表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/16

第十一話「断裂する帝国のアキレス腱」

 1909年4月10日 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部 作戦会議室 緊急招集会議


 「では次――北部作戦本部長、報告を。」


 植民地防衛の総司令官と、二重帝国に派遣中の軍の総司令官の報告が終わり、今度はロランの真正面に座る北部作戦本部長が指名される。北部作戦本部長――つまりは対プロイセン戦線を担当する司令官ということだ。


 今までの司令官同様、紙を持って立ち上がる。


「北部作戦本部からは、プロイセン戦線に関するご報告を申し上げます。資料は5ページを参照してください。」


 出席者たちがページを開く間もなく、北部作戦本部長の男は足早に話し始めた。


「プロイセン戦線に関してですが、フランス・プロイセン国境部が狭いため、プロイセンの攻勢に対して大きく領土を失陥するような事態には至っておりません。」


 モローは資料に付随する地図を見る。男の言うように、フランス軍の領土的損失はかなり少なく抑えられているのが見て取れる。


 がしかし、少し目線を右へ移したモローはあるものを見て衝撃のあまり声を漏らした。モローだけではない、その場の将校たちも”それ”に気がついたようで、会場全体が一気に騒がしくなる。


「皆様ご覧の通り、我々フランス軍は敵国プロイセンの軍に対し領土的損失を最小限に留めている一方、同盟国、南ドイツ連邦の戦況は極めて絶望的であると形容せざるを得ません。」


 モローは目をこすってもう一度その地図を見つめる。夢などではない。敵国占領地として色が塗られている地域に、ミュンヘンが入っているのだ。


「南ドイツ連邦の現状について端的に申し上げると、前線を突破され首都ミュンヘンを失陥。前線の再構築には成功したものの、殺到するプロイセン軍40万を抑えきれるほどの防衛戦力はすでになく、今もなお戦線は少しずつ後退しています。」


 南ドイツ連邦の絶望的戦況にガルニエは奥歯を噛み締め顔を歪める。


 「クソッ、帝国のアキレス腱が裂けおったか……」


 ガルニエがここまで言うのは当然のことで、帝国同盟の加盟国であるオーストリア=ハンガリー帝国との陸上経路は南ドイツ連邦を経由するルートしかないのだ。帝国同盟のウィークポイントであることから”帝国のアキレス腱”と揶揄されてきた。


「兵站の観点より、南ドイツ連邦から次第にフランス軍を撤退させ、防衛陣地の構築に着手させます。」


 実質的な見殺し宣言である。冷酷ではあるが、最終的勝利のためにはやむを得ない犠牲だと、モローは自分に言い聞かせた。


 男は一通りの報告を終えると着席した。報告が終わるにつれ、皇帝の顔は険しさを増していくように見える。


「では次、南部作戦本部長、報告せよ。」


 待ってましたと言わんばかりにガルニエは立ち上がる。他の司令官とは違って手ぶらだ。


「4ページをご参照の通り、我々南部作戦本部としては現在『北イタリア打通作戦』の立案・改善をしています。」


 瞬間、ロランは席を立ち上がり、報告に割り込んだ。


「まだ言っているのか!イタリア国境部への軍の移動は両国間の関係悪化を回避するためにも、絶対に認められな――」


「待てロラン。ガルニエよ、その作戦、詳しく聞かせよ。余は興味が湧いてきた。」


 怒号を飛ばすロランを静止させると、ナポレオン四世はガルニエに作戦の説明を求めた。きっとこの作戦の存在自体、皇帝陛下の耳へ届くことなく、ロランたちの手で棄却・黙殺されていたのだろう。


 皇帝の要望とあらば、ロランもそれ以上止めることができず、椅子に腰を下ろす。するとガルニエは、足元に置いていた大量の書類を持ち上げ、モローに手渡した。


「これを一人一部ずつ、全員にお配りしろ。」


 モローは言われるがまま、席を立って資料をひとりひとり手渡していく。ガルニエはモローが全員に配り終える前に、自信満々に解説を始めた。


「南部作戦本部では以前から、イタリアが帝国同盟に宣戦布告してきた際の作戦を思案しておりました。周知の事実ですが、友邦オーストリア=ハンガリー帝国には、イタリアとの領土を巡る外交問題が存在します。」


 もちろんこの間もガルニエは資料やメモを見ずに、皇帝の目を真っ直ぐ射抜くように話していた。モローは堂々と話す彼の様子を見て、流石は元々パリで働いていただけはあると感心した。


 長机を周って一人ずつ手渡していくうちに、段々と皇帝の席が近づいていた。モローがロランに資料を一部手渡し、皇帝にも手渡そうとロランの後ろを通り過ぎようとすると、突然視界の左下から出てきた手に行く手を阻まれた。


「待て若造、もう一部寄越せ。」


 その手の正体はロランの左手だった。皇帝のもとに歩み入ろうとするモローの進路を、手で抑えて、モローに小声で命令する。


「なにをボケっとしている。もう一部寄越せと言っているのだ。」


 見かねたのか、ロランはモローの手元から資料を一部ひったくった。その際にモローの視線がロランとかち合う。一年前、ロランがモローに突然の異動命令を下した日も、同じような、灰色にくすんだ目をしていたなと、モローは若干の既視感を覚えた。


「皇帝陛下殿、こちらがその資料です。」


 モローが自分の席に戻ろうと振り向いて歩みだすと、後ろからロランの会話が聞こえた。振り向くと、ロランが皇帝陛下に耳打ちをしていたのだ。相当警戒しているのか、ただただ媚を売りたいのか、モローは内心ひどく呆れた。


 モローが配り終え、席に戻ろうとしているのを目視したガルニエは、早速資料を開くように促す。無論これらの資料は、主にモローが作成した資料である。


「資料に載せた地図の通り、フランスからオーストリア=ハンガリー帝国に行くためのルートは、南ドイツ連邦国内を経由する陸路と、リヨン湾から地中海に出航し、アドリア海を経由する海路の2つしかありません。」


 その場にいる誰もがモローによって作成された資料に視線が釘付けになっている。ただ一人、ロランだけは、一人で立って喋り続けるガルニエに凄まじい睨みを利かせており、モローは二人の確執の深さを再確認した。


「そして現状、先ほど北部作戦本部長がおっしゃったように、南ドイツ連邦を経由する陸路は、実質プロイセンによって占領され、奪還しない限りは使用不可となっています。」


 帝国同盟の現状を理解したのか、一人、また一人と隣席で会話をする将校の数が増えていった。一瞬にして会議室は騒然となる。


「さらに、長年の宿敵である大英帝国は、帝国同盟の新たな加盟国であるオスマン帝国に対して宣戦を布告し、奴らの艦隊も地中海及び北海での活動を開始しました。ここまで説明をすれば皆様は、もうお分かりでしょう。」


 ガルニエは両手を机に強く打ち付け、どの将校らも直面したがらないような現実を、冷酷にも彼らに突きつけた。


「我々には時間がないのです。長期戦になれば、間違いなく我がフランス帝国は悲惨で、屈辱的な敗戦を遂げるでしょう。」


 西欧の大国が敗戦する。そのインパクトだけでその場の将校たちは俯き、暗い顔を浮かべた。まるで通夜だなとモローが考えていると、突然ロランが口を開いた。


「それで?悲観論を述べるだけなら誰でもできるぞ。どのように戦線を突破するんだ?イタリア王国は海軍国と言えど陸軍も整備されているぞ。」


 唯一、ロランだけはまっすぐにガルニエの演説に対して疑問を投げかけた。


「作戦概要に関しては、次のページを御覧ください。」


 ガルニエは淡々と返した。将校たちは配られた資料を捲り、会議室は紙の擦れる音で満たされた。ガルニエとモローが淡々と説明する傍ら、将校たちはその驚くべき作戦概要に驚嘆の声を漏らし、あまりの内容にロランは机を叩き、怒声とともに立ち上がった。


「おいガルニエ!なんなのだこの作戦は!」


 声を荒げるロランに対し、ガルニエは冷静に返答する。


「なんなのだと言われても、見ての通りですよ。」


 ガルニエはどよめく将校らの声も、ロランの怒声をも、皇帝の存在すらものともせず、大声で言い放った。


「あえて敗走し、敵軍を国内に誘引するのです。」


 性懲りもなく解説を続けるガルニエに、ロランの怒声は勢いを増した。


「悪びれる様子もなくこの男……!陛下!我らの神聖な土地をわざわざ敵軍に渡すような売国奴には懲戒処分がお似合いです!ガルニエ南部作戦本部長の解任、いや、売国奴には死刑が相応しい!今すぐにでも軍法会議にかけて――」


「待つのだロラン。」


 皇帝は再びロランを静止した。


「ガルニエ、作戦の説明を続けろ。」


「仰せのままに――」


 モローが立案した北イタリア打通作戦の概要は次の通りである。


 国境部に配属する部隊数をあえて少なめに調整し、戦闘が始まり次第すぐに敗走する。イタリア軍がフランス国内まで進軍してきたタイミングで、主力部隊をイタリア国境部めがけて南下させ、包囲する。


 包囲された敵部隊は補給を受けられず次第に衰弱。国境部の軍を半壊させたのち、満を持して北イタリアにて攻勢をかけ、オーストリア=ハンガリー帝国と接続するといった塩梅だ。


 概要を話し終えたガルニエに対し、皇帝陛下は口を開いた。


「……作戦自体は理解した。だがガルニエ、この作戦で占領される街の被害や、作戦失敗時に我が国に与える影響を鑑みても、この作戦は適切なようには思えない。だがお前の今までの活躍を考えると、実行してもないのに全てを頭ごなしに否定するも、余は好まぬ。だから――」


 皇帝はそう言うと、ガルニエの目をまっすぐに見つめて静かに問いた。


「お前の軍人としての名誉を賭けられるか?」


「賭けられます。この身、この魂すら、喜んで祖国のために捧げる次第です。それが軍人としてあるべき姿です。」


 ガルニエは即答した。回答を聞いて皇帝は満足した様子で尋ねる。


「まったく、お父様(ナポレオン三世)から聴かされた通りの人物だ。あっち(南部作戦本部)に行っても、その覚悟だけは変わらんようだな。何師団必要だ?遠慮なく申せ。」


 予想外の質問に、ガルニエの今までの堂々とした顔に驚きの表情が浮かんだが、即座に答えた。

 

「南部作戦本部が指揮する第六軍の規模を、第七軍と同じ規模に、つまり、二個軍団分――六師団の増員を願い出たいです!」


「良かろう。認可する。」


 二人のやり取りに対しロランは焦って横入りする。


「お待ちくだされ皇帝陛下!人員の配備・動員は戦争省戦力部が担当しています!正式な手続きを無視した兵員の移動など――」


「余がフランス帝国最高司令官だ。」


 その言葉で会議室は静まり返る。ロランの言葉も虚しく、皇帝陛下の意思は揺るがなかった。


「ロラン、(いく)ばくか不満があるのは理解できるが、ここは彼を信じてやってくれ。」


 「承知しました……」


 ロランはひねり出すような声で同意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ