虚無感が募って行くのを感じた。


更に2日。途中で道が途切れたのでそのまま真っすぐに進み、一つ山を越えるとやっとモンスターを見つけた。あれは確か魔兎(サバト)だったか。速力のみの雑魚モンスターであるが、やっと見つけた触れられそうな生物に感動し殺さずに捕獲する事にした。


「あはははは、待てー」


魔兎(サバト)は私を見つけた瞬間に逃げ始める。これは魔兎(サバト)特有の行動で、自分よりもレベルの高い存在とエンカウントすると一定の距離が開くまで逃げるAIが組まれている。設定ではその長い耳を使い冒険者などの覇気や音を感知しその存在のレベルを測っているという設定だったか。


今の私は恋人と砂浜で遊んでいる気分だ。

歩いているだけのゲームなど面白さの欠片も無い。敵と戦うゲームである筈なのにエンカウントも無かったのでこの9日間、本当に暇だった。


ゲーム世界の様な異世界。ゲームでは敵モンスターの捕獲など出来なかったが、無理やり現実とゲームを混ぜ合わせた様なこの世界では捕獲も可能だろうと考えたのだった。

魔兎(サバト)が森の巣穴に逃げ込んだ。通常は巣穴に潜った時点で魔兎(サバト)の当たり判定が消えるので追いかける事は出来ないが私は四つん這いになりながら巣穴に腕を突っ込む。


「ほーら、出ておいでー」


捕獲してからはどうしようか。食べるか、また逃がして追いかけるか。魔兎(サバト)は敵モンスターである事には変わりないので生かす行動はしない。

ゴソゴソと魔兎(サバト)の巣穴に肩まで手を突っ込んでいると急に尻の中央のデリケートな部分に棒が突き刺さった様に感じた。


「はぅっ!ケツが!」


響き渡るのは金属音。これは、職業毎に被弾時の効果音が決められている為だろう。月光騎士(ムーングレイバー)は全身鎧を着こむ職業の為、被弾時には鎧を叩いた様な金属音がするのだ。

衝撃に思わず、巣穴に突っ込んでいた腕を慌てて抜き出し尻を触る。


「大丈夫・・・刺さってない」


人生で初めての衝撃に涙声だったのはご愛敬。ウォシュレットの水しか受け付けないデリケート部ぞ?長年のデスクワークで痔になりかけてる部分ゾ?


「ゆ゛る゛せ゛ん゛!」


私の初めてを奪った相手に報復すべく周囲の木々をスキル【月光斬】で薙ぎ払う。

太い木々が倒れるとそこには赤い髪の女が呆然と立って居た。こいつが犯人だろう。


「おい貴様、尻は出すところであって入れる所じゃねぇんだよ。解るか?人の尻を的当てに使いやがって!ど真ん中だったよ、ブルズアイだったんだよ!やったーダブルブルだ50点。じゃねぇんだよ。おっさんの尻を弄びやがって!切れたらどうする心算なんだコラッ!」


おっさん怒りの説教である。中年は体の不調を意識しており、健康に気を使い始める年頃なので健康を害されるのを大変に嫌うのだ。急に運動を始めて筋を痛めて運動を辞めるまでが1セットである。


私が赤髪の女に説教を垂れていると女は固まって動かない様子だった。

新人の女社員が重要書類をシュレッダーに掛けて社長が客先に頭を下げに行った時を思い出した。顔を青くして固まるんだよなぁ。


反応しない女に文句も言い終わったので退散する。

微動だにしない奴に何を言っても意味はないし、弱点だったのにも拘わらずこれと言ったダメージは無い。恐らくはレベル補正だろう。


レベルに開きがあればあるほど得られる経験値は多いが運営はパワーレベリングを嫌っていた。高レベルの盾役に初心者を付けてレベル上げが出来ない様に敵モンスターとのレベル差が5以上ある時、ダメージ計算時に補正が指数関数のごとく掛かるので基本的には自分のレベルと比べて2,3レベル上の敵モンスターを狩り続けるのが最も効率が良いのだった。


これは対人戦でも同様であったが、対人戦にはレベルを双方合わせることが出来る機能が有ったので問題にならなかった。メインストーリーを終えた時点でキャラクターのレベルはMaxまで引き上げられる。

つまりあの女はメインストーリーをクリアしていないと言う事になるのだろう。


少々の怒りを感じていたが、社会人必須スキルの【心を殺す】で怒りを水に流す。女が来た方向に向かえば何かしらの拠点が有るのだろうと考えて歩みを進めた。


「やっとだぁ。長かった。」


2時間ほどで目的の町が見えて来た。人も動物も此れまでの道中で殆ど見かけ無かったのだから若干でも人恋しくなるのは仕方ない事だと思う。私は何故か腰が抜けた門番を横目にそこそこ栄えた町の中に入っていくのだった。


町の道中、気になる看板が有る。掛かっていたのは火を吐くドラゴンに向かって剣を掲げている剣士。

サブクエストでお世話になった冒険者ギルドだろう。面倒な依頼の割に報酬が安く金稼ぎには効率が悪いが称号システムと言う物が有って、称号が上がる度にスキル威力が上がるので良く周回していた。


それに、稀にではあるがクエスト中に別のモンスターが乱入してくるイベントが有る。大抵、乱入してくるモンスターはそのクエスト難易度よりも3か4程度レベルの高い敵だったが、乱入の中には当たりモンスターがおり、通常モンスターとして出てくる場合よりも素材が高く売れたりクエスト乱入の詫びとして報酬に色が付いたりと1回のクエストの報酬額が跳ね上がる事もある。運営は恐らく『冒険者は夢見るギャンブラー』と言う認識にさせたかったのだろう。時間当たりの金策には向かないが称号上げ中に当たれば嬉しい位のイベントにはなっていたのだ。


懐かしさを覚えてギルド内に入ると静寂が広場を包んでいた。ゲーム時代も全体チャットで話すのは少なく、野良パーティーのメンバー探し位でしか発言する機会は無かったので実際もこんなもんだろう。


私は受付に向かう。受付には少女が立って居て何故か固まっているようにも見える。NPCだからだろうか?


「□▽△〇◎□」


あーはい。色々察した。この国の言葉解んねぇわコレ。

ゲーム内では運営の造語が使われていた。これは、世界中に配信されていたゲームだったので翻訳の手間を省く為だろう。その国々の声優を使わなくても文字だけ訳せばストーリーとムービーが楽しめる様になるのだから当然と言えば当然。もにゃもにゃ言っている少女に向かって一応、日本語で声を掛けてみる。


「初めまして、クエストを受けたいんだが」


「△〇□▽◎□」


「ないすとぅみーちゅー、ヘイ、アメリカ!(適当)」


「□▽◎!」


なんか震え始めた。勢いだけの英語も伝わらないらしい。私が困っていると受付嬢の少女がテーブルの下に潜った様だった。小動物みたいで可愛いと思うよ。あざといけど。


「◎□▽〇□△!」


「〇□◎、▽□△!」


なんか、冒険者が迫って来た。ゲーム時代にも良く在った事だが、パーティーメンバーから金貨を借りたプレイヤーに取り立てとしてスキルで殴り続けると言う物があった。プレイヤー同士には当たり判定が無い。チャットで一言「金返せ」と言って連続攻撃系のスキル回しをするのが通例であったが、私は彼から金を借りていない。


私は受付嬢に一応聞き取りを行う。


「このギルドでも借金の取り立てあるの?」


「◎?▽□◎□」


ガキンガキンと攻撃を受けた際の音が耳に付く。冒険者のレベル差から考えて一次職業のファイターで大剣使いの方。五次職業のソードダンサーは華麗で美しいスキルが多いので人気職業だったのを覚えている。私は彼の気が済むように反射スキルは使わずに座り込んだ受付嬢に声を掛ける。


「今の時期の最難関クエストは?」


クエストには四季が設定されており、春と秋にはモンスターが空腹の為に凶暴になったりと細かい設定がされていた。季節限定のモンスターもいたので季節の確認は重要だった。


「○○◆▽?□◎□◎〇□◆」


声が小さくて聞こえない。被弾時の音も大変耳に触る。


「うるさい」


流石にやめさせようと武器を構えない状態で1発殴る。

冒険者は静かになった。


「もう一回言ってくれる?」


最早、言語さえ解らないので少しでも会話を多くして共通する単語を抜き出し、行動を真似てその意味を理解する他ないだろう。ここは名も知らぬ異国だと思って行動する他ない。


「○○◎□◆▽□◎〇□◆!」


めっちゃ怒るじゃん。まあ、言葉が通じないのに加えて文化も未発達なので何かしらの無礼でも働いてしまったのだろう。


「ごめんて。」


一応頭を下げておく。礼は多分、万国共通だから。

さて、頭を下げた時に視界に移ったのだが、さっき殴った冒険者が動いてない。一次職業では耐えきれなかったのか・・・。防具をもう少し良い物に変えるべきだと思う。


『ホーリーサクリファイス』


自分のHPの1割分、他プレイヤーを回復・数値分のHPで復活させる技だ。

どうせ紙装甲なのだから自分のHPを削るスキルはどんどん使うのが月光騎士(ムーングレイバー)の戦い方だ。冒険者が立ち上がる。


「◆▽□?◎〇□」


キョロキョロと辺りを見渡している冒険者を横目にクエストボードからクエストを剥ぎ取る。絵が描いてあり解り易いので猪の討伐にした。


「これ、受注よろしく」


「□〇◎□▼□、◎□□〇▼」


受付嬢は立ち上がらずに腕をめいいっぱい伸ばして紙に何かを書き込む。尻餅付いたのは貧血だったのだろうか。流石に不憫になり机の上に置いたクエスト書を受付嬢に手渡す。


「○○◆▽□◎□」


そして、何故かギルドカードを手渡される。もう持っているのだが、所属が違う場合は発行しなおしなのだろうか。受付嬢の調子が悪そうなのでクエスト終了時にでも聞くかと思い私は其の侭クエストへ向かった。





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