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ハイファンタジーのエター集  作者: 皿日八目
タイトルなし
23/26

自覚症状

 魔法を使える者はそれほど多くない。

 何年間も魔法の勉強を続けられるほど暇な者がそれほど多くないからである。

 具体的に魔法をどうやって使うのかについては、魔法使いの卵のバイブルとされている『新しい呪文』(著者:レジュー=シガム)が詳しい。それによると、魔法の行使には代表的な方法だけでも百通り以上が存在しているという。そのすべてを解説するのにこのページは狭すぎるため、しばらくは遠慮する。とりあえず今は、代表的ななかでもとくに代表的な「口語法」――呪文を唱えることによって魔法を行使する――だけを覚えておけばよろしい。

 明はそれによって命を救われることになる。


 明は強く目をつぶっていた。間近でドラゴン(だからノガルドだってば)の顔を直視するのには勇気が足りなかったからかもしれないし、次の瞬間には体を貫くだろう激痛に備えるためだったかもしれない。

 まあどのような理由にせよ、その必要はもうなくなっていた。

 目をつぶっているものがもう一体(一頭? 一匹? より正しいと思う数え方に読み替えてください)増え、それはノガルドだったからである。

 この竜は空中で眠りこけていた。


 先ほどから目をつぶり続けているけれど、いつまで経ってもなにも起こらない。もしかすると――わたしはもう死んでしまったのかな? もうちょっと衝撃的な――たとえば激痛とか――合図があって、それでもって自分の死を確信及び確認するのだと、いままではそう思っていたのだけれど。しかし相変わらず羽ばたく音は聞こえるし、それはつまりドラゴン(だからさ……)が近くにいるということだから、危機的状況なのに変わりはないはず。皮肉なことに、それはまだわたしが生きているということの証明にもなる。

 じゃあなぜわたしはまだ生きているのだろう?

 あまり気は進まなかったが、どうしても目を開けて現実を直視し、現在の状況を確認する必要があった。おっかなびっくりおそるおそる、明は目を開いた。


 ……寝てる。


 竜は翼を羽ばたかせてはいたが、目はつぶっていた。寝返りに似た芸当だった。数秒、明はその光景に魅入っていたが、しかしいつこの巨大な竜が目を覚ますか知れない。できるだけ音を立てないように、だができるだけ素早く、明は後ずさりした(この二つを両立しようとした結果、その動作はゴキブリに酷似していた)。

 後ずさりで丘を登り(かなり難しかった)、ちょうどてっぺんにたどり着いたとき、ふいに竜の羽ばたきが止まった。凍りつく明の眼前で竜はゆるやかに墜落し、クラクション並みの音量でいびきをかき始めた。竜の脳がもっと深く眠るために、もう羽ばたいている必要はないと判断したのかもしれない。


「……だいじょうぶ?」

「えっ」


 突然何者かに声がけされた明は驚きのけぞって、再び丘を転がり下った。ごろごろごろごろごろごろごろごろ……

 丘と丘の間の底にてようやく停止した明の目に、杖を持ち鞄をさげる一人の少女が映った。明のように転がり落ちないよう(というのは明の推測だが)、気をつけながらこちらへ向かってくる。少女がそばまで来ると、彼女の格好を明ははっきりと見ることができた。

 ローブ……って言うのかな? 少女が身にまとっているのはそれだった。墓石に似た灰色で、彼女の足元まで覆っていた。手に持つ杖はなにか非常に大きな木が伸ばした枝をそのまま切り出したように粗削りで、その茶色よりは少し明るい茶色が彼女の髪色だった。彼女はほとんど無表情で、だから大人びて見えるけれど、それでもわたしより年下に見えた。

 

「……だいじょうぶ?」少女は先ほどの質問を繰り返した。その声はあまり感情がこもっていず、明はなんとなく冷たい印象を受けた。

「は、はい。なんとか。だいじょぶです。どうも」目の前で転げ落ちた恥ずかしさで、しどろもどろになりながら明は答えた。年下だと思っても、やっぱり敬語が出た。

「……けがは?」再び少女は聞いた。

「だいじょぶです。なんともないみたいで――」と、言いかけて明はぎょっとした。その理由はなにも、奇跡的な幸運によりかすり傷一つ負っていなかったことではない。むしろ、糸一つ身に着けていないことだった。


「あっあえへいがいはいあい!?」意味のないことを叫ぶと、驚異的な早業で明はうつぶせになった。

「……どうしたの?」ちょっと不思議そうに少女は尋ねた。

「いやいやいやいや! お目汚しを! たいへんお目汚しを! 失礼しました失礼致しました!」

「……あなたが裸なことを言ってるの?」

「はいその通りでございます! どうぞ煮るなり焼くなり好きにして下さいませお望みとあらばこの腐れの根切り落としてくれましょうぞこれにてわたしの血統終わり! あ、あははははははは!」

 狂ったように(実際狂っていた)笑う明の頭を、少女は杖でこづいた。

「いたい」

「……落ち着いて」少女の声は落ち着き払っていた。


「もうすぐ起きるかもしれない」そう言うと、振り向いて眠りこけているノガルドを確認しようとした。が、今いるのは丘と丘の間の底であることを忘れていたのか、当然ながら彼女が見たのは丘の傾斜に生える芝だけだった。「……行こう」とくにそれを気にするふうでもなく、少女は明に言った。「この先に町があるから」

「町? ……でもこの格好だと」明はうつぶせの体勢を続けていた。「捕まっちまいます」

 明の情けない声を聞いた少女は、ちょっとの間思案すると、自分の鞄に手を入れ、中を探り始めた。しばらくして再び登場した彼女の手にははさみが握られており、それでなにをするのかなあと明が思っていると、いきなり自分のローブを切り裂き始めた。

「えっ。なにを……」驚愕する明を意にも介さず少女は続け、大腿のあたりから下のローブを切り離してしまった。

「……はい」切り離したローブ(だった布の切れ端)を、明に差し出した。

「……あ、あの……ありがとうございます」明はいたく感激していた。いきなりわけのわからない場所で目覚め、竜に襲われ、全裸を見られ、ひどく混乱しているなか、彼女の親切はこれ以上ないほど明を勇気づけた。まだなにもわかってはいないが、頑張れそうな気がした。そして、先ほど少女の声を感情がこもっていないなどと思ったことを反省した。裸であることよりなお恥じた。あのとき感じたことは間違っていた。


「名前を聞いてもいいですか」布を腰に巻き、明は少女に訊いた。「わたしは白崎明といいます」

 彼の名を聞いた彼女はかすかにうなずき、明に向き直ると(彼が布を巻いている間後ろを向いていたのだ)、ひとことつぶやいた。

「……リーシュア」

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