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第十四話「燻り上がる狼煙」

 1909年4月10日 フランス帝国 帝都パリ 第一区 モントルグイユ通り


 「お待たせしました。こちらご注文のフォアグラとブイヤベース、ブフ・ブルギニョン、ラタトゥイユ、コック・オー・ヴァンになります。」


 ウェイトレスは、数多の料理をワゴンから持ち上げ、机に並べた。この後も公務があるためか、飲み物として定番の赤ワインは残念ながら今はお冷となっている。


「素晴らしい。何度訪れてもここのブルギニョンは格別だな、香りも良く、味も素晴らしく、見た目も申し分ない。完璧だ。」


 ガルニエは、注文したブルギニョンを頬張ると満足そうに言葉を漏らした。どうやら彼お墨付きの店らしい。

 

「以前も来たことがあるのですか?」


「あるも何も、リヨンに左遷される前は頻繁に訪れていたさ。」


「僕も度々ガルニエと一緒に来ることあったしね。彼いつもブルギニョン食べてるんですよ〜」


 茶化すようにボーモンが補足し、ガルニエは照れくさそうに笑っている。大戦下とは思えない和気あいあいとした食事の雰囲気で切り出すのは若干気が引いたが、意を決してモローは尋ねた。


「――ところで、マルタン大将とは何を話し合ったのですか?」


「あぁそうだな。説明がまだだったな。」


 ガルニエは口に含んだブルギニョンを水で流し込むと、ナプキンで口の端を軽く拭いて話しだした。


「長年ボーモン君が諜報課に働きかけて、ロランによる大汚職の証拠を追っていた。それがここ最近になって進展があったのだ。」


 「ちょっと待ってください。そもそもボーモン少将殿はたしか外交課課長ですよね?どうして諜報課なんかに働きかけを……」


 ガルニエはモローの質問の意図に気付いたのか、すかさず説明を挟む。


「あぁ、そのことか。帝国軍部は今や保守穏健派と合理改革派、そしてどちらにも属さない中立派が主勢力であることは知っておるな?そのうちの合理改革派、まぁ歴が長い奴は”ガルニエ派”と呼んだりするのだが、彼はそこのリーダーなんだ。」


 ガルニエが言い終えると、モローは驚き、勢いよくボーモンの方へ頭を振り向けた。


「まさかあなたがあの合理改革派の……!それより、"ガルニエ派"ってことは……」


 そして今度はその頭を再びモローの方へ戻す。


「君の想像通り、名前の由来はこの私、ルネ・ガルニエから来ている。私が初代リーダーだ。」


 あまりの事実にモローは口を開いたまま、言葉を失ってしまった。


「この人は昔、君と同じようにロランに反抗してリヨン(南部作戦本部)に左遷されちゃったんだ。それまでは彼が外交課の長だったんだよ。」


 未だ愕然とするモローに対し、ボーモンが横から加える。本題から逸れる二人を睨みつつも、ガルニエは話を続けた。


「話を戻すぞ。ロランの汚職調査に進展があったは良いものの、派手に動きすぎた。ロラン本人にも、我々が嗅ぎ回っていることは恐らくもう気がついているだろう。いざというときに我々外交課だけでは太刀打ちできない。」


 先の流れを察したのか、モローが割って入る。


「そこで、同様にロランから冷遇されている人物を仲間に引き入れよう、と言うわけですね。そして先の会議の様子から、マルタン海軍大将に狙いを定めたと……」


「ご明察だ。モロー君。」


 モローの考察にガルニエは同意する。


「明日の予算会議に皇帝陛下はご臨席されないらしい。ロランの化けの皮が剥がれた姿を見られるかもな。」


 そういってガルニエはブルギニョンを口に運ぶ。満足そうに微笑むのを横目に、ボーモンは再び補足説明を加える。


「問題なのはロランの地位。彼は総参謀本部というかなりの重役なせいで、大戦下で失脚させれば、多かれ少なかれ現場の兵士や将校たちに影響が出てしまうのは間違いない。だから僕達は”戦争に勝ちながら、ロランとの政争にも勝つ”必要があるんだ。そういう意味でも、司令官クラスの協力者は必須だったってわけ。」


 ガルニエやボーモンによる説明を聞き終えたモローだったが、ひとつ引っかかる点があった。


「そもそもなんですけど、なぜロランを失脚させる必要があるのですか?彼は普仏戦争を勝利に導いた、世間的に言えば国民的英雄ですよ?」


 モローの問いに対し、食い気味にガルニエは答えた。

 

「問題はそこだ。たしかに彼は普仏戦争を勝利に導いた英傑であるが、しかし軍部の腐敗を容認した真の売国奴だ。奴による軍部独裁を破壊せねば、軍隊は腐敗しまともに機能しなくなる。実際、大昔の私の友人たちは、打倒ロランを画策してまもなく左遷か免職、酷い時には不審死している者もいた。マルタン海軍大将も仰っていたが、軍隊はあくまで政治的交渉手段の一種であり、戦争自体を目的とする国家になってはいけない。そんな国家に待つのは強大化した権力を巡る熾烈な内戦だけだ。」


 モローはふとガルニエの手元に視線を落とす。熱弁する彼の拳は固く握られていた。ロランによって爪弾きにされたモローにも、思うところはいくつもあった。ガルニエは止まることなく続けた。


「奴の絶大な政治権力の根源は、奴の派閥の人間の大半で構成される"戦争省作戦部"と"人事課"にある。どんなに優秀な司令官が立案した作戦だろうと、それを実行するのは現場の兵士たちだ。奴の言葉ひとつで従わない将校の戦線は配備人員を絞られ、ロクな戦果を挙げられず、その戦果をもとに僻地へ左遷、実質的に排除される。」


 ガルニエが今言った戦争省作戦部と人事課も五課二省の一種である。


 人事課はその名の通り、兵士や将校の降格・昇格・勤務場所を管轄する組織で、五課のうちの一課に相当する。


 対する戦争省は、省内でも複数の部に別れており、徴兵と食料・兵器の生産を行う”戦争遂行部”、戦力配分を決定する”戦力部”、作戦立案補助を行う”作戦部”、国内のプロパガンダ工作を行う”宣伝部”に分かれている。


「奴は今もなその触手を広め続け、戦争省戦力部、人事課の他に、財政省と戦争省作戦遂行部をも勢力下に置いている。今奴が狙っている組織は確か――」


「諜報課と戦争省作戦部だよ。」


 忘れていた部分を、ラタトゥイユを頬張っていたボーモンが補完する。


「あぁ、ありがとうボーモン君。明日の予算会議でも勢力の拡大を狙う。この”反ロラン同盟”の名のもとに、奴の大汚職を白日のもとにさらさねばならない。」


 ガルニエはブルギニョンの中の肉を、フォークで力強く突き刺した。机は揺れ動き、フォークの刃は肉に食い込み、皿のぶつかる音があたりに響く。


 ブルギニョンは冷めぬまま、未だ香りを漂わせていた。


 *


 1日後 1909年4月11日 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部 作戦会議室 帝国予算会議


「これより帝国予算会議を発議致します。」


 ロランの声とともに、将校たちは一斉に腰を下ろす。あれから一日、ガルニエと業務上のすり合わせをしただけで、おおきな出来事もなく、帝国予算会議の時刻となった。


 会議の出席者は、ガルニエが聞いた通り。昨日の緊急招集会議からナポレオン四世を除いたメンバーであった。


「えー、それではまず始めに、前年度の予算執行についてお話させていただきます。前年度軍事費18億1200万フランのうち、帝国陸軍の総額が――」


 財政省代表の男が立ち上がり、膨大な量の書類を捲って読み上げる。出席していた将校たちは、あらかじめ配られていた資料を目で追いつつも、ただの数字の列挙に、一部の人は退屈していそうだ。


 男は一通り読み終えると、一呼吸置いたのちに話題を切り替えた。

 

「以上が昨年度の予算執行になります。続きまして、今年の予算決議に入ります。」


 一同の目に光が戻ってくる。というのも、この予算会議でいかに自分の組織の使える金を増やせるかが、兵士の使う武器や食事の品質にダイレクトに影響するからだ。


「配布資料28ページに、帝国政府の提案する軍事費予算が記されています。1909年度国家予算は総額61億フラン。そのうち軍事費は19億フランです。」


 瞬間、会場がどよめいた。19億フラン。国家予算の三割強を占めているものの、大戦が始まったというのにも関わらず、昨年度と比べほとんど増えていないのだ。


「こんなのでどう戦えと言うのだ!」


 どこからともなく野次が飛ぶ。モロー自身、戦争が始まったのにこの采配には苦言を呈しかねていた。


「皆さん落ち着いてください。帝国政府の財政も逼迫しています。皆様ご不満があるのは、同じ軍人としても気持ちはよく分かります。私の方からもう一度、帝国政府と財政交渉に行ってきますから、何卒、何卒ここは一旦腰をおろしてくだされ。」


 非難轟々に晒される財政省代表を庇ったのは、他でもないロランだった。彼が数度頭を下げる。”上の人”に対して非難できる人なんておらず、すぐさま会場は静寂を取り戻した。


「私としてもこのような結果になってしまって非常に残念です。明日、帝国政府首相と”話し合い”をしますので、財政省代表、今日は解散ということで……」


 半ば強引に会議を閉めたロランは、会議の終了の宣言をすると誰よりも早く退室した。歳のわりには動けるようで、モローとガルニエは面白そうに口元を緩ませた。


 *


「一週間で政府の決めた予算を覆せるんですかね……?」


 会議終わり、廊下に出て出口に向かうモローたちは、ロランが会議の終了間際に言った「1週間後に再び集まってくれ。それまでには改善する。」という文言に強い不信感を抱いていた。ガルニエは答える。


「普通の国家ならば無理だな。たとえ軍部の影響力が大きい国でもだ。だが、それをひっくり返せるだけの、奴なりの考えがあるのだろうな。ところで……」


 歩きながら、ガルニエは話題を切り替えた。


「スイスに伝手(ツテ)はあるか?」


 ガルニエの突然の切り出し方に若干驚いたが、モローは肯定する。


「え?あぁ、一緒の士官学校を卒業した友人が、スイスの資源庁にいますけど……それがどうかしたんですか?」


 モローの答えを聞いたガルニエは、周辺を見回したのち、モローの耳元で小さく言った。


「昨日伝え忘れたのだが、奴の汚職の証拠が、どうやらスイスにあることをボーモンが突き止めた。」


「スイスにですか?」


 意外な名前があがってきたとことに、ついモローは声量が大きくなる。しかし永世中立国なら、国家が消滅して資産没収などといった事態にもなりにくい。そう考えると妥当なラインだ。

 

「あぁ。軍需企業とスイス資源庁の間で、不自然な鉱物・金融取引が行われていた形跡がある。本来なら市場価格で取引されるはずの石炭や鉄鉱石が、特定企業にだけ優先的に流されていた。」


「その企業がロランと繋がっている、と?」


 軍部のトップが、あろうことか他国の金融に介入している。その事実にモローは思わず息を飲んだ。ガルニエは、歩みのペースを落とさずに答える。


「まだ断定はできん。だが、その企業の資金の一部がスイス国内の複数口座を経由していることまでは掴んでいる。諜報課は、その先にロラン本人か、あるいは側近の名義口座があると見ている。」


 ガルニエはモローの目をまっすぐ見つめると、声を落として伝えた。


「君にはこれからスイスのジュネーブに向かってもらう。現地で取引記録と口座情報の裏付けを取ってほしい。私もラヴァリエールもリヨンを離れるのは難しい。君にしか任せられない任務だ。」


 建物の外に出と、路肩に停まっている1台の車に歩み寄ったモローは、運転席の人物に驚いた。


「……!ボーモン少将!」


「乗りな。」


 そう言って親指で後ろの席を指差す。モローは言われるがまま後方座席に乗り込むと、ガルニエはボーモンの肩を掴んで言った。


「ボーモン君、彼を頼んだぞ。」


「任せてください。無事に送り届けますよ」


 すぐさま車が走り出す。怒涛の展開に戸惑いつつも、モローは質問する。


「ええっと、これはどこへ向かうのですか……?」


 モローの問いかけに、ボーモンは短く返す。


「パリ・リヨン駅だ。国際線に乗って、そのままジュネーブに向かうんだ。頼んだぞ。」


 そう言ってボーモンはハンドルを強く握りしめる。モローは彼の淡白な回答から、底知れない期待の念を感じた。

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