アデュート帝国の受難 その3
磨き上げられた白大理石をふんだんに使い、中央には長い毛の赤絨毯。絨毯の端には金糸で縫い目模様が施されており、その長い絨毯の1mだけでも平民が稼ぐ10年分の収入が必要になる。
広く、天井の高い部屋には美しい木目に8種類の花弁の彫刻が彫られ、それらは国祖である8人の勇者が好んでいた花々を形創ったものである。
琥珀色に光る木目のテーブルやそれに付随する椅子は当然の様に磨き上げられ長い年月、使用しなければ出ないであろう風格を漂わせてさえいた。
天井に吊るされたシャンデリアは最上級の透明度を誇るガラスを職人が1つ1つプリズムカットをして造り上げた物であり、この会場に影が出来ない程、多くのシャンデリアが吊るされているが下品と言う感想を抱く者は居ないだろう。
城を支える柱の彫刻は強度を保ちながらも国祖の好んだブドウを形取り、あらゆる強さを重要視するアデュート帝国の財力を見せつけていた。
武力、財力、知力。この空間は全ての力の融合だ。会場を守る兵士達はエリートに特別な教育を施した高級兵。会場には財力をふんだんに使用した豪華絢爛で嘗ての冒険者達を思わせる様な物語を含んだ美品達。そして、その中を文官始め、国の頭脳とも呼ばれる重鎮たち。
アデュート帝国では、次期皇帝が決定し即位する際に設けられる物と同等の会場が至急、用意されていた。
国の重鎮たちが揃って会議をして決定した事に異論を挟む余地など無く、城の従者たちは誰も彼も忙しそうに走り回っている。
強さこそ正義。国無くして法は無く、法無くして犯罪は無く、犯罪無くして被害者無し。
「国が無いと悪い事してる人類種を取り締まれないよ。悪い事はしないって言う法律を作ってさ、悲しい目にあっている人達を助けてあげようよ!」
勇者の一人、賢者セプティミプスの言葉である。
彼が初めの法を作り、国として犯罪を取り締まり、被害者を激減させた。
勇者の時代は法律が無く云わば、やられる方が悪いと言う弱肉強食的な思想が蔓延していた。
現在の人間性や道徳心とも呼ばれる良心に基づく行動を推奨し、相手を害する悪意を排した国造りの基礎を打ち立てた人物だ。
アデュート帝国では強さは正義である。強くなければ、あらゆる悪意に抵抗出来ず蹂躙されるだけなのだから。
しかし、それは強き者に従うと言う意味では無い。正義を成す為に力が必要なのだ。正義こそ最上位の物であり、正義とは良心である。
つまり、強さとは良心であった。
民衆には何度も演劇を通じて説明しているが、なかなか広まっていない。しかし、知識人たちはその事を十分に理解し、良心に尽くしている。
そして、アデュート帝国の皇帝たるユリアヌス帝は人生を良心に尽くす事を生まれながらにして運命付けられていた。
ユリアヌス帝は忙しく動き回る従者たちを横目に宮廷占い師であるセレナに話しかける。
「さて、私が決定し私が始めた。折角だから今後を占ってくれないか?セレナ。」
ユリアヌス帝は占いを信じていない。しかし、自分とは別の視点を持つセレナの考え方や聡明な頭脳、言葉の力を信用している。
言葉には力が宿ると言うのは賢者セプティミプスが証明しているのだから。
「では占いましょう。」
セレナは76枚のカードを取り出してシャッフルすると、その内の8枚をテーブルに規則的に並べ出した。
「展開された運命は・・・。意志を確りと保つ様にだそうです。」
セレナは苦笑する。基本的に卜占いと呼ばれる占いは偶然を考察する事で運命を占うので複数回行えば複数の運命が出る。2度目にカードを並べれば違う結果が出るとセレナ自身解っているからこそ、今の状況下でピンポイントに不安を暗示するカードが出る事に笑うしかなかったのだ。
「何が起こる?」
「展開しましょう・・・。近未来的には不安が蔓延し、将来的には良い事が起こるそうです。」
「物事を長期的に、視野を広く保て・・・と。次は?」
「・・・・・・何かがか、消滅するそうです。アデュート帝国に無くてはならない人物が使い物にならなく為ると。」
「・・・1人の犠牲で済んでよかったな。」
皇帝としては物事を数字で考えなければ為らない。自分の仲の良い人間1人よりも100人の民衆が大事なのだ。解ってはいても行動に移せない事は間々有る。だからこそ皇帝は問題に対して決死の覚悟で臨むのだ。
「まぁ、そうですね。そして最後は・・・きゃあっ!」
セレナが最後のカードを展開しようとすると急に風が吹き、カードを地面に散らした。従者が空気の入れ替えをしたらしい。
「見ない方が良い・・・と。運命が言っているのか?」
ユリアヌス帝はその偶然を唯の偶然だとは思わなかった。
この広い会場内。窓際に居たわけでも無いのにカードが風で飛ばされるなど、普通ならあり得ない。
「ごめんなさい。本当に見ない方が良いのかもしれませんね。」
セレナの長く美しい髪が風に揺れて輝く。知識人たるその青い瞳は珍しく動揺している様にも思えた。
「ギルドマスターには伝手と使者を出している。明日だ。セレナ、白騎士に渡す予定の金貨の袋を確認して於け。」
「確認済みです。偽物が有っては此方が困りますからね。あ、後・・・。」
セレナが悪戯を思いついたかのような顔をして笑う。私には何故か、深い悲哀が見て取れた。
「なんだ?」
「ニカイア帝国軍、将軍ディズル・ムアの首級が先程届きました。」
「・・・そうか。誰か死ぬとはこの事か?」
「解りません。しかし、此方の犠牲が出ないと言うのは早計かと。ユリアヌス帝は占いを信じておらぬ故其れを貫かれた方が宜しいと存じます。報酬の増額分は私が用意しておきます。お部屋に戻られた方が良いのでは?」
「そうだな。暫く休む。」
私は個人の私室で休憩をする。
ニカイア帝国のコンスタンス帝がアデュート帝国に留学という形で学園に入学した頃、我々の2歳年下。コンスタンス帝の親衛隊としてディズル・ムアが付いてきた。
嘗ての私は騎士に夢見る少年で、戦場で武勲を立てようと勉強をせずに、剣ばかり振っていたのだ。
比べてコンスタンス帝は学園の蔵書ばかりを読み漁り、武力とは縁遠きお方だった。
他国の皇族の相手を他の貴族に任せる訳にはいかないので私がコンスタンス帝の相手をして居たが、知識の無い私は始め、コンスタンス帝の相手をするには不足だった。
そんな不安な空気を変えてくれたのがディズル・ムアだった。
彼は私よりも剣の才能が有り、年下に恥を忍んで剣術を教えて貰った間柄だった。
「貴方は何故剣を振るうのか?」
「弱きを守るため、武力が必要なのです。」
「しかし、貴方は戦争での武勲をお望みだ。戦争では弱き者は死ぬ。」
彼が私に皇帝とは何かを諭してくれたのだ。手合わせさえしてくれたディズル・ムアの剣の才能には一生届かないと悟り、コンスタンス帝に知識の教えを乞い、共に平和を実現しようと意見を交わした。
「コンスタンス帝・・・何故お前が平和を崩す?お前のせいでディズル・ムアは死んだぞ。」
責めている訳では無い。コンスタンス帝は愛情深きお方でもあった。やんごとなき理由が無ければ戦争と言う愚かな行為は侵さない。それは彼が懇切丁寧に教えてくれた事でもあった。
「せめて、相談してくれれば・・・。俺達は友達だった筈じゃないのか?」
昔の思い出に浸っていると即位前の口調に戻ってしまう。
今は唯、コンスタンス帝の事が心配だった。
次回更新は3/3です!




