38-7.
本と不思議な模様の鉱物、それ以上に奇妙な生物に囲まれた部屋で茶を飲みながら、Sランク錬金術師の話を聞く。
未だに状況が呑みこめないでいるミオとメイは事の成り行きを茫然と見守る他なかった。
幸いと言っていいのかどうか、サルトスへは主にジェイクが受け答えしている。
「アルルーンの別名はね、「愛のリンゴ」と言うんだ」
「ずいぶんとまあ、」
「ふふふ。媚薬効果があると勘違いされているけれど、要は昔から子授かりの霊験あらたかな植物とされてきたんだ」
「リンゴのようにお腹がぽってりしているからと思ったわ」
メイがこっそりとつぶやく。
そのぽってりした腹は、いまやチロに寝っ転がされて、前足でちょいちょいつつかれている。
根っこをじたばたとさせているが、本気で嫌がった場合はもっと素早く動いて立ち上がるだろう。
じゃれているのだ。
ほほえましい光景であった。
チロとアルルーンはじゃれ合ううち、興奮が高まったものか、いつの間にか根がしなり、チロの顔に向けて打ち付けようとする。ホワイトタイガーは機敏にそれを避ける。そして、牙をむき出しにする。しかし、威嚇というには迫力が乗っていない。チロの威嚇は生物に恐怖を与え身体を一瞬間硬直させる。それから、そのまま固まっているか、反射的に逃げ出すかはその時々ではあるが、とにかく、まだ軽いものだった。
チロは丸っこい身体に飛びつき、両前足で抑え込もうとする。アルルーンも根っこをしゃにむに振ってあらがう。
興奮してチロの尾が膨らむ。アルルーンの葉もわっさわっさと揺れる。
目線を送った者たちは視線を回収してふたたび話に戻る。
「僕はアルルーンを見つけて育てて、株分けしていくつか増やすことができた。そのうち、自身の意思で動くようになったんだ。でも、こんなに活き活きと動いているのなんて、見たことがないよ」
ふだんでも素早く動くことはある。けれど、こんなに楽しそうに活動するのは初めて見るという。
楽しそうに活動する薬草ってなんだ。
「まあ、チロもある意味、不思議な生物だからな」
「チロ君は人間の言葉を正確に把握しているし、相当に高度な知能を持っているね」
話は錬金術のことに移り、ミオとメイは興味を持って耳を傾ける。
錬金術を行使する上で魔法陣を描く際、鍋をかき回す柄で、あるいは素材を粉末状にしたもので、といった様々な手法を用いる。他に、特殊な紙に特殊なインクで書いた魔法陣を鍋に放り込んで溶かすという方法があるという。
サルトスは魔法陣を虚空に指で描くだけで錬成は発現するのだという。
「仮に自由を奪われても、眼球や舌の動きでも可能だよ」
規格外すぎて、話を聞く三人は唖然とする。錬金術に明るくないジェイクでさえだ。
さらには、素材の処方も簡単にするだけで錬金術を行使することが可能だという。
「時間がないときはほとんど手を加えず、あとは魔法陣だけで錬金術を行使することもあるなあ」
のんきに言うが、ミオとメイの作業を手伝ったことがあるジェイクにすら、冗談のように聞こえる科白である。
そんな風に話をしていると、いつの間にか静かになっていた。
窓際の日当たりの良いところで、チロがアルルーンの丸っこい腹をまくらに眠っていた。丸まるチロの腹と後ろ足の間に他のアルルーンがうずもれ、柔らかい白い毛から葉を出している。
三者ともに、すやすやという音が聞こえてきそうなほど、安らかだ。
「仲、良いなあ」
「そっとしておきましょう」
ミオとメイがジェイクと出会ったところから、サルトスは聞きたがった。
「おじさんは採取についてとても詳しかったんです」
「錬金術師の採取の護衛をしたときに教えてもらったって言っていました」
それがまさかSランク錬金術師だとは想像だにしなかった。
「ジェイクはなんでも興味を持って聞いてくれるから、話し甲斐があってね」
あれこれと伝えたのだとサルトスは昔を懐かしんで目を細める。
「文字も教えてもらったからな。あれは大分役に立ったよ」
そんな風に話していると、鳴き声がする。
「なうん」
「あら、チロちゃん、起きたの?」
「水を飲もうか」
ミオとメイがチロの水入れを出してそこに水を入れる。サルトスに断って床に布を敷き、その上に水入れを置く。
のどが渇いていたのか、チロはすぐさま水を飲み始める。
わさわさ。
サルトスの足元にアルルーンが群がる。
「ん? 君たちも水が欲しいのかい?」
わっさ。
一斉にこっくりと葉を上下させる。
「じゃあ、植木鉢に戻りなさい。水をかけてやるから」
わさわさ。わさわさわさ。
アルルーンたちはいそいそと植木鉢に入っていく。慌てすぎて、ふた株がひとつの植木鉢にかち合って、ちょっとばかりいさかいが起こったが、ミオとメイが空いた植木鉢をすぐそばに移動させてやったら、そそくさとひと株が移動する。
サルトスはそれらをにこやかに眺めつつ、如雨露で水をかけていく。
わさわさわさわさ。
「アルルーンたちものどが渇いていたのね」
「そうだね。魔力もいるかい?」
わっさ。
一斉にこっくりと葉を上下させる。
サルトスは根元の方に水をやっていたため、葉が動いても水を弾くことはなかった。
「じゃあ、新しい石を足しておこうか」
この石は魔力を多く含有しており、ここからアルルーンは魔力を得るのだという。
「このアルルーンたちは自分たちで出入りするけれど、地面に埋まっている場合、引っこ抜くのは命がけ、というのは本当なんですか?」
ミオの質問にサルトスは首を傾げる。
「耳栓をするか、犬に縄をかけて引っ張らせている間に人間は遠くに非難する方法や、周りに剣で三重の円を描き、西の方を見ながら切るとかいう説があるねえ」
「へえ!」
「遠くに避難する方法は本で読んだことがありますが、剣で円を描くというのは初めて聞きました」
ミオやメイにとって、サルトスから聞く話は学ぶところが多い。その豊富な知識量に尊敬の念はいや増すばかりである。
さて、人の言葉を解するチロは、自分ならばこうだとばかりに、アルルーンの葉に噛みつき、踏ん張って植木鉢から抜こうとした。
アルルーンは懸命に根っこ二本で植木鉢の縁を掴んで抵抗する。
「チロちゃん! だめよ!」
「なうん」
ミオの制止の声に、すぐさまやめてとろりとした鳴き声で答える。
「アルちゃん、大丈夫だった? 葉は破れてない? 根っこは?」
メイはいつの間にか、アルルーンに愛称をつけた。
そのメイが植木鉢に屈みこんで心配する。
わさわさわさ。
まるで、大丈夫と答えるかのように葉を振る。
「チロちゃん、今のはふざけすぎよ」
アルルーンが平気そうなのに安堵したミオがチロを叱る。
「なぅん」
チロがうなだれる。
慌ててアルルーンが植木鉢から出てきて、チロの傍らに寄り添い、ミオに向かってわさわさと葉を振る。
まるで、遊んでいただけだからと、とりなしているかのようだ。
「ふふ、そうなの、一緒にふざけ合っていたのね? 結構頑丈なのかしら。でも、怪我するかもしれないから、ほどほどにね」
「なん!」
わっさ。
ミオに元気よく応えた後、一匹とひと株は互いを見合って、前足と根っこでつつき合い始める。その後、尾と根っこを絡めて寄り添っていた。
「仲が良いな」
チロは今まで、周囲に人間ばかりいたので、背丈がそう変わらない、つまり目線が同じである対象と初めて出会ったのだ。アルルーンに目はないけれど。
ともあれ、両者ともに不思議生物なのだから、どこか相通じる部分があるのだろうとジェイクは考えた。
「種族を越えた友情、かなあ」
サルトスも腕組みして考察する。
高度知能を持つ不思議生物どうしの交流であった。
そんな風にして、アルルーンたちはチロとジェイクのおかげでずいぶん、動きが活性化して、その意思も大分読み取れるようになったのだという。
「サルトスはもともと、なにを言わんとするのか分かっていたんじゃないのか? というか、俺もなのか?」
「こんなに活発に動かなかったよ。君やチロ君のおかげだよ!」
嬉しそうに言う。
Sランク錬金術師にそういわれたジェイクはアルルーンたちを観察してみることにした。ミオとメイは工房を見学するかと聞かれて一も二もなく希望したので、ジェイクは手持ち無沙汰になったということもあった。工房を経営するふたりにとってはまたとない機会である。
明日は買い物をしたいという。観光ではなく買い物だ。半分は錬金術の素材が目当てだろう。
言い掛かりで査問会議に召喚されたのだから、そのうっ憤を買い物することで晴らすのだそうだ。ジェイクはその晩、宿に戻る前に、カリスタに向けて、査問会議は問題なく終了したことと、王都に数日滞在する可能性をしたためた手紙を出しておいた。




