38-9.
ジェイクは一歩前へ出てアルルーンたちに向けて声を張った。
「あー、お前ら、ちょっとこっちへ来い。手伝ってくれ」
「手伝ってくれ」それは今、アルルーンたちには福音ともいえる響きを持っていた。
すすすす、と滑るようにジェイクの周囲に集まる。
「お前ら、手伝おうとしてくれているんだよな?」
わさわさわさ。
人で言うとさしづめ、こくこくこく、とばかりに上下をさせる。なにをか。もちろん、葉だ。わさわさわさ。
「分かった。じゃあ、サルトスを手伝ってくれ」
「えー。僕の手伝い?」
「えー」とは言いつつも、顔がゆるんでいる。なぜに、嬉しそうなのか。
「なにかあるだろう。ほら、彼らは魔力があるし。ああ、そうだ。植物の世話なんてどうだ。同じ植物だから、他の取り扱いが難しい植物でも大丈夫じゃないか?」
「ああ、なるほどね。ううん、そうだな」
そうして。
アルルーンたちはアルルーンを育てるようになった。
「アルルーンがアルルーンを……まあ、育てるのが難しいと聞くし、当事者なら勘所がつかめるのかな」
アルルーンたちはサルトスから苗や植木鉢、魔力を含有する石、如雨露などの説明をわさわさと聞いた。
ひととおり解説が終わると、アルルーンたちは二手に分かれ、それぞれ一列に並んで向かい合う。
「なにをやっているんだ?」
根っこを踏ん張り、前傾体勢となり、腹、いや、おそらく彼らからしてみれば、顔を突き合わせてにらみ合っているのだろう。
そして、ぷい、とまんまるの腹が弧を描いて反転し、それぞれさっとばかりに作業に取り掛かる。
「なんだなんだ」
なにが始まるというのか。
アルルーンがアルルーンを育て始めた。二手に分かれたアルルーンたちが競い合うようにして。
アルルーンがアルルーンでアルルーン。
もう、わけがわからない。
わっさわっさである。
「……予想以上に増えそうな気がする」
「いや、アルルーンって、貴重なんだよ?」
「だが、その貴重な素材も、かわいそうで実験に使えないんだろう?」
「うっ。でも、ほら、彼らは抜け落ちた根や葉を自分たちからくれるし! それに、アルルーンが育てたアルルーンが自由に動けるとは限らないしさ!」
「動いたら?」
「え?」
「これ以上増えた時のことを考えておくんだな。工房には入りきらないだろう?」
邪魔になるし。
口には出さないジェイクにサルトスは悟り、微笑んだ。
「そうやって言葉に気を使って、彼らの思いをくみ取るからこそ、懐かれるんだろうね」
サルトスの聞き捨てならない言葉に反論する言葉を、ジェイクは持ち得なかった。
なお、Sランク錬金術師サルトスは小さいサイズのスコップや如雨露を注文した。アルルーンが使いやすいように。踏み台や台車などもアルルーンサイズで。
増える一方である。
さて、後のできごとである。
サルトスが育てる希少な薬草は、もはや自生どころか意志を持ち自発的に活動する不思議生物だった。さすがはSランク錬金術師といったところか。そして、その庇護のもとで増え続けたアルルーンは人間を模し、情感豊かに活動し、アルルーンを育てた。
いずれも個性豊かなものである。
中にはすらりとしたものや筋肉質っぽいものも、くびれや胸のふくらみのような色っぽいものまでいろいろある。だが、全体的にはぽってりした丸っこいのが多い。
雄株と雌株があると思われているが、実際は両性花である。ごくたまに果実、種子を残す。
アルルーンはそれらを大切に育てる。
「人や動物がアルルーンの果実を食べれば幻覚を見ると言われている。人によってはそれが未来視なのだという」
まだ実証されていないという。
アルルーンたちはそれぞれ個性を持つに至った。
中には文字をなんとなく理解していそうな者がいたので、試しにサルトスが教えると、ぐんぐん覚えだした。そして、書を読むにまで至った。
あれこれ読む。
恐ろしいのはそういった知識がほかのアルルーンたちにある程度共有されることだ。
たまに集まってはわさわさやっているのはそういうことなのだろうか。
「ひと株に教えれば、ある程度のことをほかの者もやれるようになっているから、やりやすいよ」
サルトスなどは暢気なものだ。
「また、チロ君たちと会えると良いねえ」
わっさわっさ。
異種族の友を持つ。
アルルーン。
不思議生物である。
彼らが提供するその根や葉は、多くの薬や魔道具に用いられ、文化の質を向上させた。
それらは鉱物の魔銅、魔鉄、魔銀、魔鋼、魔水晶のように、魔力を通しやすい植物素材であり、扱いや加工が難しく、多くの者が研究に取り組んだという。
Sランク錬金術師の工房で濃い一日を過ごしたため、その日の朝にあった査問会議のことなど頭から吹き飛んでいたミオとメイである。
飽和状態の頭はそれ以上の思考を拒否し、宿に戻って食事をしたかどうかも記憶があやふやだ。
しかし、そこは若い女子ふたりである。
ひと晩ぐっすり寝て起きたら復活した。さらに言えば、王都である。人も物も雑多にあふれる。
「買い物しましょう!」
「王都で買い物!」
こういう時、ジェイクは自分は留守番をすると主張した。だが、今回ばかりはふたりから目を離さないことを選んだ。黙ってついていった。
「チロ、バスケットから出るなよ? 欲しいものがあったら買ってやる」
「なうん」
チロはきらりと目を輝かせた。
「ネズミ騒動で活躍したから、チロちゃんもいっぱい貯金があるからね」
「おじさんの冒険者稼業を手伝っているから、取り分ももらっているし」
ミオやメイ、ジェイクはチロは高度知能を持ち、ある程度意思疎通ができるのだから、彼の労力分は本人に渡すべきだと自然とそうしていた。
そのため、幻獣でありながら、貯金を持っているのだ。
「チロちゃんも初めての街に来たんだから、あれこれほしいものね!」
「なん!」
ミオの言葉に、やる気満々、いや、この場合、食べる気満々でチロが鳴き声を上げる。チロは着る服も装飾品も必要としないから、もっぱら食べ物に関心を向ける。料理上手な姉妹とともに暮らしているから、質の高い食に慣らされてしまった。
そんなわけで、午前午後とも、一日中買い物を続けた。目についた屋台であれこれ食べたから、昼食をとる必要はなかった。
「せっかく王都へ来たのだから!」
ミオとメイはあちこちをめぐって<モウモウの槍>を探した。
魔道具取扱店だけでなく、武器屋もめぐって、ふたりは数本手に入れた。
それ以外にも錬金術の素材や服や靴やかばんなどの他、リージュの知人への土産を買いこんだ。相当な散財ではあったが、王都にはもう来る機会はないかもしれないとばかりにあれこれ購入した。
普段が堅実なふたりを見てきたジェイクが驚愕するほどであった。
「【おだやかなサンシキスミレ】があるわ! ということは、【すやすやのラベンダー】もありますか?」
「もちろん、ございますよ」
「こ、これっ! 【夢みる玻璃】?!」
「お! 良く分かったね、お嬢さん」
「【夢みる橙玻璃】や【夢みる緑玻璃】もありますか?」
「あるよ!」
ミオとメイが興奮した声で買い物する傍ら、チロがとある屋台に向かって身を乗り出す。
「にゃうんにゃうん」
「あれを食べるのか?」
「いらっしゃい、イノシシ肉のチャーシューだよ!」
試しに少し買ってやると、チロは気に入った様子である。
「なん!」
「もう少しくれ」
まだ食べたそうにする様子に店主に貨幣を渡す。
「ネコにはちょっと味が濃いんだがねえ」
「グルメでな」
幻獣だとは言えず、端的に事実だけを伝える。
「はっはっは、味がうるさいのがうちのを気に入ってくれたなら嬉しいねえ!」
そう言って、おまけしてくれた。
チロははふはふと呼吸するのも忙しく食べる。
そのうまそうに食べる姿が呼び水となって、屋台に人が集まって来た。
その日の夕方、ふたりと一匹は非常に満足げで、王都へ来た甲斐があるといわんばかりだった。言いがかりをつけられての査問会議召喚ではあったが、ただで転んではいけないのだ。
「おじさんのおかげで、サルトス師の口添えをもらえてなんとか査問会議を乗り越えられたわ」
「サルトス師のお話を聞いて、工房も見学できたわ」
難事を乗り切ることができて、なによりである。




