3.【東京編】本物の皇妃様、近所のスーパーの半額シールに「奇跡の魔法」と涙を流す
「恵美子さん、ちょっと! ボサッと突っ立ってないで!
ほら、エコバッグ持った!?」
玄関先でお姑さん――トシ子さんの甲高い声が響く。
中身が入れ替わった私、オースティア帝国皇妃エリザベートは、
胸の前で両手を組み、深々と頭を下げた。
どうやらここはニッポンという東の島国らしい。
殆どの人が黒い髪をしていて、最初は超ミニチュアサイズの住宅や、
あり得ないほど細い道に驚いたが、人と人との接点が濃厚で、
みんなお節介というか、親切だ。この姑、「トシ子様」ももちろん。
「は、はい、トシ子様! この『えこばっぐ』なる布袋、
命に代えましてもお守りいたします!」
「大げさねぇ、もう……近所のスーパーに行くだけよ。行くわよ」
トシ子様の後ろを、私は三歩下がってついて歩いた。
周囲を見渡すと、銃を持った近衛兵も、
私の一挙手一投足を監視する冷酷な女官長もいない。
ただ、初秋の柔らかな風が吹き抜けているだけ。
(ああ……なんて素晴らしい世界なのでしょう……。
歩くだけで誰にも叱責されないなんて……!)
やがて到着したのは、色鮮やかな旗がはためく
『スーパー・〇エツ』という名の神殿だった。
自動で開くガラスの扉をくぐると、そこは目も眩むような食の宝庫。
美しく磨かれた床、整然と並ぶ野菜や果物。
そして何より、誰もが自由に歩き、好きなものを選んでいる。
「恵美子さん、夕飯何がいい? あんた、最近疲れてるみたいだから
肉でも焼こうかと思ったんだけど」
「夕飯の……選択権を、私のような若輩者に……!?
トシ子様、そのような過分なご温情……!」
「な、何言ってるのよ、もう……変な子ねぇ。どこかで頭でもぶつけたの?」
トシ子様は呆れたように眉を寄せるが、その耳元が少し赤い。
宮廷の姑ソフィア様なら「黙って与えられたものを喉に詰め込め」と
冷たく言い放つところだ。トシ子様はやはり、間違いなく慈愛の権化だ。
精肉コーナーへ向かうと、ちょうど白いエプロンをつけた店員が、
黄色いシールをトレイに貼り付けていた。トシ子様の目の色が変わる。
「恵美子さん、見て! 国産黒毛和牛が、今『半額』になったわ!」
「はんがく……?」
「そう! 千二百円の肉が、たったの六百円! 神様のお恵みよ!」
トシ子様が素早い手つきでパックをカゴへ入れた。
私は震える手でそのパックを見つめた。
黄金に輝く『5割引』の文字。
本来の価値を半分にし、民草に等しく幸福を分け与える――。
(な、なんと慈悲深い統治システム……! これこそ、真の帝王学……
奇跡の魔法ですわ……ッ!)
「……うっ……ぐすっ……」
「ちょ、ちょっと恵美子さん!? なんで肉見て泣いてるのよ!?」
「トシ子様……っ!
こんな素晴らしい魔法の恩恵を私などに分け与えてくださるなんて……!
私、この家にお嫁に来られて、本当に幸せでございます…!」
大粒の涙をポロポロと流す私に、トシ子様はあわあわと慌てふためいた。
周囲の買い物客が「あらぁ、仲のいいお姑さんとお嫁さんねぇ」と
微笑ましそうに見ている。
「も、もう! 人前で泣かないの! ……
ほら、あっちでプリンも買ってあげるから、涙拭きなさい!」
「ぷりん……! トシ子様、一生ついてまいります……!」
監視兵のいない街。神聖なる半額シール。
そして、口は少々悪いけれど甘いプリンを買ってくれる優しいお義母様。
過酷な宮廷を生き抜いてきた元皇妃にとって、この下町のスーパーこそが、
心安らぐ「約束の地」だった。




