番外編2話:刑期満了
あーまったくめんどくせえなんなんだこいつマジでうざってえ寝込みを襲うなくそったれ。
ワシの頭は飾りじゃないようで、グリフォンの視力は極めて高い。せっかく彼は大きなニランの木の下で眠っていたのに、ほら、あっさり発見。ギエエだがギャアアだなんて奇声をあげて、その首をもぎ取らんと急降下……ここがグリフォンの愚かなところで、黙って近づけばいいのにわざわざ大声で差し迫った危険を教えてくれる。おかげで彼もデュラハンとならずに済んだ。
見る見るうちに大きくなる影を寝転がったまま見つめながら、手で辺りの地面を調べる。あれっ、ここらへんに、おいおい、冗談じゃないぞ、どこだ、どこだ……あった。布を巻いた剣の柄、右手でしっかと握りしめ、どれくらいで到着するかと考える。いまか、いまか、いまか、いまか……ああ、ここか。そして一振り。首ごろり。鮮血のほとばしり。彼はまったく動揺しない。だって毎日のことだからね。
「ロイヤル・ストレート・フラッシュ!」区切って大声で従者の名を叫ぶ。そうしなきゃあいつは目覚めない。
「……ロスフって呼んでくださいよ、旦那」地底湖のようなくまを目の下につくった男が、左からひょっこり現れる。「もう何回目だと思ってるんですか」
「うーん、十回?」
「五千回目です」
「あ、そ。どうでもいい。早くやってくれ」
「へいへい」
素早く腰から抜く刀。東から差す日を受けてギラり。力強さと美とを内包したこの業物は、見るたびロスフにため息をつかせた。これを手に入れた、あの呪われた屠殺場での一幕が思い出される。羊頭狗身の化け物が柵を飛び越えやって来て、危うく合いびき肉にされるところだった。よくやったなあと、何度でも自分を讃えたくなる……
「なにやってんだよ。早くしろっつの」直立不動の彼へ叱咤の声が飛んだ。
「あ、すみません」
出来得る限りの素早さと慎重さで、死体に刀身を振り下ろす。毛皮の迷路へ分け入り、筋組織の裏をかき、骨格のパズルを刹那に解く。重要器官――金になるという意味で――を傷つけぬよう、捌きは丁寧に行われる。そうしてさくっと一分後。標本のような肉と皮、模型のような臓器だけがそこには残る。
「できましたよ」
「見事なもんだ」
「光栄でございます」これもお決まりのやり取りであったが、それほどロスフは嫌っていない。
柔らかそうな肉をいくつかより分けると、主人は火を放ち焼く。魔術が苦手と言ったって、これくらいはできなきゃな。そう思うだろう、ロスフ? 血が火の粉と共に飛び散るのを見ながら、ロスフ、……おれが出来ないのを知ってて言ってるんですよね? えっ、そうだっけ……。主人は頭をかくが、ロスフはいいんですよ、と言って笑う。悪気がないのはわかりきってます。
「さあ行くか」生焼けの部分を吐き出しながら主人が言う。
「はい」
生まれたての緑が映える平原の上、連れ立って馬を走らせる。八本足のリズムが響くここは大陸の大辺境。街道もあまり整っちゃいない。毎夜を屋根の下で過ごせるとは考えないことだ。せいぜい、子鬼たちに寝首をかかれんよう注意しな。死して屍拾う者なし。……とはいえ、まるで人気がないわけでもない。
「村がありますよ」主人より若干視力のよいロスフが見つけた。「やったね。久しき褥は屋根の下」
「ほー、こんなところにもあるもんなんだな」地図にはなかった気がするが、と主人は思う。
村は夕闇の中、孤独に佇んでいる。なだらかな丘陵の謙虚な頂点に建設されたそれは、ところどころ腐って黒ずんだ木の柵で囲われていた。元々は白かったかもしれない風車が目立ち、うずくまった熊のような家々がまばらに配置されている。そばかすのある子らが走り騒ぐ声が聞こえた。客観的に、まあ、お世辞にも華やかとは言えない。
「……ロスフよ」主人が口を開く。
「はい?」
「ド田舎じゃねえか」
「仕方ないですよ。こんな辺鄙な場所なんだから。あるだけでもありがたいと思わないと……」
ふたりは馬を降り、かつては歓迎の色に塗られていたかもしれない門を通り村に入る。旅人が珍しいのか、こちらをうかがう視線を陰から感じる。誰も声をかけはしない。西日に伸ばされた彼らの影を、子どもが遠慮なく踏みつけていく。両脇に立ち並ぶ家を横目に、中心部へと歩を進める。
「しっかしこんな村に」主人は親指で馬上の戦利品を指しながら言う。望み薄の声の調子。「こんなものを欲しがるヤツがいるかね?」
「ここにいるわ」降って湧いた女性の声。
「えっマジで?」ふたりはその方角へ向いた。
黒いくろーい魔女がいた。髪も黒けりゃローブも黒い。先端が空に中指を突き立てているように見える帽子も黒い。もう少し太陽が素早かったなら夜陰に紛れてしまい、姿を見ることすらできなかったであろう……
今どき珍しいぜ。こんなに魔女らしい魔女。主人は思う。動きづらくないのかね、あーんなに長いローブ……
「朝に殺したやつだから、新鮮そのものだ」彼は言う。「生鮮素材だよ」
「おいくら?」魔女が、いまにも拍動を再開しそうなほど赤い心臓を手に取る。「うーん。高いんでしょうね。こんなに状態のよい……」
「ふっかける気はないぞ。数晩の宿代が欲しいだけだ」主人が答える。「で、宿屋はどこかね?」
「ないわよ。この村にそんなもの」
「ない? 宿屋がない? そんな村があるかよ」思わず上昇彼の声量。「宿屋がなけりゃ村とは呼ばないぞ。村の定義は少なくとも鍛冶屋と道具屋と……あとなんだ?」
「教会か、もしくはそれに類する機能を持つ施設です」ロスフが答える。
「そう。それと宿屋があることだ」
「宿屋以外は全部あるわ」
「なんで宿屋だけないんだよ」
「知らないわよそんなの。村を作った人に訊いて」と魔女。「百年前に死んでるけど」
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「外見はボロっちいが」主人はおどろく。「中はきれいなんだな」
「お褒めいただきどうも」抑揚のない魔女の声。
宿がない寝床がない明日がないとわめくふたりを見て哀れみを感じた魔女により、ふたりは彼女の家に案内された。古臭い彼女のスタイルに似合った、古臭い魔法使いの家という感じであった。壁も屋根もどこか歪んで見えるし、ツタとコケに覆われていない面積のほうが少ない。石造りの階段はでこぼこして上りづらいし、表札代わりに頭蓋骨のぶら下がり。
「えー、古典的で、あー、伝統的な、うー、趣のある、そんな印象を与えるスタイルですねえ」一応、そんなお世辞をふたりは言ってみたが、彼女の目には猜疑がありありと浮かんでいたし、それは正しいのだった。
ところが扉を開けて仰天。内装は清潔だし、あんなに繁茂していたツタもコケも、その一片の侵入すら許していない。薬品の匂いが少々気にはなるが、これは失礼つかまつったと、ふたりは謝罪。案内されて階上へ。突き当たりのふたつの部屋。軋む木の床を一歩二歩。
「ここを使ってくださいな。元々お客用だし……ま、いま初めて泊めるんだけどね」と、魔女。
「いやぁ、なんとお礼を言ったらよいのやらぁ」ロスフはぎょっとした。明らかに主人の様子がおかしい。「あんなグリフォンでいいのならぁ、あと百体くらい仕留めて来ましょうかぁ」
「旦那、どうしたんですか。様子がヘンですよ」その夜、ロスフが尋ねた。
「おれは元からヘンだよ」
「輪をかけてヘンです」
「そうかそうか。バレちまったなあ」にやつき。気味の悪さにロスフは身震い。
「いったい、どうなさったんですか……」




