第十話「昇る旭日の脅威」
1909年4月10日 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部 作戦会議室 緊急招集会議
「全員!敬礼!」
資料に目を落としていたモローは、大声が響くと同時に立ち上がり、右手を跳ね上げ、左の方を向いた。
右手の掌を相手に見せるこの姿勢は、欧州式の敬礼であり、イギリス軍内などでもしばしば見られる。
このポーズは、モローに限らず、その場にいたどの将校もモローと同じように敬礼していた。無論ガルニエもそうである。
皆の視線の先には、大きなドアが聳え立っていた。このドアを潜ってこれる人間はかなり限られている。
そしてやがてドアが開くと――
「きおったな……」
ガルニエは扉から部屋に歩み入ってくる人物を視認すると、敬礼をしながらも小さく呟いた。視線の先には、現フランス皇帝――ナポレオン四世と、総参謀本部長――ロランの姿があった。
ナポレオン四世とロランはそのまま赤いカーペットの上を歩き、やがて一席の、豪華絢爛な装飾が施された椅子に近づく。ロランがその席を引く傍ら、皇帝は出席している将校の面々を見回した後に、ようやく席についた。
「これより!総参謀本部、緊急招集会議を始める!」
皇帝が席につくと、周囲の将校も一斉に着席する。唯一、皇帝と並走していたために着席していなかったロランは、年齢にそぐわない声量で宣言するとようやく椅子を引き、皇帝に一番近い特等席についた。
続いて彼の右腕であるフィリップが席を立ち上がり、資料を捲って読み上げる。
「今回はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。周知の事実ではありますが、数日前、大英帝国は帝国同盟の加盟国であるオスマン帝国に宣戦布告しました。これにつきまして、今後の方針を定めるとともに、今戦争における各戦線の現状をお越し頂いたナポレオン四世皇帝陛下にご報告申し上げるのが今回の次第でございます。」
フィリップが読み上げるさなか、ある者は話し手の方を見続け、ある者は手元の資料を確認していた。メモの一枚目を読み終えたのか、フィリップは紙を捲りあげ、書かれたメモを頼りに続ける。
「今回お集まり頂いた、各戦線司令官、及び海軍司令官につきましては、前述の通り『自分の担当戦域における現状』と『今後の展開』を共有してくださいませ。」
一通り読み上げたフィリップが席につくと、次にロランが口を開く。
「では、植民地防衛軍総司令官、貴君から始めよ。」
総参謀本部長から指名を受けた、よく日焼けした男は、自前で用意していたであろう書類を持って立ち上がる。
「あぁ、遠路はるばる懐かしのパリに戻ってきたぜ。植民地防衛軍に関してだが、アフリカ戦線においては概ね問題はないな。元から配備してた防衛軍三個軍には、各々装備の最終点検をさせている。」
一呼吸置いて男は続けた。
「だが問題は仏領インドシナだな。これに関しては戦争省長から聞いてくれ。」
バトンを繋ぐかのように話題を振られた戦争省長の、大柄で筋肉質な男は、突然の説明丸投げに驚き、手元の資料から大忙しで必要な資料を探し出すとようやく立ち上がった。
「えぇっと、戦争省作戦部によると、日英同盟を起因として大日本帝国が帝国同盟に宣戦布告し、仏領インドシナを狙ってくる可能性が浮上してきています。」
突然の報告に会場はどよめいた。大英帝国が参戦し、敵国が増えたというのに、ここからさらに敵国が一国増えるというのだ。
ただモローはこの時、なぜ皆がそこまでして驚いた声を上げるのか分かりかねていた。世界のニュースを適宜確認しているモローだが、特別アジアについては詳しくなく、ガルニエに耳打ちするような声量で静かに尋ねる。
「大日本帝国といえば数年前にロシア帝国との戦争に勝った新興国家ですよね?」
「あぁ。だが新興国家だからと侮るなかれ。かの国はロシア帝国のバルチック艦隊との海戦に勝利している。戦艦の建造を大英帝国に受注してはいるが、それを扱う彼らの腕が良くなければどんな戦艦もただの的に等しい。彼らの腕が確かなのは間違いない。」
新たな敵国参戦の可能性に将校たちがどよめくなか、戦争省長は続けた。
「戦力比に関しては、本日皆様にお配りした会議用資料の3ページ目に記載されておりますので、ご参照ください。」
言われると同時に他の将校らは一斉に資料を捲りだす。無論モローも資料を捲り、敵軍の情報を得ようとする。
モローは該当するページを開くと、あまりの惨憺さに顔を歪め、小声で呟いた。
「防衛用部隊である第七軍――植民地防衛軍二個軍団約15万は良いとして、なんだこの海軍戦力差は……」
モローの目線の先には、フランス海軍と日本海軍の目も合わせられないような戦力差が無慈悲にも記載されていた。
「資料をご覧の通り、我が国の植民地防衛用遊撃艦隊の戦力差は戦艦3隻、装甲巡洋艦2隻を主力とする計25隻に対し、対する大日本帝国海軍は戦艦6隻、装甲巡洋艦9隻、軽巡洋艦5隻からなる約60隻であります。全部が全部こちらに来ないとしても、艦数では圧倒的に劣っているのが現状です。」
見れば見るほど酷い戦力差に、モローだけでなく他の将校たちも意気消沈していた。そんな最中、植民地防衛軍司令官が沈黙を破って割って入る。
「可能な限り最大限抵抗はするが、上陸作戦の阻止は間違いなく不可能だ。相手の作戦によっては仏領インドシナの完全失陥も覚悟する必要がある。その場合は兵士も艦隊も本土に引き戻す予定だ。俺からの報告は以上だな。」
司令官は仮にも皇帝の前であるにも関わらず、現状について脚色もせず淡々とを述べた。
いきなり型破りな将校からの報告にフィリップは困惑しつつも、自分の役割をこなす。
「ええ……では次は派遣軍総司令官、報告せよ。」
呼ばれるやいなや、今度は先程とは違って細身で高身長な、丸メガネを掛けた男性が立ち上がる。
「外交課長からの提案で二重帝国に二個軍約45万人を派遣する計画ですが、結果として前線崩壊を防ぐことに繋がりました。個人的感想としてはかなり良かったと思います。」
その男は上機嫌で答える。先程の報告が悲惨であったせいか、この報告に将校たちは安心した。モローがガルニエの横顔を覗くと、口角が少し上がっており、褒められて嬉しそうに見えた。
一方のロランは、その提案がガルニエ原案というのを知っているのか、笑顔の裏から隠しきれない敵意が滲み出ている。彼が机の上に出している右手の握りこぶしに力が入っているのがその証左だ。
「おおっと失礼、報告でしたね。派遣軍の状態については4ページに記載されています。適宜御覧ください。」
モローは視線を先ほどの植民地の戦力差を比較したページからそのまま右にスライドさせる。そこにはオーストリア=ハンガリー帝国に派遣した第四軍と第五軍の現状について記されていた。
「第四軍は七ヶ月前に実行された二重帝国軍の攻勢作戦である『ポーランド平原攻勢』に参加しました。その後はこれまた外交課の提案で同作戦の攻勢発起点であるラドムに向けて転進、ちょうど奇襲参戦してきたプロイセン軍の攻勢を現地の二重帝国軍とともに防衛しました。これもすごい判断力ですね。これを考えた人は戦争省の作戦部にでも異動したほうが活躍す――」
「おいカイテル。」
司令官が再び私情を口に出そうとした瞬間、ロランがドスの聞いた声で割り込む。その短いながらも迫力のある声に、司令官は「あはは……失敬失敬」とバツが悪そうに言うと、再び書類と向き合った。
「第四軍はラドム防衛戦に参加した後、現在は同作戦によって占領した土地の防衛・維持をしています。」
ふとモローは資料に描かれた欧州地図へと目を向ける。占領地の推移から、二重帝国軍がワルシャワを目指して攻勢をした痕跡が見て取れる。
「第五軍に関しては、一貫してウクライナ方面における国境部の防衛に徹しています。現在進行中の二重帝国によるウクライナ攻勢に合わせて少しずつ部隊を前進させ、今作戦で占領した地域の防衛と維持を第四軍と同様に行わせています。二重帝国の今作戦の戦果について、現地の指揮官に問い合わせたところ、オデッサを占領し、クリミア半島の手前およびキーウで戦闘中とのことです。」
報告を終えた男は席に座った。会議が始まって早10分、すでに数多の情報が飛び交っていた。
「これは……予想以上に長丁場で、良い意味でも悪い意味でも驚かされる会議になりそうだ。」
報告を聞き終えた一同がメモを取る姿を横目に、ロランはその視線を正面に向けた。
「では次――北部作戦本部長、報告を。」
緊急招集会議は始まったばっかりだと、モローは唾を飲み込み覚悟を決めた。




