38-3.
王都アントウェルは大都市だった。
大河の中州にそびえたつ王城を背景に、高い城壁に囲まれた街である。
主要街道が交わることから、大通りには常に馬車や荷車が走っている。行き交う人も肌や髪の色は様々で、顔つきも多様だ。かわされる言葉も耳慣れないものがあった。
「にゃうん」
チロもバスケットの中で、物珍しそうにあちこちに顔を向け、しきりに鼻を動かす。
リージュやハントにはない物品がたくさんあるだろう。錬金術の素材だけでなく、チロが好みそうな食材も手に入れたい。けれど、まずは査問会議だ。
「指定された日は明日だったな」
「そうよ。意外とぎりぎりだったわ」
「本当。すぐに準備をしてリージュを出たというのにね。組合本部の「今すぐ来い」、っていう意思を感じるわ」
長旅で疲れただろう姉妹と一匹を宿に残し、ジェイクは知り合いの錬金術師を訪ねに出かけた。手紙を出したものの、返事が来る前にリージュを出発した。タイミング的には手許に手紙が届いてそう時間は経っていないことだろう。
夕方に宿に戻ったジェイクと食事をしながら、知人はあいにく出かけていて会えなかったと聞き、ミオとメイは肩を落とした。
「ただ、手紙は受け取ってあれこれ動いてくれているようだよ」
弟子がそう言っていたという。
敵ばかりではないかもしれない、ということは大いになぐさめとなった。食欲はなかったが、食べなければとミオはとにかくスプーンを動かした。
メイが王都のことなどをあれこれ話すのは、せめて明るい雰囲気を、という気遣いだ。チロも不穏な空気を感じておとなしくしていた。
そして、翌日、査問会議の日を迎えた。
「ここが錬金術師組合の本部……」
「大きいわねえ」
四階建ての石造りの建物は背後にひときわ高い塔を持つ。立派で、ただでさえ緊張するミオを威圧してくる。メイがそっと手を握って来るのに、ミオも力をこめる。
どちらからともなく視線を合わせると、ひとつ頷いて一歩前へ出た。ともかく、進まないことにはどうにもならない。
入ってすぐは広々としたエントランスだ。奥にカウンターがあり、その向こうに書類がたくさん積み上げられた机が並んでいる。周辺を忙しそうに書類をめくる者、立ち働く者、書類を片手に質問する者、様々だった。そのカウンターの隅に「受付」とあったので、そちらへ向かう。
声を掛け、査問会議に召喚された旨を告げると、しばらく待たされ、階上の右奥の部屋へ向かうように言われる。
「付き添いの方は入室せず、廊下でお待ちください」
ちらりとジェイクが持つバスケットに入ったチロに視線をやる。しかし、チロは「自分はおとなしくて物静かなネコですよ」と言わんばかりの表情で見返す。それが功を奏したのか、組合本部の職員は言及しなかった。
そして、とうとう、指定された部屋の前に立つミオは大きく息を吸った。メイの手を離し、ふたりと一匹を振り返る。
「じゃあ、行ってくるわね」
「がんばってね!」
「待っているから、言いたいことを言っておいで」
「なうん」
「うん!」
声援を受け、力をもらい、ミオは重い扉を押し開いた。
広い部屋にはコの字型にテーブルと椅子が並び、そこに相対するようにして、椅子がぽつんと置いてある。
部屋には職員らしき人物がおり、椅子を指し示す。
「こちらに座って委員が揃うのをお待ちください」
「はい」
ミオが座るのを見届けると、職員は忙しそうに退室した。
ふたたび、待つことになる。
唐突に扉が開かれ、年配の男女が入室した。ミオが入って来た扉とは異なるもので、横手にあるものだ。
全員が着席した後、司会進行役を務める者が自己紹介した。ミオに向けてではなく、委員たちに向けて。
委員たちは無表情に近く、強いて言えばこわばった顔つきで、どこか緊張している風ですらあった。
ミオの下に届いた査問会議への召喚状と同じ内容が読み上げられる。
「よって、本日、当事者より事の次第を聞くものとする」
そう言われ、ミオは誤解であることや件の貴族の言い分は不当であることを訴えた。
ひどく喉が渇き、しどろもどろになりそうなのを、なんとかこらえた。
居並ぶ委員から質問され、自分は適正に客対応をしただけだと主張する。
しかし、それだけだった。もっと深く追及されるものと思っていたし、それに対する明確な証拠などありはしなかった。
なのに、ミオの言い分を否定せず、頭ごなしに決めつけられることもなかった。
正直なところ、拍子抜けする。
「他になにかございますか?」
進行役がひと渡り周囲を見渡す。
「質問してもいいですか?」
中央付近に座った若い男性が声を上げる。
「———っ! も、もちろんです。どうぞ、なんなりと!」
進行役がびくりと肩を跳ね上げる。
くすんだ金髪、好奇心が隠し切れない水色の瞳の男性で、居並ぶ貫禄がある者たちからしても、柔弱な雰囲気がある。だというのに、進行役は緊張を隠し切れない様子だ。
ジェイクより少し年下くらいの男性はミオにあれこれ質問する。査問会議とは関係のない内容のことだった。
「君が<モウモウの槍>を<ブモォォの槍>に改変した、ええと、お姉さんの方だったらミオ君かな?」
「そうです」
彼の言い様から、ある種の予感を抱きつつ答える。
「ランクアップ試験の提出物も見せてもらったよ。<コケコッコの時計>のカスタマイズ、あれも面白いね」
予想通り、どうやったか、ミオとメイのランクアップ試験の提出物を目にしたのだ。もしかすると、ランクアップ試験の試験官なのかもしれない。ミオは違う緊張感を覚える。
「ありがとうございます」
「鳴き声シリーズの魔道具の研究しているんだったね?」
身を乗り出して興味津々だ。提出した活動報告書には成功したものだけでなく、失敗した事柄も記載したので、ちょっと気恥ずかしい気持ちになる。この場にいるような人物なのだから、それなりにランクの高い錬金術師だろうから、ミオとメイがやることなど、彼にとっては児戯に等しいのではないだろうか。
「はい。はじめは消費アイテムの改良を行っていました。うまくいったものとそうではないものがあります。あとはお客さんが持ち込んでくる鳴き声シリーズのメンテナンスや修復を行っています」
恥ずかしさから、ミオはそういうのが精いっぱいだった。なんなら、ご意見があれば連絡くださいくらいは言いたかった。彼の名前を聞いた後はそんな考えなど吹っ飛ぶのだが。
「あ、そうそう、そのランクアップ試験だけれどね、君と妹の―――ええと、メイ君だっけ」
「そうです」
この人物はいったいどんな人なのだろうという気持ちがわく。
「どちらもランクアップしているよ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
嬉しい知らせは、なぜこの人物が知っているのか、という疑惑に邪魔をされ、素直に喜べなかった。やはり、試験官なのだろうか。




