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第十三話「根を張る者たち」

 1909年4月10日 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部


 「やりましたね!ガルニエ中将!」


 会議室を出て、再び長い廊下をコツコツと歩く傍ら、モローはガルニエに話しかけた。


「あぁ。非常に良い成果を得られた。まさか皇帝陛下の方から兵員増強のご進言を頂けるとは思わなかったがな。大見得を切った甲斐があった。」


 ガルニエはモローの話し声に対し上機嫌で答えた。帝国の状況は不安定ではあるが、少なからずさらに悪い方向には転ばなそうで、二人は安堵した。


 二人は歩き続け、再び、玄関入ってすぐの大広間に戻ってきた。ガルニエは出口には向かわず、軍服の胸ポケットから軍隊手帳を取り出すと、そのまま受付の職員に話しかけた。


「南部作戦本部長のルネ・ガルニエだ。ここで一泊したいのだが、一部屋ほど空いてるか?」


 話しかけられた職員は、戸棚から一枚の資料を抜き出し、目を落とす。資料の確認を終えた職員は、ガルニエに答えた。


「えぇ、空いてますよ。どうぞ。」


 職員は鍵をガルニエへ手渡す。モローが横目で見ると、鍵は小さな木の板と鎖で繋がれており、木の板には”宿泊用客室101号室”と記載されていた。


 ガルニエも鍵に目を向けて、木に刻印された文字を視認すると、足早に宿泊棟へ歩き出した。


 *


「ここで一泊するぞ。」


 ガルニエは鍵穴に鍵を差し込み、そのまま手首を捻った。カチャっという音と共にドアノブを傾けると、そのままドアが開く。


 流石政府関係の建物というだけあり、内装はきれいに整えられている。普通のホテルと大して変わらない、二台のベッドに加え、机と椅子、電話機といった小物が申し訳程度に置かれている。客室といえど、本来宿泊施設ではないからか、本当に必要最低限のものしか用意されてない。

 

「明日の予算会議までどうしましょうか?」


 部屋に入り、ベッドに腰掛けたモローは、備え付けのティーセットでコーヒーを作ろうとしているガルニエの背中姿に向けて質問した。


 「訪問者がそろそろつくはずだ。まずは彼らと話をする。」


 「その訪問者っていうのは一体誰なので――」


 瞬間、扉からコンコンと叩く音が部屋中に響いた。モローは口を閉じ、ガルニエは「来たか。」とだけ呟くと、ドアの方へ歩き出した。


 ガルニエは覗き穴から来訪者を一瞥すると、ドアを開ける。外から伸びてくる手に対し、ガルニエは強く握手した。


 「概ね時間通りだな。」


 ガルニエがそう言うと、一人の男性が部屋に入って来る。一切発言はしていなかったが、先ほどの会議にも出席していた。確か名前は……フランス帝国外交課長”ジャン・リュック・ド・ボーモン”少将だったか。


 彼の後ろから、もう一人――地中海艦隊司令官アントワン・マルタン海軍大将が追従するように部屋に入ってきた。


「悪いなガルニエ。どこの部屋か確認するのに手間取っちまった。」


 意外な重役の訪問に困惑するモローをよそに、ガルニエとボーモンは親しく話している。モローとマルタンは蚊帳の外状態で気まずそうに立ち尽くした。


「モロー君、君は彼を何回か見たことがあるだろう。話す機会こそなかったがな。」


 モローはガルニエに言われて過去の記憶を回想する。言われてみれば、南部作戦本部に左遷される前から、度々会議に出席している姿を見ていることを思い出した。


「あなたがガルニエ中将の協力者だったのですね!」


「あぁ。君の話はガルニエから度々聞いてるよ。一年前のあの日も、ロランの案にダメ出しをしたりと、空気ばっか読んでる他の将校とは違って、かなり優秀だと思ってたんだ。」

 

「身に余るお言葉です。」


 ボーモンの言葉にモローは謙遜する。顔合わせが一通り済んだところで、ガルニエが話題を切り出した。


「さて、マルタン海軍大将閣下、今回お呼びしたのは、とある相談があるからです。」


「ほう、相談、とな?」


 勿体ぶるようなガルニエの切り出し方に、マルタンは少し警戒するような表情を見せた。


「こんな場所で話すべきではないということは承知の上なのですが、なにせ内容が内容なので……」


 「……話を聞こうか。」


 静かに答えたマルタンを、丁寧に椅子へと案内する。ひとつの机を、ガルニエ、ボーモン、マルタンの三人が囲んだ。なかなか見られない景色に、モローはなんとも言えない気持ちになった。


「モロー君、コーヒーを4人分注いでくれ。」


 そんなモローに対し、ガルニエは淡々と短く命令した。


 *


「どうぞ。」


 数分経って、モローは4人分のカップをそれぞれ机に差し出していく。モローがいない間、話はある程度進展していたようだ。


「つまり、我々で反ロラン同盟を組もう。というわけだな?」


 ガルニエの”相談”を一通り聞き終えたマルタンは、それまでの内容を短くまとめた。その言葉に対してガルニエは力強く言った。


「そのような解釈で概ね問題ありません。ロラン現総参謀本部長は、40年に渡りその役職を独占し、いまや軍部の拡大を抑止するどころか、むしろその権益を拡大し私利私欲のためにその権力を行使していると言わざるを得ません。」


 オーギュスト・ロラン――普仏戦争直前期で総参謀本部長に就任し、フランス帝国を勝利に導き、西欧唯一の陸軍覇権国家に押し上げた、超がつくほどの策士であった。しかし、その戦争勝利から端を発する、軍部の急激な拡大を黙認し続けた人物でもある。


 フランス帝国軍部の拡大は留まるところを知らず、今では軍部の影響力が帝国政府の影響力を凌駕する事態に至っている。軍内組織に政府公式組織とは異なる”外交課”や”財政省”が存在しているのが、その軍部の異常な拡大ぶりを表すいい例だ。


 そして帝国政府よりも影響力を有す軍部を裏で支配するのが、オーギュスト・ロランであった。彼の作り上げた既得権益に挑戦しようとした人物がことごとく左遷・更迭・懐柔、酷いときには不審な死を遂げることさえあった。ガルニエやモローも、弾き出されたそれらの一人である。


 フランス帝国軍部から端を発する腐敗を除去しよう――ガルニエは暗にそう提案していたのだ。


「お断りします。」


 意外にも、マルタンはガルニエの提案を迷うことなく断った。


「何故です!大将閣下もロランによる圧政に苦しめられているではありませんか!奴は帝国のためではなく、己の利益のために動くような人間ですぞ!」


「そんなことは承知の上だ!」


 マルタンは大きな声でその場を制した。ガルニエは彼の一言で冷静さを取り戻したのか、一呼吸すると再び腰をおろした。


「……失礼しました。何がご賛同頂けないのでしょうか?」


 ガルニエは自分の非礼を詫びつつも、マルタンに訊き返した。マルタンは答える。


「軍部の拡大を抑えるのは賛成です。かのクラウゼヴィッツの著書でも『戦争は他の手段を以てする政治の延長にほかならない。』と記していますから、今のような、政治を隷属化させる軍部の在り方には私も思うところがあります。ですが私は憂いているのです。」


 そう話すマルタンは、手元のコーヒーを一口飲むと、息を吸って続けた。


「ロラン総参謀本部長とガルニエ南部作戦本部長は長年のライバル関係ですよね。もし彼を失脚させたとして、誰が彼の後継を務めるのですか?後継となる人物が彼と同様に軍部による独裁・既得権益の黙認を行えば、現状は何も変わりません。示してほしいのです。彼を失脚させた後のビジョンを。」


 マルタンの祖国に対する想いを聞いたガルニエは、しばらく言葉を失った。しかし、ここで引き下がるガルニエでないのはモローもよく知っていた。


「……私は、この戦争が終わったら、軍を文民統制シビリアン・コントロールの下に戻す”軍部改革派”を擁立するつもりです。そして、海軍大将閣下、貴方にはその最初の指導者(リーダー)になっていただきたいのです。」


 突然の内容にモローは息を飲んだ。側近のボーモンでさえ、彼の戦後構想を聞いたのは初めてのようで、声を漏らして驚いていた。


「ここまで話すつもりはなかったのですが、大将閣下の祖国に対する想いを聞いてしまったら、堪えられず……」


 「……言葉だけでは信じられぬな。」


 予想外の”軍部改革構想”に、始めは動揺の表情を見せたマルタンであったが、すぐさまその構想に疑問を呈した。


「お気持ちは分かります。ですので、私はこの戦争が終わったら軍を去ります。」


「っ……!」「えっ!?」「……」


 度重なる予想外の回答に、モローは息を呑み、ボーモンに至っては声まで漏らしている。


 ガルニエは左遷されたとはいえ、軍内でも極めて影響力の強い存在である。そんな彼が軍を退くということは”私はロランの後釜になるつもりはない”と表明しているようなものであった。


 モローからすれば、ガルニエが軍を去るというのはなかなか信じがたい話ではあるが、話し方から嘘ではないと感じた。

 

 ふとモローはガルニエの目元に光るものがあるのに気がつく。ガルニエは目を伏せると、マルタンの手を握って懇願した。


「何卒、この国がより良い戦後を歩めるように、ご尽力願いたいのです!」

 

「私からも!伏してお願い致します!」


 マルタン海軍大将は、頭を下げるガルニエとボーモンに気倒(けお)されたのか、二人をなだめつつ答えた。


「……貴方の祖国に対する愛国心と献身の覚悟は十二分に伝わった。私で良ければ協力しよう。ただし条件がある。」

 

 マルタンは一枚の紙とペンをガルニエに差し向ける。


「今宣誓したことが虚偽ではないと、ここに誓ってくれ」

 

 *


「それでは私はこれで。」


「本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました!」


 ガルニエがそう言うと、マルタン海軍大将は、ガルニエのサインが入った紙を携えて、扉から出ていってしまった。海軍大将という立場上、公務が忙しいのだろう。


 扉が閉まる音が部屋に響くと、先ほどまで神妙に頭を下げていたガルニエとボーモンは勢いよく頭を上げ、音を立てて力強くハイタッチした。


「やったぞモロー君!これで一歩前進した!帝国の改革はこれからであるぞ!」


 先ほどの涙はどこへやら、再びガルニエは、いつもの不敵な表情に戻り、上機嫌でモローに言った。モローはガルニエに問い返す。


「……どんな内容を話し合ったのですか?」


「内容を振り返るなら、折角だし外に行かないか?ちょうどお昼時だし、緊張が解けたら急にお腹が空いてきちまったよ。」


「良い提案だなボーモン。そうしよう。」


 一同は身支度を軽く整えると、再び人であふれる廊下へ繰り出した。


 *


 一方その頃 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部 総参謀本部長執務室


「ガルニエ派がマルタン地中海艦隊司令官と接触したようです。」


 会議を終え、執務室に戻ってきたロランに対し、フィリップは報告する。


「ついに動き出したか。」


 ロランは部屋につくと、重厚な革椅子に腰を深くおろし、葉巻に火を付けて口へ運ぶ。一服しつつも、フィリップの言葉には耳を傾けていた。


「奴を左遷して早40年。奴はずっと、ずっと待っていたようだな。」


 ロランの声に若干の諦念が交じる。左遷だけで飼い殺せるような器ではないと、改めてガルニエという因縁の政敵(ライバル)の恐ろしさを認識したようだった。


「いかがしましょうか。」


 煙を吹き出すロランに対し、フィリップは指示を仰ぐ。長い沈黙の後、ロランは閉じた瞼を少し開け、凍りつくような低い声で短く返した。


「……憲兵隊を呼べ。」


 煙漂う、重苦しい空気の中、フィリップは答えた。


「……承知しました。」

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