Next is your turn
リーシュアがなんと言ったのか、明はよく聞き取れなかった。今ごろ両親は心配しているかなあとか、明かりをつけてノガルドに見つからないかなあとか、そういうことを考えていたためである。リーシュアはその点についてはぬかりがない。多くの生物と同じく、夜はノガルドも寝ているのである。しかし他の点についてもぬかりがないのかどうか、それは怪しいところだ。
「……すみません。今なんて?」明は訊き返した。「……った」というところだけは聞き取れたが、ほかはさっぱりだった。リーシュアは地図から目を離さずに「……まよった」と繰り返した。
……はて、「まよった」とは? その文字列の意味を明はうまく消化できなかった。ま、よった? まよっ、た? ま、よっ……? 今の彼の脳内こそ、その言葉の意味を如実に体現していたが、とにかく彼はひとつの結論にたどり着いた。「迷った」と、そう彼女は言ったのだ。
「えっ。迷った……?」
「そう」
「で、でも今までは地図を……」見ていなかったはずだ。そしてそれは、道のりに誤りがない自信の表れかと……
「忘れてた」
「え?」
「忘れてた」
そしてふたりは沈黙につつまれた。
こういうときはどうしたらいいのか。地図とにらめっこを続けるリーシュアには声をかけられず、明は夜空を見上げながら考えた。もっとわたしに知識があれば、月や星から方角がわかったかもしれない……いや、もし知識があったとて、この世界では役に立たなかっただろう。月や太陽が東から昇っているとは限らないのだ。……そういえば、月や太陽はこの世界にもあるんだなあ。どうしてだろう。ここにも宇宙があるのかな。
……まだリーシュアはにらめっこを続けているようだ。なにか進展はあっただろうか。そろそろ声をかけてもいいかな。
そうしようとしたとき、急に光球が消えた。「わっ」光に慣れ切った目は暗黒を直視することを拒み、つまり明はなにも見えなくなった。それと同時に、ばたん、となにかが倒れる音が聞こえた。「リ、リーシュアさん?」明は彼女がいるはずの方向に向かって、手を突き出しながら進んだ。しかし手が触れるのは冷えた空気だけで、なぜか彼女には当たらなかった。ただ、「その代わりと言っちゃなんだが……」と言いたげに、足が反応をよこした。明はしゃがみ、足がなにに触れたのか確かめようとした。
そして驚愕した。
リーシュアが地面に倒れていた。
「……え、リーシュアさん? 大丈夫ですか?」
沈黙。
リーシュアは返事をしなかった。
というより、息をしていなかった。
「リーシュアさん!」
身体は硬直し、揺すってみても反応しない。脈はあったが、だから安心! とはとうてい思えなかった。
「リ、リーシュアさん……」
一体どうすればいいのか、明にはさっぱり分からなかった。中学生時代、明には絶対に眠ってしまう授業が二つあった。その授業が始まって四〇秒経つと、彼の脳は断りなしの休息を試み、結果として体は夢現の水面で舟をこぐ。その授業のひとつは理科であり、そしてもうひとつが保健体育だった。そういうわけで、彼には呼吸が止まった人になにをしたらよいのか、皆目見当つかなかったのである。
彼の名誉のために言っておくと、一応人工呼吸や心臓マッサージの存在くらいは知っていた。しかし、確かな知識が欠如した状態でそれをやればトドメを刺しかねない。明はそれを恐れた。だからといって、彼女の回復をこの異世界のまだいるのかいないのかもわからない神に祈ってもしかたがないと思った。
そこで明は地図をきれいにたたんでリーシュアの鞄にしまうと、彼女を背中におぶった。もちろん明に彼女と同年代の少女を背負った経験などないし、いまは火事場と言える状況だから、いささか確実性に欠ける感想ではあるかもしれないが、それでも彼はリーシュアを――軽いと、そう感じた。
杖を持ち、明は丘を登った。てっぺんから見れば、もしかすると彼女が言っていた「町」の明かりが見えるかもしれないと思った。頂上にたどり着いた彼は――前言撤回、神よ感謝いたします。そう思わずにはいられなかった。それは小さく、ぼんやりとしていて、中空を飛ぶ飛行機のそれに似ていたが、確かに光だった。
丘の間を歩き回っているうちに迷ったことを思い出し、明はその光めがけて真っすぐ進むことに決めた。当然いくつもの丘を越えなければならなかったが、明は疲れを忘れていた。斜面に転ばぬよう気を付けながらも、手遅れになることをなにより恐れた。丘を越えても超えても、なかなか光は大きくならず、焦りは際限なく強まり続けた。それでも、まだ脈打つリーシュアの手首を信じ
教訓:やっぱり考えなし




