被害者青年
ディオ・カールは現在、恐慌の最中に居た。
物心付いた時には既に厳しい父親から文官の教育を受け始め、アデュート帝国の学園を皇子を下して首席で卒業した。文官は貴族位の中でも下の下であり、格上の貴族等からのやっかみも多かったが、文官の息子の身で貴族達に知識で勝利できたのは何とも言えぬ達成感があったし、普通の貴族とは違い、『自分で道を選ぶことが出来る』と言う幸福にも恵まれた。
学園では貴族との関わりを持ちたくないと思い知らされたので、将来は自分の領地に戻り得意な勉学を有効に使って民達に税を還元して良い領地を作ろうと決心していた。
皇子とは同じクラスで在ったが、皇子に宛がう用のご学友たちは家の命令か、それとも自分たちの欲望の為か他の貴族を寄せ付けていなかったので自分より上の身分の人間に憧れるどころかむしろ、哀れとすら思っていたのだ。
そんな俺の感情を読んだかのように皇子は俺の事を呼び出して「一緒にアデュート帝国を繁栄させよう」と言われたのが運の尽きだった。現皇帝が退けば次は皇子が皇帝になる。皇子は将来的な上司であり之を断ると将来的に領民に被害が向かう。
貴族領の災害時に帝国は兵士を向かわせる義務があるが、人数は指定されていない。嫌がらせに少ない人数で来られた場合だってあるのだから将来的な憂いは断つべきと考えて「はい」と答えてしまったのだ。
余り言いたくないが、皇子は道連れでも欲していたのだろう。最高に迷惑なお言葉のせいで少なくとも5年間はこの帝国領で父と同じように文官として奉仕する事になってしまったのだった。
5年間と言うのは義理立ての期間だ。文官として一人前となり、十全に業務を行うことが出来るようになるのがこの期間であり、結果を出して初めて文官と認められる。領地で秘密裏に行いたかった領土改善の書類を提出し、正式な文官として認められたのが2年前。
領地に引っ込みたくて早めに提出した改善案は皇帝に認められ、後は期間の満了を残すのみとなった時期に厄介事が飛び込んで来た。
「言葉の通じない冒険者に帝国法を伝えよ。」
言葉が通じないと言うのは2種類ある。言語を理解しているが、我が強く自分本位で行動しているタイプの冒険者。そして、異国民であり言語を理解していないタイプの冒険者。どちらにしても非常に厄介で、城に呼ばないにも拘わらず、二つ名を与える時に説明するような事を態々使者を送ってまでやろうとしているのだから、問答無用で厄介事だ。
そして貴族位の高い人達は厄介事を嫌うし、文官にしても戦闘力が無い為、御付きの供が必要になる。
金が掛るし危険なために、比較的新人でやっかみを受けている俺にこの件が回って来たのだろう。
帝国には貴族文官が多く、厄介な仕事は下に押し付けられるのが現状なのだった。
「あーあ。なんで俺が。・・・さっさと終わらせるかぁ。」
溜息と共に文句も出る。義理立てで帝国に残ったのに厄介事を押し付けられる日々。今でも耐える事が出来ているのはそこそこの給金がある為だ。これで給金も少なかったら自分の領地に引っ込んでいる位には人間関係も悪く、働き難い環境だった。
こうした厄介事は真っ先に片付けるに限る。時間が嫌な記憶をボカシてくれるのだから早く済ませて早く忘れる。この数年間で社会に揉まれて身に付いた精神安定術だった。
俺は先立てて冒険者ギルドへ向かった。幾ら馬鹿な冒険者でも、騒動をギルド内での出来事にしてしまえばギルドマスターへ責任が生じるので御付きの供も必要無くなる。
俺が殴られたら、ギルマスの監督不行き届きとして賠償金をせしめる事も可能だろう。
「ここに、白騎士はおらぬかっ!」
ギルド内は帝国図書館の様に静かで、其れこそ物音を立てた人類種が酷い罰を受けるのかと勘違いする程だった。五月蠅く、バカ騒ぎして居る事も少なくないと文官の同僚に聞いていたのだが・・・死刑を待つ罪人とか葬式の参列者とか、そういった種類の静けさだ。
「いませんよ。伝言があるなら承りますが?」
受付嬢の女性を侍らせてギルドマスターが対応する。俺を貴族として扱ってくれている様子で「そういえば、俺も貴族だったな」と思いださせてくれた。
「否。私が白騎士に直接伝える様に皇帝からのお達しだ。居ないのであれば出直す他無いな。もし、白騎士がギルドを訪れたら彼に連絡してくれ。」
使者とは直接皇帝の言葉を伝える役割を担っているのだ。そうでなければ手紙でもなんでも出せば良いのだから。貴族としては連れて来て貰う事も一応、出来たが。そうしなかったのは父上の教育のお陰だろう。貴族が偉いと言う訳では無いのだ。
「ええ、解りました。伝手を使います。」
伝手とはギルド内の緊急の連絡係である。皇帝や重要役職を任されている貴族に対して直接、手紙を送付できるが、業務はそれだけではなく郵便も請け負っている。有料だが大衆用の郵便と違い一直線に受取人まで手紙を届けてくれるので最速の伝達方法だ。
「よろしい。任せる。」
正直な所、伝手の料金は高いが文官として業務を行っているので帝国に料金を請求できる。
ギルドマスターは俺に白騎士の情報を与えてくれた。白騎士は異国民的な意味で言葉が通じないらしい。
「言葉が通じないのは本当の事だったか・・・。困ったな。皇帝からの話をしなければ為らないのだが。」
一応、困ったアピールをする。上が白騎士に使者を送ると言う選択をしたのは、恐らく異国で二つ名を付けられている可能性を危惧してだろう。
戦争は当たり屋のような馬鹿馬鹿しい理由でも簡単に起きる事が有る。アデュート帝国を敵視している国は多いので戦争経験は多いのだった。
「では、ギルドマスター室をお使いになられるのがよろしいでしょう。皇帝も言葉は通じずとも説明責任の関係で貴方を使者として遣わしたのでしょうから。」
ギルドマスターも同じ意見らしい。戦争経験豊富なギルマスの考えも同じなら的外れと言うわけでも無いだろう。俺の考察も、捨てたもんじゃない。
「助かる。では、お言葉に甘えよう。」
「では、準備いたします。」
俺はギルドを後にする。そして数日後、ギルドからの伝手が来たので足を運んだのだった。
幼い赤髪の受付嬢に案内されて、静かなギルド内を通り過ぎる。先日、ギルドマスター室を借りる約束をする事が出来たのだ。冒険者ギルド内で機密情報を守るために音を通さない仕組みになっている部屋だ。
俺が部屋に入室するとソファーに座る様に促された。
白騎士は後に入室するらしい。受付嬢が居れた紅茶を嗜んでいると謎の圧迫感が俺を襲った。
その後、ギルドマスター室にノックの音が響く。
「ひっ!」
部屋に入室してきたのは白い悪魔だった。
白を基調とした鎧の端には流れるような金字のラインが走りフルフェイスの頭頂部から赤い髪を束ねたような飾りが風に靡いている。これは何かと問われたら騎士だと言うしかないだろう。しかし、騎士の装備は目立ってはいけないのだ。隠密行動をする際にこんなにも目立っていては話にならないし、乱戦時に狙われやすいのは目立つ兵士だ。目立つ色を身に纏うのは逆説的にそういった状況下で生き残る事が出来ると言う事になる。
そしてこの呼吸さえ乱す威圧感は其れを可能だと示している様だ。城で業務をすることは多いが強者には特有の覇気のような物がある。この白騎士は城の中の誰よりも強いだろうと確信できる。
更に観察すると、背にかけるマントは腰まで長く、紅を基調とし内側に散りばめられているのは大粒の宝石。背面に幾何学模様が金糸で縫われていた。
皇帝よりも派手で威厳ある姿に俺は、腰を抜かしていた。ソファーに座っていて良かった。
情けなく地面に尻を付ける事が無かったのだから。この白騎士の前でその様な粗相をする事は出来ないと俺の心が叫んでいた。
「●▽◆○○◎」
何を言っているのかは解らない。白騎士に声を掛けられただけでも心臓が締め付けられるかの様に縮み上がるのだから。
一刻でも早くこの場から逃れなければ正気でいられない!
「し、白騎士。・・・さマ。おまぇ、貴方様にはアデュート帝国内で、おま、貴方様の行動の責任の一端を・・・。」
俺は皇帝の使者だ。つまり、伝言を正しく伝えるのが使命。些細な文言に意志が宿る様に皇帝に伝えろと言われた事は、一文字も間違いのないように伝えなければならない。皇帝の使者は唯一、自分よりも格上の貴族に命令口調で言葉を吐くことが出来るのだ。
そして、皇帝は敬語を使わない。つまり俺は敬語を使う事が出来ない。しかし白騎士を前にして、そのような無礼をする勇気は毛ほども無かった。言葉が通じない事は知っているがこの瞬間。俺の頭に在ったのは絶対服従の他、無かったのだから。
「・・・。故に、きさまぁ。貴方様のぉ。アデュート帝国への敵対を許可・・・いたしま、せん」
声が。震える。自分で何を言っているのかが解らないままに2人きりの部屋に俺の声だけが響いていた。
明らかに俺が文言を勝手に変えるのは皇帝への不敬罪になる。
使者には正確に皇帝の言葉を伝える義務があり、其れを怠るのであれば皇帝の言葉を軽く見ていると言う事。不敬罪は投獄後にその程度を裁判で判断されるが、平民は基本的に死刑。貴族でもその格によっては一生投獄される。
その事を知っていて尚、俺は使者の役割を放棄した。そして、全ての言伝を伝え終わった後、脱兎の如く部屋を飛び出して逃げ帰ったのだった。
「●▽◆◆○○◎◆◎?」
白騎士の戸惑ったような声がギルドマスター室に溶けて行った。




