38-1.組合からの呼び出し
ある日、ミオに錬金術師組合本部から呼び出しがかかった。
「査問会議への召喚状?」
「どうして姉さんが?」
通常、査問会議が認可外素材の使用といった違反、問題を起こしたという疑いがある者が召喚され、開かれる。残念なことに認可外素材の使用は頻発し、事故につながることも多い。
ミオを査問会議にかける理由はこうだ。
「オルブライト卿への愚弄?」
「オルブライト……誰?」
「卿ということは貴族かしら?」
ミオも知らない。
紙面から顔を上げたふたりは目を見かわす。
昼下がりの工房で、組合から届いた手紙をのぞき込んでいる。ふたりとも仕事どころではなくなって、食堂に移動し、座って詳細を読むことにした。
「以前、工房に来た貴族ご一行のうちのひとりみたい」
「ああ、あの!」
五月は貴族たちの中で美しい季節と称される。気温が上がり、空晴れ渡り、乾いた空気と暖かい日差しのもと、やんごとなき人々は活発に行動する。特に、冬の間、館にこもっていた解放感から、少々浮かれたことをしでかす者もいる。
五月に入り日数を重ねたこの季節、それでもまだ河風は冷たいだろうに、ハントからリージュへ移動する観光客の数は増えていた。
その貴族ご一行もリージュ観光に来たらしい。
旅行に来た裕福なものはまず、ペスカ通りや中央広場辺りをめぐり、水路に船を走らせ、街の随所を眺めるものだとメイは言う。
「この場合、船はチャーターするのよね」
工房へやってきたオルブライト卿ご一行はメイの言う通りのコースをすでにたどったと話した。
「特許を取得したという錬金術師がまだ成人したかどうかの若さで、しかも美人姉妹だというではないか」
つまりは物見高さから「ミオとメイの錬金術工房」へやってきたのだという。
応対したカリスタもまた、店主の姉妹を呼ぶように言われ、奥で錬成中であり、用件は自分が聞くと一応は断った。しかし、重ねて要求されては従わざるを得ない。相手は貴族である。どんなことで不興を買ってその権力をふるうかわからない。ミオやメイの外見に惑わされる冒険者とは違う対応になる。
ミオとメイはカリスタから貴族だと耳打ちされる前から、予想をつけていた。
その小集団は婦人三名と男性一名、従者がふたりの六人だった。工房に入れば窮屈である。けれど、ご婦人方が物珍し気に店内を見渡すので、男性陣は狭いから出ようなどとは言えないでいた。
棚に並べたガラス瓶を見て半分ほど広げた扇の向こうでひそひそとささやき合っている。
若い子女がきゃっきゃとはしゃぐのを小声でやっている雰囲気だ。楽しんでいる様子を見て取り、ミオもメイも来客がないときにディスプレイを損ねないように慎重に掃除をするカリスタに感謝した。
カリスタは最近、手が空いたら錬金術便覧や錬金術素材一覧を眺めている。接客するにも知識は必要だというのだ。得難い店員に恵まれた。工房も運営が順調であることだし、給料を上げることも検討している。
ミオとメイはご婦人方に丁寧に対応し、ハーブティや化粧水を「同行の男性に買ってもらう」ことを勧めた。
「旅行先でお目当ての買い物するのはとても楽しいですが、ふらっと入ったお店でちょっといいなと思ったものを買ってもらうのって予想外のうれしさがありますよね」
そうミオが言うと、すかさずメイも援護した。
「こんなに格好良い男性にだったらなおさら!」
そう、褒めたのはメイだ。ミオではない。
なのに、彼の記憶の中ではミオが褒めたことになっていた。
「ねえ、ここの部分って、姉さんじゃなくわたしが褒めたよね?」
「ええ。なにか思い違いがあったのね。査問会議でそう伝えれば良いわね」
ミオは決して思わせぶりな行動を取ったのではない。解決の糸口を見つけてひとまず安堵する。
しかし、今度は別の不安が頭をもたげる。違うと言って、それがすんなり通るだろうか。
相手は貴族である。自分の言はいつだって正しいと思っているのではないだろうか。ましてや目下の者、単なる庶民の言葉に耳を貸すだろうか、という不安がむくむくと頭を持ち上げる。
記憶の改ざんである。こうなったらいいな、ということが過去に現実になって記憶されているのだ。そう考える者だけの現実だ。人は見たいように見る。自分の都合の良いように記憶を書き換えることがままある。そして、しまいには相手が嘘をついているとまで言うのだ。
だが、ミオにも言い分がある。当初、彼はメイの方にアプローチした点である。
「初めはわたしの方に色目を使ってきたわ。というか、胸ばかり見ていたわね」
ふたりは徐々にそのときのことを思い出していく。
貴族が複数人でやって来ることは珍しい。それで覚えていたのだ。
ミオとメイはその日の夕方、帰ってきたジェイクを捕まえて夕食もそこそこに組合からの召喚状を見せた。
カリスタはすでに帰宅した後だ。暖かくなって冒険者稼業も盛況の様子で、最近はときおり帰宅が遅くなる。
「要はもめごとに駆り出されるのさ」
ジェイクは肩をすくめたものである。討伐ならば腕に自信があれば任せられるが、もめごととなったら、人を選ぶ。仕事を請け負った冒険者とのいさかいはよく取り沙汰される。ジェイクはギルドの方でも使い勝手が良い人材なのだろう。
そのジェイクは帰宅してからも、もめごとの相談に乗ることになった。
ミオとメイはジェイクに事の次第を語った。
「なうん」
「チロちゃん、お帰り」
「夕ごはん、ちょっと待ってね」
「にう」
実はジェイクよりも先に帰っていたが、常にない事態にただならぬ気配をまとっていたふたりから距離を取って眺めていたのだ。賢い幻獣である。
「それで、なにがどうなったか、途中から「わたし「で」良い」って言ったのよ。「年かさだけれど、相手をしてやる」って。あんなおじさんに!」
ミオが憤慨する一方で、ジェイクは心理的ダメージを受けた。ふたりの話からするに、同じくらいの年頃だ。
もちろん、ミオはやんわりと、だがきっぱりと断ったという。
その貴族は「まだ年若いからこういうのには慣れていないかな」と言って引いた。
「でもさ、それはいっしょにいた貴族の女性たちの手前、取り繕っていただけだったみたいよ」
錬金術師組合にあることないこと吹き込んだようで、ミオはどういうことか説明せよと組合本部に呼び出されたのだ。
「釈明というには、ほとんど謝罪を要求しているわね、手紙に書かれた内容からすると」
「頭を下げるだけならいいけれど、それ以上のことを言われないかな」
ねっとりとした視線を思い出したメイが身震いし、それでもなるべく柔らかい表現で言った。
端的に言うとひと晩付き合え、貴族的に表現すれば夜伽を命じられる可能性もある。
「ずいぶん一方的だな。その貴族の言い分が通ったのは上層部にコネクションがあるかもしれないな」
ジェイクがを眉ひそめる。
ミオとメイは十七歳と十五歳である。ジェイクと出会って一年が過ぎた。そのほんのわずかな月日の間で驚くほど成長した。錬金術師としても、工房経営者としても、女性としても。ふたりは徐々に大人っぽさを兼ね備えていっている。
だが、メイはまだ成人していない。
だから、途中からターゲットをミオに絞ったのかもしれない。
「そうかもしれないわ」
「なにか知っているのか?」
硬い表情でうなずくミオに、逆にジェイクがたずねる。
「あいつ、姉さんをくどきながら言っていたのよ。「俺に尽くせば口を聞いてやっても良い」って」
もちろん断ったけれど、とメイが肩をすくめる。
「それはまた、」
ジェイクが難しい表情をする。
口説き落とすための方便ではなく、実際に影響力を持っていると考えられる。事態を軽く受け止めるのは危険だった。
「すべてでたらめだって抗議してくるわ」
そうミオは言うも、ないことを証明するのは難しい。
「でも、以前、別の貴族の惚れ薬作成依頼を断っているから、心証が悪いかもしれないよ」
確かに、なにがどうつながるか、わからない。特に貴族社会など縁がなく、どういったものなのかいっかな想像はつかない。
「念のため、知り合いの錬金術師に口添えしてもらえないか手紙を送ってみるよ」
「ありがとう、おじさん」
ミオがこわばった顔を少しほころばせる。思いもかけない事態に、戸惑いと恐怖を感じていたのが少しほぐれた。
「あの、<ブヒブヒのかばん>や<パオンの圧縮機>の錬金術師?」
メイが首をかしげる。たまにジェイクが話題に出す錬金術師だ。ミオとメイが同業者だから、なにかと口に上る。
「そう。俺が採取の護衛をしたことがある人だ」
「採取の時に使う杖を送った人よね?」
ミオも思い出す。広場の市をいっしょに回って選んだ。
「そうだよ。政治的手腕はないと言っていたが、高ランクの人だから、影響力はあると思う」
「組合も政治が必要だもんね」
メイはときおり、賢者のような穿ったことを言う。今もまた大真面目に言ってため息をつく。ミオがさっとジェイクに視線を寄越し、笑いをこらえるように唇の端をふるわせる。
妹のおかげで大分気持ちがほぐれた様子だ。




