↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の席の転校生に"手"を貸したら、片想い中のあの子の推しになっていた  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/13

第4話 本命がモデルで、相棒が監督

 朝のホームルーム前、湯乃宮は隣の席で、スマホのメモを見ながら言った。


「今日の撮影ですが」

「うん」

「学校の広報用なので、『余白』とは関係ありません。載せませんし、使い回しもしません」

「分かってる」

「ただ、念のため」


 湯乃宮は、メモから目を上げずに付け足した。


「手の癖は、今日も出さないでください」


 背中の向こうで、ページをめくる音がした。

 長谷川が、すぐ後ろにいる。今日の放課後、俺の手は、あの子の目の前で撮られる。

 俺は、机の上の右手をそっと握った。


   *


 撮影場所は、図書室の奥の閲覧スペースだった。佐伯が昼休みのうちに、司書の先生から許可を取ってくれていた。


「学校の広報用なので、顔は入れません。本と、手元だけです」


 スマホを構えた湯乃宮が、淡々と説明する。


「長谷川さんが本を差し出して、日谷沢くんが受け取る。その瞬間を撮ります」


 言葉づかいは、教室にいるときと同じく丁寧だ。

 ただ、目が違う。月曜日の広場で見た、あの目だった。


「では、本番です」


 長谷川が『ふたり分の帰り道』を両手で持って、俺の前に立つ。

 肩が、目に見えて上がっていた。


「……長谷川さん」

「は、はい」

「息はしてください」


 長谷川が、止めていた息をぷはっと吐いた。

 監督は、容赦がなかった。


 一回目。

 長谷川が本を差し出す。俺は受け取る。……受け取ろうとする。

 小指を本の底に回さないように、俺は親指と人差し指で、本の端をつまむように持った。長谷川は長谷川で、俺の指に触れないよう、本の端の端を持っている。

 端と端。本が、宙で頼りなく揺れた。


「長谷川さん、腕が伸びきっています。本を遠ざけないでください」

「と、遠ざけて……る」

「日谷沢くん、受け取る手つきが、爆発物を扱う人です」

「そんなに?」

「そんなにです。もう一回、お願いします」


 二回目。タイミングがずれて、長谷川が手を離すのが早すぎた。本が落ちかけて、二人で慌てて押さえる。

 三回目。今度は、どちらも手を離さなかった。本を挟んで、二人で固まる。


「そんなに丁寧だと」


 見学していた佐伯が、進行表から顔を上げた。


「卒業証書の授与に見える」


 否定できなかった。

 長谷川は本を胸に抱えて、うつむいてしまった。


「一回、お手本を見せますね」


 湯乃宮がスマホを佐伯に預けて、長谷川から本を受け取った。俺の前に立つ。


「どうぞ、日谷沢くん」

「どうも。……これ、返却期限いつ?」

「来週の火曜です。延滞料は、ジュース一本です」

「安いな」


 受け取る。普通に。

 佐伯が、ぱしゃりと一枚撮った。


「一回で撮れた」


 佐伯の声は、ただ事実を述べただけだった。

 でも、その事実は、長谷川に刺さったらしい。


「……私、向いてないのかも」


 小さな声だった。

 長谷川が、一歩、後ろに下がりかける。


 ――違う。

 俺は、気づいた。


 ぎこちなかったのは、俺だ。

 小指を隠すことばかり考えて、変な持ち方をして、タイミングを外した。湯乃宮とは軽口を叩いて一回で撮れたのに、長谷川の前では固まった。昨日の図書室でも、俺はずっとポケットに手を入れていた。

 そのせいで、長谷川は、自分が悪いと思っている。


「長谷川」


 呼び止めていた。


「好きな場面を、教えながら渡してくれない?」

「……え?」

「本を渡すとき、普通、何か言うだろ。これ面白いよ、とか、ここが好き、とか。そのほうが、たぶん自然になる。それに、長谷川は本の話してるときのほうが――」


 言いかけて、止まった。

 本の話をしているときの長谷川は、楽しそうだ。昨日の図書室でも、一昨日の昼休みでも。そう言おうとして、それを言うのは、ずっと見ていたと白状するのと同じだと気づいた。


「……手が、自然に動くと思う」


 苦しい着地だった。


「監督も、同意見です」


 湯乃宮が、真顔で助け舟を出した。


 長谷川は、腕の中の本を見た。

 それから、小さく頷いた。


「……やってみる」


   *


 四回目。

 湯乃宮が、佐伯からスマホを受け取り直す。


 長谷川が本を開いて、ページを俺のほうに向けた。


「ここ。八章の、ここから」


 細い指が、行をなぞる。


「遅いほうが、追いつこうとして走るでしょ。そしたら、速いほうが『急がなくていい』って言って――ここ。この一行。この、何も言わないで、歩く速さを落とすところが」


 声が、少しずつほどけていく。昨日の三十秒の、続きみたいに。

 長谷川の目は、ずっとページの上にあった。俺の手じゃなく、本の文字を追っている。

 俺は、聞いていた。いつの間にか、隠すことを忘れていた。

 開かれた本を受け取るとき、俺の小指は、いつもどおり本の底を支えていた。


 ぱしゃり、と小さな音がした。


「撮れました」


 湯乃宮の声に、長谷川がはっと顔を上げる。それから、本を俺の手に預けたまま、小さく言った。


「……急かさないでくれて、ありがとう」


 嬉しかった。

 長谷川が、俺に、ありがとうと言った。

 たぶん、撮影に付き合ったことへの、親切へのお礼だ。それでも、嬉しかった。

 どこかで、似た言葉を聞いたことがあるような気がした。思い出そうとしたけれど、長谷川がもう本から手を離していて、その感じはすぐに消えた。


 撮れた写真を、みんなで確認した。

 開いた本と、差し出す手と、受け取る手。長谷川の指が、八章の一行を指している。誰が見ても、誰かが誰かに本を薦めている瞬間だった。


「いいね」


 佐伯が、珍しく進行表を見ずに言った。

 長谷川は、画面をじっと見ていた。


「……私の指、ちゃんと、本の話してる」


 小さく呟いて、ほんの少しだけ口元をゆるめた。


 そして俺は、気づいた。

 受け取る俺の手は、親指から先しか写っていない。本の底を支える小指は、ちょうど角度の向こう側に隠れていた。


   *


 片づけのとき、本を棚に戻しながら、俺は湯乃宮に小声で言った。


「さっきの角度、わざとだろ」

「監督なので」


 それだけだった。

 俺は少し迷ってから、続けた。


「……隠してたせいで、長谷川に悪いことした」


 湯乃宮は、棚の本の背をそろえる手を止めた。

 少し考えるような間があって、


「長谷川さんと話すときは、もう、隠さなくていいです」


 と言った。


「同じ癖の人はいます。それだけで、すぐに分かるとは思いません。でも、絶対ではないです」


 湯乃宮は、長谷川がさっきまで立っていた場所を見た。


「それより、また長谷川さんに、自分のせいだと思わせたくありません。写真の角度は、私が気をつけます」


 湯乃宮は、本の背をもう一冊そろえた。


「それに、隠している日谷沢くんの手は、写真として不自然でした」

「監督の意見?」

「監督の意見です」


 ばれなくなったわけじゃない。

 それでも、長谷川の前で本を普通に持っていい。そのほうが、今は嬉しかった。

 俺は、少しだけ肩の力が抜けた。


   ◆ 湯乃宮穂花


 家に帰って、今日の写真を見返した。


 いい写真だと思う。長谷川さんの指先がちゃんと物語を指していて、日谷沢くんの手は、それを待っている。

 撮りながら、少しだけ胸が熱くなった。こういう瞬間を撮りたくて、私はずっとカメラを持ってきたのだと思う。


 日谷沢くんは、私と話すときより、ずっと不器用だった。

 でも、長谷川さんが話しているあいだ、一度も急かさなかった。本当に、最後の一文字まで待っていた。

 片想いは本当なんだな、と改めて思った。

 その優しさを、いいな、と思った。


 それから、少しだけ寂しくなった。

 二人を見守るのは、楽しかった。でも、気づいたら私は、いつものようにカメラの後ろにいた。そこが、最初から自分の場所みたいに。


 前の学校でも、その前の学校でも、行事の写真に私はいなかった。転校生はすぐに馴染めないから、写真が得意なら撮る係をお願い、と言われた。撮る係なら、輪の外にいても不自然じゃなかった。

 だから、慣れている。

 ……慣れている、はずだった。


 これは、恋じゃないと思う。たぶん。


 フォルダを、最初から見返す。

 本と、手と、二人の放課後。佐伯さんが撮ってくれた、お手本の一枚で指を止めた。私の手も、ちゃんと写っている。

 でも、長谷川さんの代わりに立った一枚だ。撮り終えたらすぐ、場所を返した。


 三人で、あんなに楽しかったはずなのに。

 三人でいた時間を、三人で残した写真が欲しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。