38-2.
さて、査問会議は錬金術師組合本部で開かれる。本部は王都アントウェルにある。
「わたしも行くわ!」
メイが両手をこぶしに握りしめ、身を乗り出して主張する。
「ありがとう、メイ。でも、査問会議には同席できないわよ?」
「それでも、直前まで一緒にいるわ」
王都はハントとは違い、リージュとは距離がある。旅費もかかる。往復する間に仕事もできない。けれど、こんな事態に突き落とされ、ミオが不安に思わないわけがない。メイはミオとずっといっしょにいた。こんなとき、傍にいて手を握ってやらなくて、いつ支えるというのだ。
「それがいいだろう。俺もついていくよ」
「でも、」
ジェイクもまた名乗りを挙げ、ミオは自分を中心としてみながあれこれ巻き込まれていくことに気が引けた。
「いや、そうした方が良い。その方がミオも心強いからな。こういうときは遠慮するんじゃないよ。なに、工房はわたしが店番をしておくから」
カリスタが自分も最近は錬金術に関してそこそこ詳しくなったから大丈夫、と笑う。
「ありがとう、カリスタさん。留守を頼みます」
「だったら、薬なんかの消耗品はたくさん作っておかないとね」
ミオが頭を下げ、メイが腕まくりをする。
「そうだ、ふたりとも、長時間馬車に揺られることになるが、大丈夫か?」
ジェイクはこんな事態でなければ、姉妹は王都への旅を喜んだだろうにと思う。日帰りで行くことができるハントでさえはしゃいだのだ。
手紙を送った王都の錬金術師が動いてくれることを祈った。ジェイクが護衛したのはもう何年も前のことだ。当時は気に入られ、<パオンの圧縮機>がわりにすりこ木を使わされたりなどもしたが、高ランクの錬金術師なだけあって、周囲には人が集まっていた。
忘れ去られていなければ良いが。
そんな風に考えていたジェイクはミオの言葉で失言を痛感することになる。
「酔い止めなら【びっくりショウガ】か【びっくりもかくやのコウリョウキョウ】かしらね」
「ちょっと待て! なんで【びっくりショウガ】が出てくるんだ?!」
「おじさん、いいかげん、【びっくりショウガ】を認めなよ。冬に飲んだスープ、おいしかったでしょう?」
目をむくジェイクに、メイが両手を腰に当ててあきれる。
「相当辛かったけどな」
うまさと辛さが交互に訪れ、身体が温まるどころか、真冬だというのに汗をたっぷりかいた。体内から、それも食材でそんなことになるなんて、錬金術師の恐ろしさを垣間見た気がした。
ケイトたち冒険者ギルドの女性職員が身体の悩みを丁寧に聞いて薬を処方してくれることのありがたみをさんざん聞かされていたが、身をもって知ったジェイクである。
身体の内部から変えられていくのだ。どんな風に影響が及ぶかを熟知している。成人して間もない少女ふたりが、である。
しかし、だからこそ、ミオとメイが慎重であることに、その意味の本質を掴んでいるのだと知り、驚嘆した。彼女たちの師である祖母の教えだという。
なんという明哲さか。
そして、それを飲み込み実践する姉妹の聡明さに感嘆する。
ただ、今は気になることがあった。
「びっくりもかくや、ってどういうことだ?」
恐る恐る聞く。
びっくりもかくや、ということはびっくりよりもすごいということではないのか。
ジェイクは戦々恐々という心境にいた。
「【びっくりショウガ】は乗り物酔いによる吐き気にも働きかけるの。【びっくりもかくやのコウリョウキョウ】はショウガより辛いわ」
【びっくりショウガ】は単なる食材ではなく薬の一種だと言う。
しかし、それどころではない。ミオの言葉に、ジェイクは絶望の境地へ追いやられる。
あれよりも?!
「船酔いなどの酔い止め、失神、めまいなどにも効くわ」
「いや、それを食べたほうがめまいを引き起こして失神するんじゃないのか?」
「あはは、おじさん、うまいこと言うね!」
メイが明快に笑う。
だが、笑い事ではない。
そんなやり取りをするうち、ミオはすっかり平常心を取り戻して薬作成に取り掛かることができた。
もちろん、酔い止めも作った。
「おじさん、移動には慣れているんでしょう? 別に酔い止めを使う必要はないんじゃない?」
「そうだな! ……ミオとメイも酔い止めを無理に使う必要はないんだぞ?」
準備を整えて王都へ向かう乗合馬車の停留所へ向かう道すがら、ジェイクは長身をややかがめてそんな風に言う。最近では採取のときの護衛もチロに頼んでいる。三人で歩くことは久々で、こんな時であるのに、ミオとメイの足取りは弾んだ。
育ててくれた祖母は錬金術師の師匠でもあったし、母親代わりでもあった。しかし、父親役をする者はいなかった。
ジェイクは一緒に暮らしながら虫よけになったし、世情に長けていたので頼りになった。男手があると違う。
世話を焼くのも楽しかった。重い荷物を持たせても嫌がらない。清潔第一と言ってもみた。
なにより、姉妹の事情にうるさく口を出さなかった。恋愛関係にもだ。
ビルはジェイクのどこが気に入らなかったのだろう。その不思議が解明されても、もうおじさんは返してやらないのだ。
天候に恵まれ、乗合馬車は順調に街道をひた走った。
三人でおしゃべりしていれば、あっという間に着くだろう。けれど、ふとした拍子、たとえばメイがジェイクに話しかけている間、ふいに意識が査問会議に向いた際、どうしようもなく冷たい不安が足元から這い上がって来ることがあった。
ミオはお守りをきゅっと握りしめた。
「錬金術師はいろんなお守りを持っているみたいだし、ミオはそっち方面に詳しいだろうから、」
そう言ってレジナルドが冒険者の間で伝わっているというお守りを渡してくれた。長期間不在にするので、出かける前にレジナルドには簡単に事情を説明しておいた。あわただしく出発するはざまに会ったので、そう時間はなかった。事情を知ったレジナルドは自分のお守りを差し出したのだ。
「でも、わたしにくれたら、レジナルドは、」
冒険者の方がよほど危険が多い。返そうとするのを、笑いながら押しとどめられた。
「じゃあ、帰ってきたらそれを返して」
返却するためにはここへ帰ってくる必要がある。
「うん、わかった」
ミオはお守りを握りしめて、うなずいた。レジナルドの気持ちがうれしかった。
馬車が停止した衝撃でミオは回想から現実世界に引き戻された。
乗合馬車は途中、水場で停車して休憩を挟む。座席に余裕があれば、乗車する者が増えることもある。
今回もそうだった。
ただし、人間ではなかった。
「なうん」
すっかり聞き馴染んだ鳴き声がする。
「え?! この声、まさか、」
「チロちゃん?」
乗合馬車から下りて、座りっぱなしだった身体をほぐそうとしたふたりは大慌てで周囲を見渡す。
「上だ」
ふたりに付き添って馬車を降りていたジェイクがいち早く気づく。ミオとメイが視線を上げると、乗合馬車の屋根に這い上っていたらしく、細い頬、太い足が見える。
今回、チロは留守番をしているように言われた。カリスタが店番に来るから、その際、外に出してもらったり食事をさせてくれるように頼んでいた。
「いつの間に!」
「下りておいで」
メイが両手を差し伸べるのに呼応して、チロがするりと下りる。抱きとめたメイが勢い余って後ろに倒れ込みそうになるのを、ジェイクが背を支える。
「にゃうん」
うれしげに尾をゆらゆら揺らしている。
「チロちゃん、もしかして、わたしたちがいつもと違う様子なのが気になったの?」
「チロちゃんも姉さんのことが心配だったのよね」
「なうん」
そうだとばかりに鳴く。
「それでついて来て、馬車の屋根に上がったのか」
馬車に乗る前に気づかれたら帰される可能性があるので、こっそり馬車に同乗したのだ。
頭の良い幻獣である。
「後ろをついて来られても気づくことが出来なかった。チロの隠密はすごいものだな」
ジェイクが感心して唸り声を上げる。
「なん!」
得意げに顎を上げる。
「ここまで来ちゃったんだもの。もういっしょに行くしかないよね」
チロを抱いたメイがミオとジェイクを見比べる。
「そうね。チロちゃんがいたら心強いわ」
「途中の街でバスケットを買うか」
「カリスタさんにも手紙を出して知らせておこう」
まずは、運転手にペットの同乗の許可を得ることにした。
こうして、まんまとチロは王都同行を勝ち取ったのである。




