ありふれた服
「けがはない? だいじょうぶ?」
日ごろから運動をしていない者が急に長い距離を全力で駆けるとどうなるか、その結果を如実に表すモデルと化したダラに、リーシュアは気遣わしげな声をかけた。
大丈夫だと答えてダラは、改めて彼女を見た。
さきほど彼女を魔法使いだなと確信した最大の理由は、頭の上にあった。それは、今まで彼がいた日本においては極めて限定された場所、時期でしか見ることの出来ない、いわゆるとんがり帽子であった。肩のあたりで切りそろえられた茶髪によく似合っていたが、そのことを指摘してよいものかダラは迷った。彼女から見れば、ぼくはゴブリンが徘徊している草原において木陰で眠りこけていた間抜けだ。そんな間抜けに、「帽子が似合っていますね」などと褒められて喜ぶかなあ……
「……どうしたの?」
自分の帽子を凝視するダラに、リーシュアは不思議そうに話しかけた。
「あ、いや、えー……珍しいなぁと思ったもので……」
「この帽子が?」
リーシュアは頭から帽子をとり、ダラに渡してくれた。
「そんなに珍しいかなあ。それよりも……」
帽子をためつすがめつ見るダラ、リーシュアはそんな彼の首から下のほうを見ながら言った。
「……きみの格好のほうが珍しいよ」
「え?」
ダラは自分の服を見てみた。あまりおしゃれとは言えない(そして実際彼が思っている以上におしゃれではなかった)が、珍しい服ではないはずだった。
と、そこまで考えて、彼はここで目覚めてから今までにした経験を思い出せば、それは全く的外れな考えであることに気が付いた。そしてまた、今もっともすべきことは、ある事実をリーシュアに確認することだとも気が付いた。
「ここはどこですか?」
もし君がまったく知らない場所で目覚めたときは、近くにいる人にここはどこなのか聞いたほうがよい。もしかすると「ああ、鳥取砂丘だよ」とか、「Tranquillitatis」とか、「Россия」とか言って教えてくれるかもしれない。しかしそれには問題がひとつあり、それは言葉が通じるかどうかということである。地球ではちょっと足をのばして隣の国に行くだけでも、自分の言語野の無力を思い知らされる。ましてやここは異世界だから、地球上においてはまったく影すら存在しない言語が発達している可能性だって十分にあったはずである。
にもかかわらず、ダラはリーシュアと何ら問題なく言葉を交わせている。これはべつに作者が、自分が今どこの世界の出来事を書いているのか忘れているために起こった不具合というわけではない。秘密はリーシュアにあり、彼女が首から提げている飾りにはとあるアーティファクト(この物語において、アーティファクトという言葉はせいぜい「特殊な力をもった何らかの物」という程度の意味である)がはめられていて、それは「世語の理石」――正式名称は「世に存在するありとあらゆる言語を瞬時に理解し、また相手にも理解させる効能を発揮する、一見すると赤色に見えるが角度によっては橙色にも見える小石」――というものだった。これはその名の通り、ありとあらゆる言語をすぐ理解でき、また自分が発する言葉も相手に理解させられる、とんでもない優れものである。ただし、効果は人間の発する語に限定されている。しかしそれが欠点と言えるかどうかは怪しいところだ。自分が殺そうとしている動物がなんと言っているのか、知りたいと思う者はあまりいないだろう。




