38-11.
メイがぱんぱんに膨らんだ<ブヒブヒのかばん>を大事そうに抱えている。この中に、<モウモウの槍>やサルトスからもらった素材が入っているのだ。ミオはミオで、<ブヒブヒのかばん>に入れられない食材を、買い物の途中でリュックを買って入れようとしていた。ジェイクが自分の大容量かばんに入れてやった。ジェイクのかばんも大きく膨れているため、ミオがチロのバスケットを持つことにした。途中でメイと交代しようと話し合っている。
そんな風にして乗合馬車の停留所へ向かう最中のことだった。
ジェイクは視線を感じてそちらに直接顔を向けずに視界の隅に映るようにした。なんとなく見覚えのある顔の男がこちらを凝視している。数瞬考えた後、ぽつりとつぶやいた。
「まずいな」
向こうもジェイクだと確信を持った様子だ。
「ジェイク?! ジェイクじゃないか!」
ミオとメイが足を止める。
「急ごう」
ふたりを促して停留所へ向かおうとするジェイクに構わずに、男はきびすを返しつつ、「ギルバート師を呼んでくる! ここで待っていてくれ!」と言うなり、駆け出して行った。
ジェイクはこれ幸いとこの場を立ち去ろうとする。
「おじさん、知り合いじゃないの?」
ジェイクに急かされるふたりは事情が呑み込めずに戸惑った。
「おじさん、もしかして、借金取りに追われているとか?」
メイが不安そうに見上げてくるのに、がっくりとうなだれる。
「いや、会いたくない相手なだけで、特に悪いことはしていないさ」
そう言うものの、足を止めることなく先を急ぐ。
角を曲がったとき、ジェイクがうめいた。
「おじさん?」
不安そうな姉妹に、大丈夫だという意味合いで笑いかけ、ふと思い出して、ミオから干し果物をもらう。食料品なので、ジェイクの大容量かばんに入れていたのを取り出す。
そして、ぼんやりと街角に立つ人に近づいた。黒髪黒目の整った顔立ちで、痩身の男性だ。ジェイクよりも少しばかり、年下に見えた。
「久しぶりですね。こんなところでなにをしているんですか?」
「ああ、君が来たと聞いてね。珍しく塔を出てみようかという気になったんだ」
「そうなんですか」
どこからどう聞き及んだものか、しかし、彼の気まぐれに散々つき合わされたジェイクは、その言動に関して深くは追及しないことにしていた。凡人には理解が及ばない人間なのだ。
「ところで、俺はギルバートに捕まえられたくありません。これをあげますから、見逃してください」
直球で言って、ジェイクは包み紙を開いて干し果物を見せつつ差し出す。それをすべて受け取ることなく、ジェイクの掌に乗ったものをためつすがめつした後、ひとつつまんで口の中に放り込む。むっくむっくと咀嚼する表情はどんどん明るくなっていく。口の中のものを飲み下した後、男はうなずいた。
「おいしい。いいよ。これで手を打とう。なにかあったら、わたしにも声をかけておいで。君にはずいぶん世話になったからね」
そういいながら、ジェイクの手から今度こそ包み紙ごと干し果物を受け取った。
ジェイクは意外そうな顔つきになりつつ、礼を言う。
「ありがとうございます。あなたの力を借りるような事態には陥りたくありませんけれどね」
「違いない」
笑って、男は干し果物を片手に、残った手を挙げてひらりと振った。
それを合図に、ジェイクは彼に頭を下げ、先へ進もうとミオとメイを促す。ミオとメイもジェイクにならって頭を下げた。ミオは気づいて、ジェイクに話しかけ、やけどに効くぬり薬を渡す。
ランクアップ試験やネズミ騒動で使った【誘惑のスイカズラ】は軽いやけどにも効く。それでぬり薬を作ってあった。ジェイクが親しく話し、しかも彼が困窮した時には力になろうという人だから、気になったのだ。
小さなけがはしょっちゅう作っている男だったから、ジェイクは気にならなかったが、ありがたく受け取って彼に渡す。
「この姉妹は錬金術師でして、この薬はやけどに効くそうなんです。よろしかったら使ってください」
「いいの? ありがとう。医者に行くのが面倒だったんだ。助かるよ」
「そっちの干し果物を作ったのもこのふたりだから、効果のほどは保証しますよ」
「それは安心だ。君たち、ありがとう」
視線を向けられ、ミオとメイはおずおずと頭を下げた。
「ミオとメイと言います。おじさ―――ジェイクさんにはお世話になっています」
「おじさんになったの?」
「心情的には父親みたいなものですがね。今、間借りをしながら暇なときに工房の店番をしたり採取の護衛をしたりしています」
「へえ、そりゃあ、良い」
彼の言葉にジェイクは片眉を上げた。
「安心して暮らせる場所は大切だからね。その上、食べ物がおいしくて体調を管理してくれるなんて、言うことなしじゃないか」
「その通りだと思いますが、あなたがそんな風に言うなんて、意外ですね」
彼はふと笑った。
「わたしにそれを教えてくれたのは君だよ。―――ああ、もう行った方が良い」
ばたばたという足音とともに、人声が聞こえてきた。
ジェイクは自分の名前をこんな街中で大声で連呼され、顔をしかめた。男は面白そうに喉の奥で笑った。
王都の乗合馬車の停留所は、多方面に向かう馬車とそれを目当てに多くの人が集まっていた。広場のように広い空間で、風雨を避けられる待合所の周辺には屋台が出ている。食べ物だけでなく、土産物屋もあり、馬車が出発するのを待つ旅人たちでにぎわっている。
「これこれ、王都に来たら食べておかなくちゃ!」
「わ、並んでいる! 発車時刻までに買えるかな」
朝の陽ざしの中、そんなのどかな風景の中、周囲を油断なく見渡すジェイクに先導されたミオとメイはそそくさとリージュ方面へ向かう馬車に乗り込んだ。ミオとメイが荒い息をつき、ふたりを急かしたジェイクは申し訳ない気持ちになる。
ほどなくして、馬車が出発し、ようやくふたりは人心地つく。ジェイクは追手が姿を現さなかったことに安堵した。
後々よく考えてみれば、ジェイクを捕まえようとするならばまず真っ先に、この乗合馬車停留所に張りこむべきだとすぐわかる。なのにやって来なかったということは、誰かが止めてくれたのだ。
「おじさん、もしかして、王都に昔にひどい振り方をした女性がいるとか言わないよね? ふたまたをしたとか」
眉をひそめてとんでもないことを言い出すメイに、ジェイクは反射的に吹き出す。
「あれ? 違うの? じゃあ、子供ができたって迫られて逃げ出したとか?」
「ああ、うん、メイが想像するようなことは欠片もないから」
そうか、色っぽいことじゃあないんだ、とメイはぶつぶつとつぶやく。次はどんな珍事を持ち出すのか、知りたいような、聞きたくないような、やや複雑な心境になるジェイクだった。
「なうん」
チロが自業自得だとばかりに鳴き声を上げる。
「チロの言うとおり、事情を知らないままに追っかけられたんだもんな。ええと、俺に声を掛けてきた人も、ミオが干し果物ややけどのぬり薬をくれた人も、魔術師なんだ」
ジェイクは考え考え話した。
ミオとメイは審問会議の召喚から始まって、Sランク錬金術師と出会い、アルルーンという不思議生物と触れ合った。とんでもないことが目白押しだった。
これ以上の刺激は精神を疲弊させるだけだろう。詳細はもう少し時間が経ってから伝えた方が良いだろうと判断した。
「ああ、もしかして、以前、護衛をしたことがあると言っていた魔術師さん?」
ミオが思い出したようだ。
「そうだ。よく覚えているな」
「あの、<ブンブンの杖>の人?」
メイも思い出した様子だ。それにしても、それだけで彼の破天荒さが分かる。
「そうだよ」
「甘いものが好きなの?」
おかしそうに姉妹は首をすくめて笑う。
「正確に言うと、栄養価が高くて手っ取り早く食べられて口当たりの良いものだ」
ジェイクはごく一部だけをかいつまんで説明した。
「あの風変わりな魔術師に気に入られてね。それで、王都残留を迫られていたのさ」
それだけではなく、早々にランクアップせよとせっつかれていた。
「俺を見て声を掛けてきたやつが言っていた「ギルバート」はその護衛をした魔術師の弟子で、師を尊敬している。それで、彼の望みを果たそうと俺にランクアップ試験を受けろ受けろとしつこいのだ」
「ええ? それだけで追いかけてくるの?」
ミオが目を丸くする。
「そうだとしてもさ、そんなにランクアップさせたいって、どんな難しい採取の護衛をさせるつもりなんだろうね?」
メイが鋭いことを言う。
そうなのだ。相手は後衛にいることが多い、つまりは身のこなしに難がある魔術師だ。それが魔獣に接近するような人間である。自殺願望があるのではなく、とにかく、思いついたことを試したくて仕方がなかったらしい。
「彼の護衛をした人間は、自分にも危害が及ぶ、護衛しにくいって言って断る者が多いんだ」
「ああ、おじさん、面倒見が良いものね」
「なんだかんだ言いつつ、その魔術師さんの好きなようにやらせていたのね」
ふたりとも鋭い。素晴らしい推理能力である。ジェイクが分かりやすいというのではないはずだ。
ジェイクは苦笑しつつ、とにかく、ある程度の事情を掴めて納得したミオとメイの様子に、安堵した。
そうして、組合からの呼び出しは無事に幕を下ろしたのである。




