第十二話「決戦か、保全か。」
1909年4月10日 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部 作戦会議室 緊急招集会議
「で、では……大西洋艦隊司令官、報告を。」
皇帝とのやり取りで憔悴していたロランは、なんとか呼吸を整え、会議の進行を執り行う。今までの将校とは雰囲気が違う、海軍仕様の服装を身に纏った男が立ち上がる。
「前述されたプロイセン王国や大英帝国による友邦オーストリア=ハンガリー帝国への陸路の遮断、ひいては英国王立海軍による海上輸送路の断絶を解消すべく、大西洋艦隊は大英帝国との開戦後間もなく敵の大西洋艦隊と艦隊決戦を計画しています。」
司令官の説明に、もう一人、海軍服を身に纏い、眼帯を付けた男――帝国海軍地中海艦隊司令官、アントワン・マルタンが立ち上がると、すぐさま難色を示した。
「ちょっと待てテオドール!正気か?我らの帝国海軍大西洋艦隊と、英国王立海軍北海艦隊の戦力差をわかっているのか?」
「あぁ勿論だ兄さん。そこに乗っけた資料をよく読み込んでから文句を付けてくれないか?」
曰く二人は兄弟のようで、異議を唱えてきた兄に対し嫌味ったらしく返答する。
二人の会話を眺めつつも、モローはテオドールが作成した資料に目を通す。マルタンはページを捲ってそのまま資料を朗読した。
「フランス帝国海軍大西洋艦隊、戦艦10うち弩級戦艦1。装甲巡洋艦8。軽巡15。駆逐艦25。潜水艦10。これらが三部隊に分かれているのに対し、英国王立海軍北海艦隊は戦艦18うち弩級戦艦4。巡洋戦艦3。装甲巡洋艦20。軽巡30。駆逐艦60。潜水艦10が四部隊に分かれているのか……」
数値だけ見れば68隻と161隻。圧倒的な数的劣勢を跳ね返す算段がテオドールにはあるらしく、誇らしげに解説を垂れ始めた。
「大西洋艦隊の三部隊を統合し、ブリテン島に展開する奴らの艦隊を一部隊ずつ沈めるのです!」
海軍には明るくないモローは、その大まかな作戦計画を聞いた直後は、案外勝てるのではないかと思っていた。というのも、ブリテン島をパトロールする四部隊が均等な隻数だとすると、一部隊あたり約40隻。それに対し、一部隊に統合されたフランス帝国海軍はそのまま68隻であり、数の不利を覆せる。強大な一部隊をもって各個撃破を狙う、というとわかりやすいだろう。
だがその作戦にも地中海艦隊司令官は食って掛かった。
「しかし、数的劣勢を覆したとしても、68隻対40隻は大規模な決戦だ。それを四度も行うのは補給の観点から難しいはず。それに英国には新型巡洋艦の”巡洋戦艦”が3隻も就役している。このような杜撰な内容ではただ徒に人命を消耗するだけだ!」
マルタンの必死の説得に、他の将校たちは理解を示しかけていた。モロー自身、彼の説明を聞くと、改めてこの作戦のリスクを再確認した。この作戦は棄却される――モローはそう考えていた。その瞬間、老人の声が部屋全体に響く。
「そこまで悪い話なのか?不可能な話ではないように思えるな。」
その声の正体は、ロラン総参謀本部長であった。マルタンの今までの説明を聞いたうえでの判断なのかと、モローは困惑の表情を浮かべ、ガルニエに限っては鼻で笑っていた。
「ロラン総参謀本部長閣下……?今の説明を理解して――」
「あぁ勿論理解しているとも。理解したうえでの判断だ。君が話した補給の話だが、フランス北部にも造船所はある。戦闘で損耗したらその都度修理・補給・出撃すればよいではないか。なぁ?北部作戦本部長君?」
ロランは真正面に座る北部作戦本部長へ視線を向ける。突然回答を求められた本部長は、しどろもどろになりながら答えた。
「えっ?あっ、あぁ、その通りですな。逐次修理を挟めば問題ないように思えます。」
「北部作戦本部長殿!貴方まで何を――!」
「ではこうしよう。この場にいる皆の衆に決めてもらおうではないか。彼の意見が正しいと思うならば挙手してくれ。」
ロランの呼びかけに対し、先程までマルタンに理解を示していた将校たちが一人、また一人と手を挙げる。結果的に、モローやガルニエ、マルタン、皇帝陛下を除いたほとんどの将校が手を挙げた。
「そういうわけだ、マルタン地中海艦隊司令官くん。私はテオドール君の作戦を認可する。」
「ありがとうございます!総参謀本部長閣下!」
テオドールはロランに向けて謝意の言葉を述べ、一礼すると着席した。
*
「では最後に、マルタン帝国海軍地中海艦隊司令官。報告を。」
マルタンは不服そうにしつつも、報告する。
「……我が地中海艦隊としては、艦隊保全主義に基づき、自ら進んで英国海軍を攻撃するような行動はとらず。あくまでリヨン湾の制海権の堅持に努める方針です。」
艦隊保全主義――海上決戦を避け、自軍の海軍戦力を温存することで、最低限国防に必要な海域の制海権を抑え続けようとする考え方のことである。
反対の考え方として”艦隊決戦主義”があり、これは先程テオドールが提唱していたように、艦隊決戦にて勝利することで、その戦争の主導権を掌握しようとする考えである。
いつかのモローが指摘した通り、フランス帝国による海軍力強化計画は資金不足により無期限に延期されており、一隻造船するのですら一苦労な状態ゆえ、仮想敵国のひとつである大英帝国との建艦競争では大きく遅れを取っていた。
そのような状態で艦隊決戦を敢行し、もし敗れれば、地中海における影響力を失い、アフリカ植民地への補給はおろか、南部からの上陸作戦すら危ぶまれる状態になる。それをマルタンは憂いていたのだ。
モローやガルニエはマルタンの説明を聞いて理解を示すように頷く。実際問題、フランスの海軍戦力は貴重だからだ。だがこのマルタンの発言に対し、今度は弟であるテオドールが食ってかかった。
「ちょっと待てよ兄さん。それじゃあどうやってオーストリア=ハンガリー帝国と接続するんだよ。それにアフリカ植民地への補給問題はどうするんだ?祖国じゃない地で飢え死ねとでも言うのか?」
さっきの会話で勢いづいたのか、挑発するような口振りで質問する。しかし内容自体は真っ当だ。地中海艦隊が動かないとなれば、今後補給船が襲われるかもしれないというストレスを常時受けることにもなる。
挑発的なテオドールの問いに対し、マルタンは淡々と返した。
「それに関しては、先程ガルニエ南部作戦本部長が立案した”北イタリア打通作戦”に我が艦隊も協力することで解決します。」
何事もないかのように海軍支援の協力を申し出た。モローはこれもガルニエの根回しによるものかと思い、彼の顔をこっそり窺うと、当の本人も全く予想外のようで、目を見開いている。
「具体的な行動計画ですが、地中海艦隊の影響範囲をリグリア海まで拡大。そのまま陸地に向けて艦砲射撃を行い、敵軍への消耗・迂回を迫るとともに、敵の軍需産業の破壊。作戦成功の可能性を底上げします。」
衝撃の回答、しかもガルニエの案ともなればロランも黙ってるわけにはいかず、咄嗟に苦言を呈す。
「しかしだなマルタン君、今どき艦隊保全主義というのは少しばかり臆病というか――」
瞬間、ロランの苦言に割り込むように、突然ガルニエは立ち上り、大きな声で被せた。
「いい考えですマルタン地中海艦隊司令官閣下!作戦に組み込んで新たに再立案します!」
突然の行動にロランを含め、その場の誰もが言葉を失ってロランの方を向く。そんな視線をよそにガルニエは皇帝陛下に向けて言い放った。
「陛下!先程の作戦を、海軍戦力も含めて再度立案・提案します!問題ないですか!?」
さっきロランが北部作戦本部長にやったように、ガルニエも皇帝陛下に突然話題を振った。数秒の沈黙ののち、皇帝陛下は応える。
「……あぁ。許可しよう。」
今のガルニエは、先ほど皇帝陛下に自分のキャリアを賭けると大見得を切ったことにより、失うものがなく、誰にも止められなくなっていた。その政治的優位をガルニエはうまく利用したのだ。
会話に横入りされたロランは凄まじい形相でガルニエを見つめていたが、そんなことは気にもとめず、ガルニエは意気揚々と着席した。
「くっ……!い、以上をもって、緊急招集会議を終了とする。この戦争が、人類から戦争をなくす最後の戦争にすべく、各員一層奮励努力してほしい、諸君らの健闘を祈る……」
悔し顔を浮かべながらも、ロランは進行の役職を全うした。ロランは皇帝陛下と共に、出席者からの敬礼姿勢を一斉に受けながら、入ってきた大きなドアから退室した。
将校たちも身支度を整え始めると、ロランの側近、フィリップが口を開いた。
「皆様方、明日には帝国予算会議を執り行います。今日と同じ集合時間までに、再びこの部屋にお集まり頂くようお願い致します。」
フィリップが言い終えると、止まっていた出席者将校らは再び手を動かし始めた。




