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12/16

お茶会コルセット苦悶事件と、ハサミ切り裂きパンツ革命

 これほどまでに、美しくも不毛な空間がこの世にあるだろうか。

 異世界に転生して数週間。わたし(エリザベート、中身:鈴木恵美子)は、

宮殿のサンルームで開催されている貴婦人たちの「麗しきお茶会」の席にいた。


 テーブルの上には、最高級の茶葉の香りに鮮やかな色とりどりのマカロン。

しかし、それを囲む侯爵夫人や伯爵令嬢たちの顔は、一様に青白い。

「……っ、オホホ……素晴らしい、お天気、ですわ、ね……っ」

「ええ……本当に……く、苦し……いえ、清々しい、です、わ……」

 談笑する彼女たちの声は、一様に震えている。

酸欠で白目を剥きかけている令嬢もちらほら。


 原因は分かっている。

ドレスの下で、文字通り肉体をギリギリと締め上げている「コルセット」だ。

 現代のクレーム対応OLだった私から見れば、

これはただの劣悪なドレスコードによる、

深刻な酸欠ハラスメント以外の何物でもない。

だってきつい。苦しいんだもん。

おなかをぎゅううううっと締めつけている。

しかも、自分一人の力で締め付けるのではなく、

侍女たち数人がかりでやるもんだからたまったもんじゃない。


これは改善しなくてはならない。

でないと、動きにくいだけではない。

せっかく美味しいお菓子を出されても

おちょぼ口でちょこっと上品にいただくしかできん。


「皆様!」

とガタンと立ち上がった。

 一瞬で会話が止まり、青白い顔の貴婦人たちの視線が私に集まる。

 その中にひとり、ひときわ冷ややかな目を向けてくる女性がいた。

皇帝フランツの愛人、エリシア。

先日私が無効化した暗殺者を私の寝室に送り込んだ女だ。

私の失態を待ち望むように、計算高い笑みを唇の端に浮かべている。

「まあ、皇妃様。突然いかがなさいましたの? お茶がお気に召さなくて?

田舎の方のお口には合わないのかしらね」

 マウントをとりたいのは見え見えだが、

こっちは元クレーム対応のプロだ。こんなの「クレーマーの初期微動」に過ぎない。

「いいえ。お茶ではなく、この非人道的な環境に異議を申し立てているのですわ。

皆様、もう限界でしょう?」

「は? 何のことですの?」

 私は愛人を無視してすっと右手を挙げた。

背後に控えていた専属裏エージェントのレイが、

気配もなく私の手元に「あるもの」を握らせる。

その「もの」ではなく、レイを見たエリシアが明らかに青ざめた。

「お、お前……どうして……」

「どうかなさって? ああ、私の新入りスタッフですか?

最近転職してきたレイといいますのよ。なかなか気がつく有能な者ですわ。

ひょんなところで出会いましてね、ホホホ」

エリシアはすべてを理解したようだ。ざまーみやがれ。

あんたの思惑通りに大人しく殺されたりしねえんだよ。

……と、少々お上品ではない独り言を心の中で言う。


 ギラリと光る、裁縫用の巨大なハサミ。

「皇妃様……!? なにを……っ」

 先ずはあんたからにしよう。

アサシンを送り込んでくるくらい私に注目してくれてるんだものね。

 エリシアが目を見張る中、彼女に歩み寄った。

「ひっ……!」

 短い悲鳴。のけぞった。あらあら、お気をつけあそばせ。

 私は彼女の背後に回り込むと、

迷うことなくハサミの刃をドレスの背に滑り込ませた。

 ジョキ。ジョキジョキ。ジョキ。

硬いシルクが断ち切られる鋭い音がサンルームに響き渡る。


「な、何をなさるの……!? 私の特注のドレスが!」

「黙って動かないで。プロの手際を見せているのですから」

大昔に学校の家庭科の授業でやった程度のお裁縫だけどね。

 しかし元クレーム対応OLの修羅場で培った手際の良さで、

侍女たちがよってたかって限界まで締め上げていたコルセットの紐を、

容赦なく根元から一気に切り裂いた。

 バチィィン! と弾けるような音とともに、拘束具が弾け飛ぶ。

「ふ、はぁぁぁぁぁっ……!」

 エリシアが、まるで溺れていた人間が水面に顔を出したかのように、

猛烈な勢いで空気を吸い込んだ。

「……お腹いっぱい息を吸えるわ」

「それが人間としての最低限のウェルネスですのよ(バーカ)」

 私はハサミをシャキシャキと鳴らしながら、

海から助けられた直後の人間のように息を荒くしている愛人を見下ろして、

再びレイをちらっと見た。

 すかさず影のようにスピーディーに糸を通した針を渡される。

「まだ動いてはなりませんよ」


仮縫いだけど、まあデモンストレーションとしては十分だろう。

 私はエリシアのドレスの、大きく膨らんだ落下傘のようなスカートの裾を掴み、

真ん中から一気に上へと切っていく。

「な、何をするのです!?」

 悲鳴を上げる愛人を完全にスルーし、

私は二股に分かれた布地をそれぞれ左右の脚に巻きつけるようにして、

内腿のラインで合わせる。

 すかさずレイから渡された太めの針と糸を使い、

前世の家庭科で習った「波縫い」と「本返し縫い」のハイブリッドで、

ザクザクと豪快に縫い合わせていく。

クレーム対応で鍛えた集中力は伊達じゃないんだよ。

 ものの数十秒で、窮屈なドレスは生まれ変わった。

脚を自由に開ける即席のアラビアンパンツ風エクササイズ着の誕生である。

「これでよし。ちょっと脚を開いて動かしてみてご覧なさい」

「え……? あ、あら……?」

 エリシアが恐る恐る足を踏み出す。布に邪魔されず、すっと膝が上がった。

「な、何これ……軽い……! 動きやすい……!」

 驚愕する愛人の姿と、劇的に楽になった彼女の表情を見て、

サロンの空気が完全に変わった。


 そして、まだ青い顔で硬直している周囲の貴婦人たちへと振り返る。

「さあ、皆様。次はどなた? 自由になれますわよ」


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