第六話 四人の攻略対象を発見しました
白いレンガで造られた、視界に収まりきらないほど巨大な洋館。鉄の門が冷たくも頑強な守りを周囲に見せつけ、その洋館の重要性を示している。
目の前に広がる超巨大な建造物……この洋館こそがアヴニール王国最大の学び舎にしてすべろんの舞台、ブラヴール学園の本館だ。
ブラヴール学園では始業式と入学式を同日に行うため、朝早くから在校生が何人も門扉を通っている。入学式の前に始業式が行われるからだ。とは言っても殆どの生徒がブラヴール学園敷地内の学生寮に入っているため、門扉を通る生徒は全体で考えると少ない方なのだろう。
僕は門扉を通ることもせず、通り過ぎる生徒たちの流れに逆らって立ち尽くしていた。
自分の記憶の中の――ゲームの中のブラヴール学園との違いに息を呑む。パソコンの画面の中、平面だったブラヴール学園が目の前で確かな存在感を持って聳え立っている。生きた存在感が圧倒的な質量を伴って僕を揺さぶる。
「本当にここは現実なんだね」
思わず漏れでた言葉は本心だった。
どこか夢見心地で過ごした二日間。一晩過ごして翌朝アストルのベッドで目を覚ましたとき、変わらず綺麗な部屋であったことに落胆を抱いた。自分のごちゃごちゃと物が積み重なった部屋が恋しくて、溜息をついて、そしてホームシックになるのは早すぎると奮い立たせた。
その日一日アストルの部屋で新しい〝僕〟の癖や歩き方を煮詰めて、翌日の始業式と入学式に備えていたというのに僕は尚も実感が湧いていなかった。
その実感が今このとき、ようやっと湧きあがってきた。押し寄せてきた、という表現の方が的確かも知れない。元の世界であれば歴史的建造物に指定されているだろう白亜の学び舎が思い知らせてくれた。今この瞬間こそ現実であると。
通り過ぎる生徒たちの視線を感じながら緩やかな足取りで門扉に近づく。そのまま門扉を通ることはせずにブラヴール学園と刻まれた柱に手を滑らせ、目を眇めて挨拶した
「……これからよろしく」
長い長い付き合いになるだろう、異世界の学び舎に向けて。
始業式は特に目新しいこともなく終わった。
僕にとって見覚えのない先生方も勿論いたけど、アストルの記憶が覚えていたから困惑することもなかった。あえて困った出来事を挙げるなら、少々どころではない視線を周囲から痛いくらい浴びせられたぐらいだろう……が、ぶっちゃけ想定の範囲内だったので鈍感主人公の如くガン無視していたら減った。
根負けするとは何事だ、スポ根魂が足らん! と脳内で熱血教師さながら憤っていたあの時の自分については、過去に体験したことのない大注目で自棄になっていたのだろうと折り合いをつけている。大注目の理由は十中八九この顔だろう。美形過ぎるのも良し悪しだとアストルになってから学んだ。
未だにちらりちらりと伺ってくる視線が途絶えないのは声をかけるタイミングを探しているのか、それとも誰だコイツという懐疑の視線か……分からないけど悪いことはしていないのだから、放置しておいて欲しい。
「……――これより入学式を挙行する。新入生、入場」
始業式の進行を行っていた黒衣のローブを着た先生が、そのまま入学式の始まりを告げた。
少しざわついてた空気と、僕に集まっていた視線含む大多数の視線が大講堂の入り口に集まる。僕も見つめた。後輩になる生徒たちと、〝主人公〟を見つけるために。
程度の差はあれど一様に緊張した面持ちで入場してくる新入生を、僕は痛いぐらい見つめた。本当のことを言うと〝主人公〟を見つける自信なんて、僕にはこれっぽっちもない。すべろんは、よりプレイヤーが感情移入できるように、より理想の主人公を想像できるようにと〝主人公〟の情報が極端に削ぎ落とされていた。主要ストーリーに絡んだ過去以外は不明、生年月日はプレイヤーが決められる。デフォルト名は無し、立ち絵も無し、スチルの主人公は顔が描きこまれないギャルゲ方式だった。
ぶっちゃけ詰んでる。無理ゲーにもほどがある。精鋭スタッフ陣の粋な心遣いが予想外の形で裏目にでた結果だった。それでも万が一、億が一でも〝主人公〟を見つけられる可能性があるなら……諦めるのは勿体無い。
正直そんなに切羽詰って、見つけなきゃ! というような感じでもないため、分からなかったら分からなかったで良いのだ。すべろんが鬼畜R18Gゲームとかだったのなら、それこそ身の安全のために指針となる主人公を血眼で捜していただろうけど。
「……お?」
取り留めもないことを考えながら新入生を眺めていた僕は、主人公よりも先にある人物たちを見つけてしまった。この世界でアストルの記憶を除いてしまえば、僕が知っている人物たちはあまりにも少ない。そんな少ない中で思わず反応してしまった人物たち、となればもうお分かり頂けただろう。
そう……攻略対象たちである。
すべろんでは主人公と同学年の攻略対象がシークレット含めて五人いる。生憎と人数が多すぎて他学年の攻略対象は見つけれていないが、新入生は二人ずつの入場だったため容易に見つけることができた。
何せ目立つ。とんでもなく目立つ。凄く目立つ。何か違うぞコイツらってオーラがパネェくらいしてる。外見然り雰囲気然り、何だか凄く目立ってて分かりやすい。流石に原作開始前だからか若干顔立ちが幼いし、身長も違うような感じだけど面影があるからドンピシャだろう。学園で貸し出された灰色の詰襟制服を着た一年生の彼ら、と考えるとファンには涎もののネタじゃなかろうか。
先程通り過ぎたのはアン・ヴィフだろう。騎士科に所属するはずの彼は若干の緊張を表に出しながらも、一緒に入場した生徒を気遣う仕草を見せていた。爽やか担当の彼は確か、八人兄弟の長男だったはずだ。だからこそ自分より他人を気遣ったのだろうと推測することができた。
すべろんのパーフェクトファンブックをゲットしていた僕にとって、この程度のプロフィールを瞬時に思い出すのは造作も無いこと……だけど、自分が何故かstkのような気になってくるから複雑だ。
次に通ったのはフレーズ・ジャルダンだった。魔法科に所属することになるだろう彼は、まるで少女のように自身の髪をポニーテールで結わえ前を向いて堂々と歩いている。周囲からのざわめき――何故ここに女の子が、という驚きからの――を一身に受けながら歩く彼が、僕にはどこか誇らしげに見えた。
少女のように可愛らしい面立ちの彼、フレーズ・ジャルダンはBLゲームすべろんの攻略対象でもあるのだから紛うことなき男だ。男に見えなくても男だ。実際少女のようにしか見えなくても男である。
神様GJと思うか神様ksがと思うかは意見の分かれそうなところだが、すべろんの男の娘要因フレーズ・ジャルダンが生で見ると想像以上に可愛かったことだけは確かだ。
可愛かったなあと余韻に浸りつつ新入生の入場を見つめてから暫くして、また攻略対象が通った。騎士科の生徒たちを熱心に見つめながら歩く彼は間違いなくリベルテ・レーヴだろう。断言できる。熱の篭った眼差しで騎士科の生徒を見つめる彼の顔には、緊張のきの字も浮かんでない。
彼を一言で表せと言われたなら誰もが騎士と真っ先に挙げるほど騎士を愛しちゃってる騎士フリーク。それが彼、リベルテ・レーヴだ。趣味が騎士ウォッチングで現役、元、見習い、騎士科生徒含めて全員の騎士のプロフィールを言えることが特技と言えば、どれだけ騎士フリークかは分かってもらえるだろう。 しかし所属は魔法科である。
そして最後に見つけた攻略対象はフォレ・グルナだった。彼もリベルテと同じく緊張の欠片もなく、それどころか面倒くさそうに欠伸をつきながらノロノロと進んでいる。壇上で式進行を見守っていた黒衣のローブを着た先生を始め、周囲の真面目そうな生徒たちが顔を顰めているのが目に映った。彼も勿論……むしろ当事者だからこそ気づいているだろうに、態度は良くなるどころか悪化している。極度の面倒くさがりは、入学式でも発揮されているらしい。所属は魔法科になるはずだ。彼に規律正しい騎士科を卒業できるとは思えないし、妥当なところだろう。
そして最後の新入生が通り過ぎ、式が始まる。僕は最後まで目を逸らすことなく新入生を見つめ続けたが、見つけることができたのは攻略対象だけ……〝主人公〟を見つけることは結局叶わなかった。
タイトルが誤解を招きそうだったので修正しました