38-5.
ジェイクはこう話した。
政治は得意ではないが、高ランク錬金術師。護衛していたときにあっちへふらふらこっちへふらふら採取をしていた。【がまん強いカラタチ】をジェイクに教えた際、「君のようにがまん強いのだ」と言った錬金術師。
それがサルトスという名の、今まで数人しか輩出されていないSランクに座す錬金術師だという。
へたり込んだふたりに、サルトスが弟子たちに言って飲み物が運ばれてくる。慣れている。ふたりのように工房についてから知った者などいないだろう。ということは、工房の中で知り得た事柄で今のミオやメイのように魂が抜け出たような様態になる者もいるのだろう。
「大丈夫?」
「は、はいぃぃっ」
「大丈夫です大丈夫です大丈夫です」
渡されたカップを両手で持ちながら、がくがくうなずくふたりに、ジェイクは自身のいたらなさを実感する。これは、後で正気に戻ったときにこっぴどく文句を言われることだろう。今から腹をくくることにする。
もともと、Sランク錬金術師と付き合いがあるということは極力伏せていた。余禄にあずかろうとする者はあちこちにいる。ミオとメイにも話さなかったのはそういった輩から遠ざけるためだ。今回の件で事情を明かさなかったのは、ジェイクもまた、組合本部からの呼び出し、査問会議という事態に冷静さを欠いていたのだ。
「いや、俺もうっかり話しておくのを忘れていた。すまんな」
「おじさぁん」
「うっかりじゃないよぉ」
ミオとメイが涙目になる。
「まあ、飲みなさい」
ジェイクはなだめにかかった。
査問会議が終了した上に相当な衝撃を受けたのだろう。
「なうん」
「チロもなにか飲むか?」
「なん!」
ジェイクの言葉を正確に読み取り答えるように鳴くチロを見て、サルトスが目を見開く。
「あれ。その子、ネコじゃないね。幻獣?」
「よくわかりましたね」
「おじさん!」
Sランク錬金術師に気安い、とばかりにミオとメイがジェイクをとがめる。
「ああ、構わないよ。君たちも普通にしていてね」
サルトスの方がそれを迎合しているのだと知って、ふたりはふたたび声もなくうなずくばかりだ。
「チロは有翼のホワイトタイガーです。ですが、普段はネコの振りをしています」
「それが良いね。ちょっと待っていて。その子にも水をあげよう」
「ありがとうございます」
サルトスは身軽に自身が動こうとする。だが、不器用というか、はっきり言ってしまえばどんくさい。それで、弟子がすかさず動く。
その隙に、ミオとメイが小声でジェイクに詰め寄る。
「おじさん、護衛した錬金術師って、Sランクのサルトス師だったの?! 」
「Sランクって世界に数人しかいないランクだよね」
錬金術師の他、魔術師と剣士がいる。三人もいるこの時代を人は奇跡と呼んだ。
ちなみにSランクの剣士は<ガウガウの双剣>を使う剣聖だ。「人は裏切っても、筋肉(に裏打ちされたガウガウの剣)は裏切らない」という迷言、もとい、名言を残した者である。
<ニャーニャのローブ>愛用者のバートの憧れの人物である。
「Sランクってどんなレベルなのかしらね」
「一般的にはAランクまでだものね」
Cランクはベテラン、Bランクは一流、Aランクは凄腕と言われる。
「Sランクはな、人外だ」
ジェイクはいたって真面目な顔つきで言う。
「人外?」
人の範疇を越えているという。
「ミオ君は植物素材に詳しくて、メイ君は鉱物素材に詳しいんだってね」
「は、はい!」
サルトスに話しかけられ、ミオが咄嗟に背筋を伸ばす。
「おじさん、わたしたちのことを話したの?」
「ああ、杖を送ったときや、査問会議で口利きを頼んだときに」
メイがジェイクの腕を引いてひそひそと話し合う。
「じゃあ、僕の部屋に来ない?」
「サルトス、いくらなんでもそれは、」
気軽に誘うサルトスに、ジェイクが大真面目な顔つきで言う。しかも、言葉尻を濁す。
ミオとメイは「部屋においで」と言われたことよりも、ジェイクがSランク錬金術師の名前を呼び捨てにしていることに気を取られた。
「え、え? えぇ? ち、違うよ、変な意味じゃないよ!」
「知っています」
あたふたと慌てるサルトスに、ジェイクがしらりと返す。
「な、なんだあ! 冗談か。いやだな、もう。ジェイクは相変わらず、唐突にからかうんだから!」
安堵して笑うサルトスに、周囲の弟子たちは穏やかな表情を浮かべている。こういったなにげないやり取りをサルトスが好むのだということが、彼の信奉者たちの様子からも見て取れる。
さて、案内されたサルトスの部屋は、入った途端、奥の壁一面の書棚が目に飛び込んでくる。書架にはぎっしり書物が詰まっていた。そして、あちこちに鉱物が置かれている。
その鉱物の断面の美しさにふたりは息を飲んだ。サイケデリックな色彩と模様が不思議な妖しさを醸している。
曲線が描くなんといえばよいのかわからない不思議なかたち、それでいて調和のとれた世界がそこにあった。
「「わあ!」」
「錬金術素材となる鉱物は含んでいる魔力の性質や度合いで名称が変わったり、効能が変化するんだ。石も植物と同じく、その中に内包するもの、その成分や効能が重要だからね」
「見たことがない石がいっぱい!」
メイが目を輝かせ、ほほを紅潮させて【目移りするアヤメ】よろしくあれこれ視線をさまよわせる。
「鉱物を断裁されているんですね」
ミオもまた、興味深げに飾ってある石の断面を注視する。
「そうだよ。その方がよく見えるだろう?」
サルトスの言うとおり、様々な模様があった。
奇妙で緻密で複雑。自然の造形の不思議なかたち。吸い込まれそうな、いつまでも見ていられるような心地がする。
「色とりどりね!」
「地層を作っている砂や小石などが強い力で押し固められた岩の隙間にできる石だよ。隙間にできるから、圧迫されて不思議な模様を内包するんだ」
その断面図はさながら異界のもののようだった。
「この縞模様は、まるで植物を閉じ込めたようだな」
ジェイクの言葉に姉妹がそろって覗き込む。チロもバスケットから身を乗り出して眺め、鼻を動かす。けれど、決して触れようとはしない。その点が錬金術師と共に暮らす幻獣が高度知能を持つと分かる、思慮分別をそなえていた。
サルトスはそんな三人と一匹を微笑まし気に眺めた。
サルトスは傍らにある石を指し示す。コントラストの強い縞の連続を持つ鉱物だ。部分的に光って見える。
「この縞模様によって、その性質が変化するんだ」
「劈開と同じなんですか?」
「そうだよ。錬成する際、微細な効果が変わってくるんだ」
採取の仕方によっても、その性質に変化が訪れるのだという。
「へえ!」
メイが以前リージュの鉱山へ採取に行った際、採取道具も高価なものを揃えたくなると言っていたことを、ジェイクは思い出す。採取の仕方によって性質に変化をきたすのであれば、さもあろう。
わずかな性質の変化を求める錬金術を用いる場合には、採取するときから気を付けなければならない。
「これを見て」
次にサルトスが指し示す石には自然の景色を描いた絵画のような、岩石が連なっているようにも廃墟のようにも見える模様が浮かび上がっていた。
隣の石には薄明るい空や波打つ海があった。
「古に、この鉱物を「予兆の石」と言って、占いに用いられたんだ」
それをのぞき込むと、過去・現在・未来が見えるというのだ。精神を飛ばせば、その景色の中で豆つぶのような人が現れ、動いているように見えてくる。その動きを景観とともに読み解く。
「これらの鉱物をアルルーンの植木鉢に入れておくんだ」
サルトスはふたたび雷鳴のような衝撃を与える言葉を告げた。




