38-6.
「ア、アルルーン?!」
ミオはぽかんと口を開く。
どこかでSランク錬金術師が育てていると聞いた。
そうだ、アガサから聞いたのだ。そして、ミオはまさしく今、そのSランク錬金術師の工房にいる。なんなら、彼の私室に招じ入れられている。
【神秘のアルルーン】は人間の下半身の形と似ていると言われる薬草だ。
さまざまな伝説がまつわる。一番有名なのは、根を掘り起こすときに、死をもたらす悲鳴をあげるというものだ。
希少な薬草とされ、高値で取引され、偽物まで横行する。それゆえに錬金術師組合も薬師組合も厳しく取り締まった。魔力を多く含有することから、魔術師組合も注目した。
「うん。育てているうちに身内みたいな感覚になっているから、【神秘のアルルーン】じゃなくてアルルーンって呼んでいるんだよ」
ミオとメイは呆然とサルトスを眺めた。
素材を育てるうちに、身内感覚になるとはどういうことだろう。あれか、植木鉢に水をやりながら声をかけてやると、受けた愛情分、良く育つというやつか。
しかし、【神秘のアルルーン】とアルルーンの間には決定的な違いがあった。
さて、チロもまた、とあるものを見出していた。
アルルーンである。
「なうん」
「チロ、バスケットから出るな」
それまでおとなしくバスケットに収まっていたチロが身を乗り出し、するりと身体を伸ばして床に下りた。その動きは素早く、はばもうとしたジェイクの手をすり抜ける。
チロが音もなく向かった先には植木鉢があり、緑の艶やかな葉を飛び出している。
わさわさわさ。
チロが近づくと、葉が動いた。
そう、風も吹かないのに、葉がひとりでに動いたのだ。
ミオとメイが声もなくそちらを凝視する。
「にゃうん?」
チロが鳴くと、とたんに半放射状に伸びていた葉がぴんと天を向く。
と、もぞもぞと葉が動き、根が植木鉢の縁に掛かる。そう、根もまたひとりでに動いた。
よっこいせ、とばかりに植木鉢から出てきたのは、さながら蕪のように丸っこい大根だ。色はゴボウに似て茶褐色で根がひげのようにたくさん生えている。
「あれ、勝手に動いている!」
「も、もしかして、」
「そう、あれがアルルーンだよ。チロ君に驚いたみたいだね」
チロも君付けか、とジェイクは明後日なことを考える。昔から、サルトスの感性にはついていけないところがあった。相変わらずである。
ジェイクの感慨をよそに、植木鉢から出てきた丸っこい不思議生物、アルルーンは根で立ち上がっていた。
葉の下に根がある。ぽってりしている部分が顔や腹に見え、その先にいくつも枝分かれしている根の先の部分で床に付き、直立している。上部の根が自在に動き、まるで短い腕のようだ。かわいい。
植物が自身の意思を持って自在に動く、というだけでものすごい出来事だ。
ミオとメイなど驚きすぎて声もない。目は釘付けだ。さもありなん。
「なん!」
アルルーンはひと株だけではなかった。植木鉢は数個あって、そこからずるりと出てくる出てくる。ぽってりした丸い腹のアルルーンたちは自在に動いた。たまに茂りすぎた葉にバランスを崩して足を(根を?)取られている姿もご愛敬である。
チロは初めて見るアルルーン、不思議生物たちに興味津々である。さらに、対象は動くのだ。動くものを追う習性が刺激される。
唐突に追いかけっこが始まる。
アルルーンたちはチロに追い掛け回され、逃げ惑う。
「鳴かないんだな」
「うん、そうなんだけれど、そんな感想よりも、君のところの幻獣を止めてくれる?」
ジェイクとサルトスのやり取りに、おじさん、案外面白かったのねとか、大物だわといった感想を、ミオとメイはそれぞれ抱いた。
わさわさと動き回るアルルーンたちであったが、うち、ひと株が向きを変えて、立ち向かう!
チロとアルルーンひと株、両者は互いを認識しあったとたん、静止してにらみ合う。距離を取ったまま、しばらく動かない。
チロが四肢を踏ん張る。
アルルーンも床を踏みしめる根っこに力を入れる。
緊迫の糸が張り詰める。
と、チロが、アルルーンが、同時に床を蹴って互いに向けて跳躍する。
カッ————。
中空で一匹とひと株は交差する。
すた、と同時に一匹とひと株は着地する。
くるりと反転し、向き直る。
ふ、と微笑み合ったような気がする。アルルーンに顔はないけれども。雰囲気で。
なお、蛇足ではあるが、「カッ」というのは効果音であり、ぶつかってはいない。両者にけがなどはない。念のため。
「……お前ら、大丈夫なのか? 傷はなさそうだが」
「なうん」
チロが両前足を揃えて上半身を支え、腰を下ろした格好で、ジェイクを見上げて鳴き声を上げる。
アルルーンは根っこの一本をぐっと根っこを一本前へ押し出す。その先がくいっと上がっている。
サムズアップのようだ。
平気さ!
だろうか。きっと。
「そ、そうか。無事なら良いんだ」
気づけば、ジェイクの両足に、アルルーンがわらわらとつきまとっている。どうやら、一匹とひと株の対決(?)を固唾を飲んで見守っていたらしい。アルルーンにつばを飲み込む口も見つめる目もないけれども。雰囲気で。
「懐かれているなあ。あれかな、アルルーン認定者?」
その様子を見て、サルトスが目を丸くする。
「なんだ、それ」
思わずジェイクは顔をしかめる。
「アルルーンに認められた人間」
ジェイクはがっくりと肩を落とした。
脚にぽんとなにかが当たる。
見下ろせば、アルルーンのひと株がジェイクの脚に根っこでぽんぽんとはたいている。そして、別の根っこの一本をぐっと前へ押し出す。その先がくいっと上がっている。
サムズアップだ。
頑張れ!
だろうか。たぶん。
「いや、大きなお世話だ! というか、そんなものになった覚えはない!」
とたんに、ジェイクの足元にいたアルルーンたちがぴゃっと飛び上がり、ひしと根っこで縋りつく。
「ああ、ほら、君がそんな邪険なことを言うから」
これ、脚を上げて振り落としたら、酷い人間扱いされるんだろうなあ。
そんな風に思ったジェイクは、すり足で動いてみた。しがみつくアルルーンたちもずるずると前進する。わっさわっさと葉が楽し気に揺らぐ。
「喜んでいる、喜んでいるよ、ジェイク!」
そう言うサルトスこそが手を叩いて喜ぶ。
ジェイクはげんなりして足の動きを止める。とたんに、わーんとばかりにアルルーンの葉が上に引っ張られる。
「もっとやってって言っているんじゃない?」
さすがに飼育しているサルトスは彼らの言わんとすることが分かるらしい。ジェイクも少しばかり分かりそうになって、否定する。
いや、自分には全く意思疎通ができない! 心の中でそう主張するも、呆れて眺めるミオとメイの感想はまた違った。
「サルトス師にしがみつきそうなものなのに、おじさんにずっとくっついたままなんて、」
「おじさん、もしかして、魔力を出力しているの?」
ミオが目を見開き、メイがうろんげな目つきになる。
「ああ、そうなのかな? アルルーンは植木鉢に魔力を含有する石を一緒に入れておくんだよ」
ミオとメイの言葉にサルトスが小首をかしげる。
「いや、サルトスよりも俺の方がまだ頼りになりそうだと思ったんじゃないか?」
「えぇ?! ひどいなあ」
「まあ、それは冗談だが、この中で一番身体が大きいからだろう。———じゃなかった、大きいからでしょう」
あまりのできごとに、うっかり敬語を使い忘れていたジェイクが言い直す。
「ああ、普段通りの喋り方がいいなあ、僕」
そちらの方が良いと言われたので、ジェイクは敬語を使わないことにした。
この調子でアルルーン観察記が二話ほど続きます。
植物が動き回ってジェスチャーするだけの話なので、
そういったお話がお嫌いな方は今しばらくお待ちください。
38-9から話が動きます。
3月6日投稿予定です。
読み飛ばしても特に問題はないと思います。
いっそ、「アルルーン観察記」として分けた方が良いのかどうか迷いつつ、
脳内に浮かんだネタを全部突っ込みました。
資料にさせていただいた本を読んでいる際、
マンドラゴラは出さなくても良いかな、と思いつつ、
フォルムをカブのように丸っこくしたら―――
と妄想したとたん、眼鼻口はなし、根っこと葉っぱだけでジェスチャーし、
動き回る不思議生物が出来上がりました。
自分でも驚くくらいあれこれネタが出てきました。




