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第四話「ワルシャワへ向かえ。」

 オーストリア=ハンガリーによる宣戦布告から二週間後 1908年9月19日 フランス帝国 リヨン 帝国陸軍南部作戦本部

 

「ついに始まったか。」

 

 淡白に呟いたガルニエは、手に持っていた新聞を卓上へと放り投げた。

 

「ちょうど二週間前、オーストリア=ハンガリー帝国がセルビアに宣戦布告を行いました。」

 

 戦況報告をするモローに、ガルニエは俯き、目を閉じて集中する。

 

「すぐさま同国の砲兵隊がベオグラードに向けて攻撃しており、同都市では市街地戦に突入しているものの、意外にもセルビアは防衛に成功しています。」

 

 ガルニエは驚きの表情を浮かべた。

 

「あのセルビアがか?意外だな。一週間で降伏するかと思っていたぞ。」

 

 ガルニエの背後からラヴァリエールが近寄る。

 

「うむ……ガルニエ、ロシア帝国は開戦数日後にオーストリア=ハンガリー帝国へ宣戦布告をした。間もなくプロイセンも参戦するだろう。もうこれは――」

 

「およそ一世紀ぶりの、欧州全土を巻き込んだ大戦争が始まる。」

 

 ガルニエは座ったまま足を組み、目の前の地図を見つめ、考え事をする。

 

「誤算だった……まさかセルビアがロシア帝国の圧力を突っぱねるとは……」

 

 狼狽えるガルニエ、モローは手に持っている資料を捲って続ける。

 

「このセルビアとオーストリア=ハンガリー帝国の戦線についてですが、諜報課の調査ではブルガリアが帝国同盟側で参戦する可能性が高いとされています。」

 

 咄嗟にラヴァリエールは驚き、モローに尋ねる。

 

「まさか……第三次バルカン戦争を起こすのか!?」

 

「いえ……これも諜報課の情報なのですが、第二次バルカン戦争に参戦したルーマニアやギリシャは同戦争からまだ立ち直っておらず、ブルガリアに攻撃を仕掛ける可能性は低いだろうとのことです。」

 

 回答を聞いたラヴァリエールは安堵すると、自分の特徴である白髭を弄り思案する。

 

ブルガリア(バルカンのプロイセン)が参戦すればセルビア戦線は決着しそうじゃな。それで……話は変わるが……」

 

 ガルニエの方に視線を送る。本人もそれに気がついているのか、何を言われるでもなく話しだした。

 

「わかってる。パリの連中に話してみたが、やはり無駄だった……資料まで送りつけたにも関わらず『現在イタリアとの関係は良好なため、軍の配置転換による関係悪化を考慮して、要求は認められない。』とのことだ……本当に無能の集いだな……」

 

 普段冷静なガルニエが珍しく苛立ちを見せる。ガルニエの座る椅子が貧乏ゆすりによってカタカタと揺れている。

 

「援軍は開戦まで期待できませんね……」

 

「あぁ、全くだな……報告は以上で全部か?モロー君。」

 

 ガルニエはその鋭い眼差しを再びモローへと向けた。

 

「諜報課からの報告はこれが最後です。」

 

 咄嗟にモローは小脇に抱えた封筒を取り出す。ラヴァリエールとガルニエは資料に見入る。

 

「これは……」

 

「……」

 

 次の瞬間、ラヴァリエールは声を漏らし、ガルニエは溜息をついて何も言わなかった。

 

「こちらの資料は諜報課と戦争省作戦部が共同で作成した『オーストリア=ハンガリー帝国によるポーランド平原攻勢の作戦初期の戦果と評価』です。オーストリア=ハンガリー帝国による同作戦の初期攻勢ですが――」


 *

 

 一週間前 1908年9月12日 ロシア帝国領オーストリア=ハンガリー帝国占領地 ポーランド平原 ワルカ

 

「師団長!街の占領を完了しました!」

 

 兵士は叫ぶと、馬から降りて敬礼する。

 

「よくやった。上のヤツらが考えた作戦はなかなか有効なようだな。ここまであまり敵の攻撃を受けなかった。」

 

「ですが師団長、少しずつ敵部隊が防衛線を再構築し始めています。また、ロシア軍の増援が迫っているとの報告もありました。進軍を再開しないと第一占領目標のワルシャワはおろか、ここの維持すらままならないやもしれません。」

 

 師団長は地図の太い青線に目を向ける。その青線は地図の中央を区切るほど長い。

 

「ヴィスワ川……敵が防衛陣地を再構築するならばこの川を利用するはずだ……」

 

 腕を組み、目を閉じて思案する。やがて師団長はひとつの結論を導き出した。

 

「このまま前進する。進軍目標は北へ50km先ワルシャワ。騎兵師団の足の速さを活かして、ロシア帝国軍がまともな防衛線を構築する前に市街地戦を開始。可能ならばそのまま占領するが、もし不可能な場合は後続の主力軍に戦線を代わってもらう。」

 

 師団長は地図を進軍経路に沿って人差し指でなぞる。

 

「全員に伝えろ。明日の朝には進軍を再開する。」


 *


 朗読を終えたモローは視線をガルニエに向けなおす。


「――とのことです。」

 

「なるほど、オーストリア=ハンガリー帝国による初期攻勢は成功したのか。」

 

 ラヴァリエールはほっと安堵の息を漏らし、肩の力を抜いた。一方のガルニエは、喜びも悲しみもせずにモローへ質問する。

 

「それでモロー君。諜報課と作戦部は同作戦について、今後の展開をどのように予想しているのかね?」

 

 その問いに対し、モローは手に持っている一枚の資料に目を落とし、読み上げた。

 

「諜報課と作戦部によると今後の同作戦の展開として、『オーストリア=ハンガリー帝国がプロイセン王国の参戦前にワルシャワを占領・安定して維持できた場合、かなり高い確率で作戦は成功し、バルト海まで到達できるだろう』との見解を示しています。」

 

 ガルニエは卓上を見つめる。彼の面前には中欧の地図が拡げられていた。

 

「ほほう……それで、君の見解はどうだ?」

 

 視線を地図に向けたまま。ガルニエはモローに問う。声に気圧され、モローはわずかに息を呑んだが、すぐに自分の考えを口にした。

 

「私としては、この作戦は失敗に終わると考えられます。」

 

 ガルニエは目を瞑る。沈黙を破るようにモローは続けた。

 

「確かに諜報課と作戦部の言う『プロイセン王国参戦前にワルシャワを制圧・維持できれば、確実に成功する。』という点は否定しません。しかし、先程ラヴァリエール大佐が申し上げた通り、プロイセン王国はもう間もなくオーストリア=ハンガリー帝国に宣戦布告するでしょう。その場合、”プロイセン王国参戦前に”という前提そのものが崩れ、オーストリア=ハンガリー帝国の進軍速度は急激に低下。ロシア帝国軍による防衛陣地が構築され、同作戦は失敗に終わると私は考えます。」

 

「私も同意見だ。モロー君。」

 

 ガルニエは卓の端に置かれた駒を数個手に取ると、そっと地図の上に置いた。

 

「砲兵部隊を用いて攻勢発起点を作り、足の早い騎兵師団で突破・浸透・制圧・前進を繰り返し、同部隊はものの七日でワルシャワから50km南の地点まで迫っている。しかしロシア軍も馬鹿じゃない。さらなる増援を送り込んで防衛線の再構築を行うはずだ。」

 

 語る傍ら、ガルニエは地図上の「ワルシャワ」の文字の上から赤いペンで丸を描き、ヴィスワ川沿いに駒を配置する一方で、「ワルカ」と書かれた文字の上に別の種類の駒を置いた。

 

「ロシア帝国軍もワルシャワを無防備にするほど愚かではない。常駐してる軍隊が急ピッチで防衛線をヴィスワ川沿いに構築し、迎撃するだろう。」

 

 地図の青い線に沿ってガルニエは青いペンで上からマークした。

 

 「ヴィスワ川は大河であり、防衛側が有利だ。援軍が到着すれば突破は不可能だろう。勿論ここまでの話はプロイセンが参戦してきていないというのが大前提だ。つまりこれは、オーストリア=ハンガリー帝国軍の兵士とロシア軍の兵士。どっちが馬の扱いに長けるかのレース、ということになるな。」

 

 モローとラヴァリエールは卓上の駒たちを見回す。モローはガルニエの説明を聞いて感じた違和感の正体が掴めずにいた。そしてその違和感の正体は、彼のすぐ近くにいたラヴァリエールの何気ない疑問で解消されることになる。

 

「現状は理解したのだが、何故プロイセンは未だに参戦していないのだ?」

 

 彼の素っ頓狂な質問に、ガルニエは振り返る。

 

「どういうことだラヴァリエール?」

 

「開戦から二週間経っているが、現状プロイセンはまだ参戦していない。ロシア帝国がポーランド平原でかなりの領土を失陥しているというのに、同盟国のプロイセンは慌てて参戦するどころか、いまだ開戦すらしていないのだ。いつになったら参戦してくるのだ?」

 

「そうか!参戦してこないのは準備不足ではなく……!」

 

 瞬間、モローは咄嗟にガルニエの方を向いた。ガルニエも何かを察したようにモローの方を向いて目を見開く。

 

「中将!今すぐパリの総参謀本部に連絡して、攻勢に参加させている第四軍を攻勢発起点となった戦域に後退させるように進言いただきたいです!」

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