第九話「静かなる帝都」
1日後 1909年4月9日 フランス帝国 リヨン 南部作戦本部
「――で、……あぁ――。その通りだ。そう――。あぁ頼んだ。」
「中将殿?準備できましたか?」
有線電話で何者かに連絡を取るガルニエの背中に向け、出発準備を済ませたモローが声をかける。
ガルニエはイヤホンを耳に当てたまま、声のする方へ振り返る。彼の目がモローを捉えると、すぐにイヤホンをフックに掛け直した。イヤホンを戻した際の鐘の音が部屋に響く。
「あぁ、悪い。こっちも準備万端だ。パリは遠い。早めに出発しよう。」
ガルニエとモローは重厚な扉を押し開き、長い廊下を歩いて階段を降りる。
「誰と連絡していたのですか?」
階段を降りきり、外へと向かう最中モローは尋ねる。
「あぁ、パリの協力者だよ。今回の緊急招集を受けてパリへ向かうことになった旨を伝えたのだ。」
モローは前々から幾度もガルニエのパリの協力者の話を聞いてはいたが、どんな人物なのかは皆目見当もついていなかった。
作戦部長として働いていた頃は、総参謀本部内の勢力構造自体は把握していたものの、モロー自体は徹底した中立派で上司でも関係なくズバズバ斬り込む強硬的な人物であったがゆえ、ロラン派、ガルニエ派双方からも疎まれていた。
協力者から認知されていることはあったとしても、モローが認知している可能性は限りなく低い。
「その協力者って何をしてらっしゃる人なのですか?」
興味本位で再びガルニエに語りかける。
「行けばわかるさ。」
そうとだけ返すと、ガルニエはドアノブに手を掛けた。扉を押し開き外に出ると、ガルニエは路肩に停まっている車へ一直線に向かっていった。おそらくラヴァリエールが用意した車だろう。
「パリまで出せ。急行までには間に合わせろ。ほら、モロー君、座りなさい。」
ガルニエは車に乗るやいなや運転手に向かってぶっきらぼうに言い放つと、外で突っ立つモローにむけて座るように促した。
やんわりと回答をはぐらかされたモローは怪訝な顔をしつつも、姿勢を低くして車に乗り込み、ガルニエの横に腰を下ろした。
*
1日後 1909年4月10日 フランス帝国 帝都パリ 総参謀本部
「降りるぞ。」
パリの総参謀本部がある第一区に到着するやいなや、ガルニエはそれまで見ていた書類をアタッシュケースにしまい込み、すぐさま外に飛び出した。モローもガルニエの後を追うように車を降り、一年ぶりにパリの地に足をつけた。
モローがパリを出たあの日と比べ、街の喧騒は一層静かになっていた。戦争が始まって以来、パリこそ戦場にはなってはいないものの、明らかに子供と女性が多いように感じる。
「……?」
ふとモローはなにかに気がついたのか、辺りを見渡す。
「おい、なにを立ち止まっているのだ。」
「いえ……視線を感じたのでつい……」
「男性が軍に徴兵されているのに、急に車からいかにも政府関係者らしき男が降りてきたら誰でも見たくなるはずだ。早く行くぞ。」
ガルニエは足早に建物に近づき、取っ手を掴んで押し開いた。眼前に広がる大広間には、多くの人が今日の緊急招集のために忙しなく動き回っていた。ガルニエは人混みを上手いこと躱しつつ、部屋の中央に鎮座する幅の広い階段を上る。モローもそれに追従した。
階段を上りきり、右に左にと、迷宮のような建物内を練り歩く。ふとモローは立ち止まって、ひとつのドアを見つめる。
「『総参謀本部 戦争省作戦部 部長フランク・ド・ゴール』……。」
分かりきったことだが、そこに自分の名前はなく、モローは少し肩を落とす。
「今度はどうした?」
「いえ何も。失礼しました。」
モローは再びガルニエの背中姿を追いかけた。
建物内をしばらく進み――
「ようやくついたか。」
ひときわ大きい扉に『総参謀本部作戦会議室』の看板。定刻まであと25分、ガルニエは躊躇うことなく扉を押し開いた。瞬間、すでに到着していた人からの視線が一気に集中するが、すぐに各々の会話に戻った。
荘厳な雰囲気の部屋には長机が横たわり、大きなく絢爛豪華なシャンデリアが天井からぶら下がって辺りを照らす。一ヶ月前までは日常の一部だった会議室に、モローはどこか懐かしさを覚えた。
ガルニエは一斉に向けられる視線を気にも留めず、”南部作戦本部部長”と書かれた名札が立っている席に座った。
「モロー君はここの席に座れ。」
薦められるまま、モローはガルニエの横の席に座り、持ってきたアタッシュケースを足元においた。手元に資料を用意し終えたガルニエはモローに耳打ちをする。
「今日来る人間はほとんどが高級幹部とその右腕だ。君ならわざわざ言うまでもないが、くれぐれも無礼のないようにな。」
言われて辺りを見渡す。他の席の名札を見ると”帝国海軍大西洋艦隊司令官”だったり、”植民地防衛軍”、”二重帝国派遣軍司令官”と、どうやら政府補助機関の”五課二省”に加え、各戦線の総司令官に招集がかかっているようだ。
五課二省――フランス帝国の軍人や政府の仕事を補助する機関の総称を指す言葉である。
さまざまな役職と人の名前が並ぶなか、モローはひとつの名札が目に留まった。
「”総参謀本部長”――」
他の誰でもない、モローを南部作戦本部に更迭した張本人の名前が、そこに鎮座していた。
*
すこし遡って――
総参謀本部 総参謀本部長執務室
「それで、資料の方の準備はどうなのだ?」
閉じきった部屋の窓から、ロランは外の入口前の広場を見下ろす。
「申し訳ありません……ガルニエ派の諜報課員の妨害工作もあってか、証拠の入手に四苦八苦しているらしく、今日までには間に合いませんでした。」
外を眺めるロランの背中に向け、フィリップは謝意を述べる。ロランは小さく舌を鳴らすと、右胸の内ポケットから新品の葉巻を取り出し、シュガーカッターでヘッドを切り落とした。
「……”あのお方”の前で盛大に恥をかかせ、勢力諸共衰退させてやろうと思ったが、まぁ良い。次の定例評議会までに間に合わせるように再三伝えろ。」
命令する傍ら、今度は左の内ポケットからライターを取り出し、点火する。息を深く吸い込み、白煙を漂わせた。
「仰せのままに……」
フィリップは目を閉じその場に立ち尽くした。そのとき、ロランの目は路地から建物に近づいてくる1台の車が接近して来るのを捉える。
やがて車が停まり、降りてきた乗客を見るやいなや、ロランは思わず声を漏らした。
「……来たか、ガルニエ……」
葉巻を挟んでいる左手に力が入る。ガルニエの後を追うように、車から出てきたもう一人を見るなり、ロランの怒りのあまり声を荒げた。
「モロー……!あの若造が、何故我がパリにっ……!」
ロランの握力に耐えかねた葉巻が、僅かに歪んだ。
「彼も一応は南部作戦本部副部長です。他の高官らが右腕を連れてくるのと同じように、ガルニエも彼を右腕として同伴させたのでしょう。」
フィリップは息を荒くするロランと対照的に、冷静に返答する。ロランは「ふんっ」と鼻で笑うと、椅子を引いて腰掛ける。
「見ているだけで不愉快な連中だ……おい、今日は他に誰が来るのだ。」
フィリップは手持ちの資料に目を落とす。
「いま来た南部作戦本部長の他に、北部作戦本部長、大西洋艦隊司令官と地中海艦隊司令官、植民地防衛軍司令官などに加え、その他補助機関である五課二省の代表者、彼らの右腕も含めるとおおよそ30名程度と思われます。そして何より――」
「言わんでもわかっておる。これ以上恥をかくわけにもいかんな。そろそろ行こうか。”あのお方”が宮殿からこちらにいらっしゃるようだから、それのお出迎えに行こう。」
机から出した雑多な書類をフィリップに押し付けると、姿見で体裁を整え、部屋を出る。フィリップもそれに追従した。




