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第六話「動揺するウィーン、陰謀に暮れるパリ」

 1908年10月15日 オーストリア=ハンガリー帝国 帝都ウィーン 中央参謀本部

 

「説明してもらおうか、アイゼンシュタット。」

 

 ヴァルデンブルクは振り返らずに言った。その場のどの将校も、この空気の前では口を開くことすらできず、ただアイゼンシュタットに視線を向ける。

 

 アイゼンシュタットは短く息を吐くと、椅子から立ち上がった。

 

 「結論から申し上げますと、『ポーランド平原攻勢作戦』は失敗しました。」

 

 重たい沈黙が会議室を支配する。数十秒して、やがてヴァルデンブルクは白煙とともに溜息を深く吐き出し、永遠のように感じる沈黙を破った。

 

 「……どういうことか、始めから順序立てて説明しろ。」

 

 静かに唸るような声だった。ヴァルデンブルクは普段と変わらないように喋ったつもりだが、その背中姿と発声に交じる圧からか、その場の将校全員が怯えている。


 ただ一人、アイゼンシュタットは臆することなく立ち続け、説明を続ける。

 

「ポーランド平原を北上することで、プロイセンとロシアの陸上連絡を遮断する目的で立案・実行された本作戦は、攻勢初期段階では順調でした。しかし第二段階の実行中におけるプロイセンの参戦と大規模反転攻勢の対処のため、攻勢中の第四軍の第一、第二軍団を呼び戻したため、進軍速度が低下。結果的にロシア帝国によるワルシャワの防衛線構築が間に合い、本作戦は失敗しました。」

 

 再び重い沈黙が作戦室を支配する。誰一人、指一本すら動かさない。ヴァルデンブルクでさえ背を向けたまま動かない。唯一秒針の針だけがチクタクと音を立てる。

 

「……どのように挽回するつもりだ、アイゼンシュタット」

 

 ヴァルデンブルクの声は鈍重な作戦室によく響いた。

 

「予定と変わらず、ロシア帝国へ攻勢に出ます。」

 

 アイゼンシュタットは臆せず応える。

 

「可能なのか。」

 

 ヴァルデンブルクは短く、かつ静かに問う。

 

 「やれるか、やれないかの問題ではありません。やるのです。東部反攻を。」

 

 それに対しアイゼンシュタットは覚悟の決まった声で応えた。

 

「君が陸軍大臣の職に就く前から、君の活躍はよく聞いていた。期待している。心苦しいが、もしこれが失敗すれば――」

 

 そこまで言ってようやくヴァルデンブルクは少し振り向き、鋭い眼光をアイゼンシュタットに突き刺す。アイゼンシュタットも、その眼差しに対して睨み返し、力強く言い放った。

 

「覚悟はできています。必ずや帝国に勝利を(もたら)して見せましょう。」

 

 *


 同時刻 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部

 

「実に癪に障る奴らだ……ガルニエめ……わざわざ僻地に追いやったというのに……」

 

 壮年の老人は机を掌で叩く。密室に音が反響する。

 

「しかしロラン総参謀長、ガルニエが提言してきた二個軍の派遣は結果としてオーストリア=ハンガリーの危機を救っており――」

 

「そんなことはわかっておる!だからこそ癪に障るのだ!」

 

 側近――ジュリアン・フィリップが言い終える前にロランは怒声を張り上げた。

 

「ガルニエ……36年前に排除したというのに……”ガルニエ派”は衰えたと思っておったのに……!」

 

 ロランは悔しさのあまり歯ぎしりする。

 

「総参謀長……恐れ多くも申し上げれば、どこまでいこうともガルニエ派との政治闘争は終わらないと考えられます――」


 *

 

 遡ること36年前 普仏戦争終戦から一年後の1872年 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部 定例作戦評議会

 

 「――ですから、今こそパリ、ミュンヘン、ウィーンを繋ぐ鉄道、”|インペリアル・トレイン《帝国鉄道》”の開発に着手すべきです!」

 

 書類を机に叩きつけ、男――ガルニエは熱弁する。

 

「しかしガルニエ外交部長官、それではプロイセンを余計に刺激してしまうではないか!我々は昨年の普仏戦争に勝利したとはいえ、決して被害は少なくない!今再び第二次普仏戦争が起きても再び勝てる確証はどこにもないのだぞ!」

 

 それに対しロラン総参謀長はプロイセンの顔色を伺っている。

 

 この頃の総参謀本部は三派閥に別れていた。

 

 保守穏健的な”ロラン派”――長らく総参謀本部の職に就いているオーギュスト・ド・ロランを筆頭に、それに追従する将校から構成される最大派閥で、前述の通り保守穏健的なため、常に他国との関係性を重視している。

 

 それに対立する勢力が”ガルニエ派”である。外交課長官、ルネ・ガルニエが事実上のリーダーであり、ロラン派とは対照的に他国との関係よりも国家の利益を重視している。

 

 最後の派閥としては、ロラン派にもガルニエ派にも属さない”中立派”である。この派閥に長のような存在はなく、各々がときにロラン派を支持し、ときにはガルニエ派を支持する。彼らから如何に支持を得るかが、当時の総参謀本部の政争であった。

 

「ロラン総参謀本部長!お言葉ですが、先の戦争から一年しか経っておりません!プロイセンが我々に復讐戦争を挑むにしても、終戦間もない時間で再び戦争したところで、プロイセンが負けるのは火を見るより明らかです!よっていまプロイセンの顔色を伺って怯えるのは無駄であり杞憂でしかありません!」

 

 ガルニエは立ち上がり、上の立場の人間に対し恐れることなく指を指して指摘する。

 

「なんだと!言わせてもらうが、君こそ世界情勢をよく見るべきだ!特に――」


 ――論争すること1時間


「もうよいではないか。ロラン、それにガルニエ、君たちの意見と熱意は余に十分伝わった。ここは多数決を取って決めようではないか。」

 

 そう言って熱中する二人を諌めたのは、名実ともにフランス帝国の最高権力者にして皇帝、ナポレオン三世であった。


 かれこれ一時間の言い合いを眺めてうんざりしていた周囲の将校たちも、彼が勧めるまま、議題は多数決となり――

 

「っ……!?そんな……このようなことが……」

 

 結果として、ガルニエの案、鉄道建設案が採択された。


 *


「36年前の忌々しき大敗を思い出させるようで儂は鼻持ちならん……!」

 

 屈辱的な記憶を回想したロランは依然として激昂している。

 

「幸いにも謀略が功を奏して、ガルニエを南部作戦本部に左遷し、奴の鉄道建設案を白紙にまで戻したというのに……ガルニエ派のリーダーを左遷したというのに……」

 

「あの一件でリーダーを失ったガルニエ派は規模を縮小しましたが、彼の側近が新しく台頭したために、完全消滅とまでには……それにかなり強引に鉄道計画を白紙にしてしまったために、我々も支持者をかなり減らす結果となってしまいました。」

 

 ロランは自分のシワだらけの拳を強く握りしめた。

 

「同じ轍は踏まんぞ……奴の影響力を総参謀本部(ここ)まで広めるわけにはいかないのだ……!」

 

「そのことについてなのですが、ロラン参謀総長殿、ご報告したいことがありまして……」

 

 フィリップは改まった声でロランに話しかける。

 

「……よかろう、何なりと申してみよ。」

 

「先述したガルニエ派の現リーダー、”ジャン・リュック・ド・ボーモン”についてなのですが……」

 

 フィリップはロランに耳打ちをする。

 

「……!それは本当なのか!」

 

 ロランは驚きのあまり側近の方を向いた。

 

「諜報課のロラン派課員数名に極秘で調べさせました。まず間違いないかと。」

 

「もしそれが本当なら、ガルニエ派を更に衰退させられる……その協力者に調査を続けさせるのだ!次の定例作戦評議会までには間に合わせよ!」

 

「仰せのままに、総参謀本部長閣下。」

 

 フィリップは深くお辞儀をした。

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