38-8.
さて、ミオとメイがサルトスの工房でその弟子たちの錬金術を見学させてくれるというので、喜んで行ってしまい、取り残されたジェイクはアルルーンを観察することにした。チロの監視も含んでいる。
サルトスが傍らで記録をつけ始めた。
観察その1.
二本の根っこの先を絡み合わせて、よし、とばかりにうなずく。
わっさ。
葉がざわめく。
「人間みたいな仕草をするな」
「今までにないことだよ!」
「そうなのか?」
「うん、君たちの影響を色濃く受けているね」
「誰もこんな仕草をしていないんだがなあ」
「今まで見ていた人間がしていたのを思い出して真似しているのかな?」
観察その2.
ふう、とばかりに根っこで額———葉の生え際の下辺りをぬぐうしぐさをする。
「額というか、顔、ないだろう」
「まあ、大体、人間に置き換えて見たら、ということじゃない?」
「人間に置き換える必要があるのか?」
観察その3.
二本の根っこを左右に広げ、付け根をぴくりとさせる。
「これはあれか。肩をすくめる、というやつか」
「あはは、むかつく」
「ちょ、そんな程度で?」
「なんか苛立つ仕草ってあるよね。もちろん、こんなことで葉をむしろうなんて思わないから!」
観察その4.
アルルーンたちは横に並んで互いに根っこの先を絡み合わせる。ちょうど、人が隣の人と手をつなぐようだ。そうやって一列に連なったアルルーンたちが床についた根っこの先をくい、と持ち上げた。下して、次は違う根っこを持ち上げる。まるで、踊っているかのように、根っこを上げた時にはやや胴体を斜め向かせる。
上げる、下げる、上げる、下げる。
くい、くい、くい、くい。
「なんだ、これ」
「応援、かなあ?」
「え、応援?! 呪いの踊りかと思った」
「ええ?! 呪われるの?」
観察その5.
アルルーンはサルトスのコレクションである魔力を帯びて不思議な色あい、模様をなようする石といっしょに植木鉢に入っている。
植木鉢の縁に、ちょこなんと根っこ二本を置いて身体を支えている。緑の葉はつやつやわさわさしている。
それを見たチロ、空いている植木鉢に入ってみる。
なんか違う。
表情がそう物語っている。チロはすぐに植木鉢を出て、バスケットへもぐりこむ。
うん、こっち!
満足げな顔つきになる。
植木鉢とバスケットに入って互いを見つめ合い、にっこり(たぶん)する一匹とひと株。
「仲良いな」
「本当にねえ」
観察その6.
「いくら希少で有用な薬草だとしても、もう根や葉を切って使うことはできないんじゃないか?」
「そうだね。こちらからはね」
「というと?」
ジェイクの疑問に答えたのはサルトスではなく、アルルーンだった。くいくい、とズボンのすそを引っ張られる。
「うん? なんだ?」
見下ろせば、アルルーンが数株集まっている。ひと株が前に出て、他の株は互いに集まった株の後ろに隠れるようにして様子をうかがっている。
「どうした?」
野生動物は素早い動きをするとおびえる。ジェイクがゆっくりした動作でしゃがみこむと、前に出ていたひと株が根っこでなにかを差し出してきた。
「これは?」
「アルルーンの葉や根だね」
サルトスもかがみこんでのぞき込む。
「……自分で切るなりむしるなりしたのか?」
自分たちの話を聞いていたのか、とジェイクは自身のうかつさを後悔する。
しかし、アルルーンたちはわっさわっさと葉を横に振る。
「自然と抜けたんだよね?」
サルトスの言葉に、今度はわっさと上下に振る。
「くれるの?」
もう一度、わっさと上下に振る。
「ほら、くれるんだって。受け取りなよ」
「え? 俺? サルトスにじゃないのか?」
「ジェイクに、だよねえ?」
サルトスはアルルーンたちにたずねた。わっさと上下に葉が振られる。
「お、おお、そうか。ありがとうな。あー、それで、これ、さっきいた姉妹ふたりに渡していいか? 彼女らも錬金術師で、お前たちがくれたものを俺よりも有効に使うだろうから」
わっさ。
アルルーンたちは一斉にうなずいた。
「そうか。じゃあ、渡しておくな」
「なんだか、人間じみているというか。言葉が通じなくてもジェスチャーだけでコミュニケーションが取れるって本当なんだな、っていうか」
「君たちのおかげで、観察記録が増えて増えて。とてもありがたいよ」
そんな風にしゃべっている間に、ミオとメイが戻って来た。
上気した顔からは、充実したひとときを過ごしたことがありありと見て取れる。あれこれ話すふたりに、ジェイクが思わず唇をほころばせる。そんな三人を、サルトスは微笑まし気に見やった。
さて、人間を他所に、騒動が勃発しようとしていた。
アルルーンにチロが噛みつこうとする。
「あ、こら、だめだぞ」
すかさずジェイクはチロを抱き上げる。その腕の中から片前足を伸ばし、ちょいちょいと足先ですくうようにする。
アルルーンも応戦して、根の一部を前へ繰り出し、引っ込め、を繰り返す。人ならば拳を突きだし引っ込めているかのようだ。
「ほら、ふたりとも、ふざけていたら、けがするぞ」
「ふたりっていうか、この場合、一匹とひと株?」
サルトスがらちもないことを言う。
他のアルルーンはジェイクの足にしがみつき、こわごわチロを覗き見上げている者もいる。
「チロを抱える俺から遠ざかれば良いのに、なぜ、わざわざしがみつく? 怖い物見たさ?」
「あのね、アルルーンさんたち、チロちゃんは良い子だよ! わたしたちが採取に行くとき、魔獣の出現に一番早く気づいて知らせてくれるもの。ね!」
「ああ、あれはすごいな」
「なうん!」
チロが自慢げにあごを上げて鳴く。尾がふらふらと左右に揺らぐ。
ちらりとアルルーンたちを見やり、ふふんとばかりに鼻を鳴らす。
アルルーンたちは根っこをびびっと震わせる。
さあっと部屋の片隅にあつまり、顔を突き合わせてなにやら相談しているようだが、どうにもまん丸の腹を突き合わせているようにしか見えない。おまけに、全員がひとところに集まるものだから、わっさわっさと葉が集中して、邪魔だ。
相談事はまとまったらしく、さっと振り返る。
そして、わささ~と案外素早い様子で部屋を出る。
「どこへ行くの?」
驚いてアルルーンたちの後を追うサルトスに、ジェイクたちもついていく。
アルルーンたちは工房のあちこちへ散らばり、手、もとい根っこを出し始めた。
「え、ちょ、ちょっと、なんですか。なんなんですか!」
はじめはわさわさするアルルーンに弟子たちは戸惑うばかりであった。アルルーンは希少な薬草であるからだ。しかし、工房にはたくさんの機材やその他の錬金術素材が置いてある。さらには長い年月を費やし、まだ完成していない研究物がある。
「ああっ、あぶない!」
「あ、こら、邪魔するな!」
「あー、もう、あっち行って!」
弟子たちは次第に苛立ち始めた。
アルルーンたちは行動から察するに、手伝おうとしたのだろう。しかし、意思疎通があまりできない研究員の邪魔にしかならなかった。葉がわっさわっさだし。火が燃え移ったら大変だし。燃えると毒ガスが発生しそうだし。
「あいつら、チロに対抗しようとしたのか」
ジェイクは頭をがりがりとかいた。
育て主であるサルトスなどは興味深げにその行動を観察するばかりで、事態はいっかな収束しそうになかった。
「おじさん、アルルーンたち、むきになっているだけだよ」
「なんとかならないかなあ」
ミオとメイがジェイクの両脇で困惑したように見上げてくる。
「そうだな。じゃあ、責任者に押し付けよう」
ジェイクはにやりと笑った。




