37. 迷信
メイはやはり直球だった。
化粧水を処方して渡しもしたが、美女がジェイクにしなだれかかるという椿事を前に平然としていたカリスタに疑問を抱いてそのものずばりを質問した。
「カリスタさん、おじさんのこと、どう思っている?」
ミオは店に並べようとしていたその化粧水が入った小瓶を取り落としそうになった。
問われるカリスタは眉ひとつを動かしただけだ。
「いいやつさ」
「具体的には?」
メイはすかさず食い下がる。傍で見守るミオははらはらする。
カリスタはしばし考えたあとでこう言った。
女をみたらけなすことで自分が優位に立とうとする男は案外多い。ばくばく食べるくせに、作ってもらった食事に文句をつける。謝罪と感謝を伝えない者は男女ともにいる。そういう言葉は言わなくても伝わっていると思うらしい。
男性らしさを物を乱暴に扱うのとはき違え、格好良いと思っている。力を誇示すると優位に立てる、わざと粗暴にふるまうことが格好良いと思っている。
「礼儀知らずな乱暴者なだけで女を馬鹿にしているのさ。支配したがるのもね。ジェイクはそういうところがない。腰抜けだというやつがいるが、考え方の違いだね」
「わかるわ! そうよね、おじさんって優しいよね」
ジェイクを正当に評価するのが自分たちばかりでないということにミオとメイは力を得た。
ふたりは後からそれが恋愛に結び付くかどうかはまた別の話であると気づいた。
「おじさんとの仲はどうなんですか、とはさすがに聞けないよ」
そう言ってメイはテーブルに突っ伏した。
いや、もう十分に突っ込んだ質問をした。
ミオなどはそう思ったが、黙ってハーブティのカップを置いてやる。
ミオとて、レジナルドとは親交が続いているが、どういう関係なのかと問われれば答えはすぐ出てこないだろう。こういう状況で突っ込んだ質問をされても困る。
「なうん」
「お帰り。チロちゃんも飲む?」
昼食が近くなって、外出していたチロが戻ってきた。人間と同じく三食食べるようになって、腹時計が備わった様子だ。
「水入れ取ってくる」
メイが起き上がって食堂を出ていく。
ミオとメイはジェイクとカリスタの関係にやきもきしたものの、案外、アガサの存在はふたりの仲を進展させるきっかけになるかもしれないと話し合った。
しかし、それは薬と同じで適量を守ればの話である。
「へえ、じゃあ、王都では最近、夏至の日はひと騒動なんだな」
「そうなの。とうとう王宮から下知があったのよ。シダの花の採取を禁止するお触れが下りたのよ」
「シダの花」が開花したとき、胞子が手に入るのだという。それが身体の不調を癒す薬効ではなく、呪いじみた力を発揮するのだと、どこからともなく噂されるようになったのだという。
夏至の日には薬草の力が強くなるという言い伝えと相まって、その日に採取しようという者が続出して狂乱となったのだとアガサが話した。
「そんな話、初めて聞くわ」
「どうでもいいけれど、おじさん、近すぎない?」
ミオとメイの工房にアガサがふたたび顔を出した。よりにもよって、ジェイクが帰ってくる夕方の時間だ。狙ってやってきたとしか思えないとはメイの言だ。
帰ってきたジェイクを捕まえてぴったりとくっつき、あれこれと世間話に興じる。
「でも、シダって花をつけないでしょう? なんでそんな話になったんでしょうね?」
「そうなのか?」
ミオが首をかしげるのに、ジェイクがそちらを見やる。アガサがその腕にかけた手でやんわり引き戻す。
「そうなのよ。さすがは錬金術師、詳しいのね」
存在しないものを、いくら探しても見つかるわけがない。なのに、みな、噂を信じて騒ぐ。錬金術師組合や薬師組合でも情報を発信するが、なかなか狂乱は収まらないのだという。
「噂って怖いわね。正しい知識の有用性を感じるわ」
ミオがため息交じりに言うと、ジェイクやカリスタだけでなく、アガサも好意的な視線を向ける。それに気づいたメイがおやと思った。しかし、言及する間はなく、話題はほかに移る。
「呪いとやらはどんなものなんだい?」
カリスタも話の内容に興味をそそられたのか、珍しく発言する。アガサはそちらを見て赤い唇の両端を釣り上げる。
「それはね、恋の成就に力を発揮するの」
「恋!」
ミオとメイは思わず顔を見合わせる。昨年の惚れ薬作成依頼を思い出す。
コンラッドがこの場にいたらお前もそんなくだらないものに現を抜かすのか、とでも言っただろうが、今日は留守番しているらしく、ここにはいない。
「他には攻撃に対して身を守る効果があると信じられているわね」
「方向性が全く違うのね」
恋の成就と守護、というものが並び立つのが不思議に思えてメイがつぶやく。
「まあ、迷信の一種ね。ほら、【厄除けヤネバンダイソウ】みたいなね」
「姉さん、知っている?」
アガサの言葉にメイが首をかしげてミオにたずねる。
「ええ。【厄除けヤネバンダイソウ】はその名の通り、屋根に花を咲かせることがあるの。落雷や火災といった災厄から守ってくれると言われているのよ」
「あらあ、本当によく知っているわね。でも、【厄除けヤネバンダイソウ】は良い面だけではないわ」
ミオの説明にアガサは感心して見せつつ、意味深に続ける。
「というと?」
ジェイクが水を向けると、アガサがにっこりと笑う。メイなどは「ああ、もう、相手の思惑通りに質問なんかしちゃって!」とやきもきしている。
「それがね、【厄除けヤネバンダイソウ】が咲いた屋根の下に住む家で、誰かが死ぬとも言われているの。いいえ、【厄除けヤネバンダイソウ】が死を運ぶのではないわ。ただ、死を予兆するの。古くからそう言い伝えられているのよ」
「なるほどなあ」
感心している場合じゃないわ、とメイが心の中でひっそりとじたばたするが、感心しようと質問しようと場にそぐわないわけではない。ともかく、メイはジェイクとアガサが接近するのが面白くないのだ。
「都合が悪いことはみんな「魔女」に押し付けるのも迷信のひとつよね」
昔から失敗を魔女のせいにする風潮があった。
たとえば、バター作りは主婦の重要な仕事だった。それだけに責任重大で、牛乳を腐らせたりバター作りに失敗したりすると、「そういえば、あのとき家の前を通ったあの女が呪いをかけたにちがいない」と、なんの関わりもない女を魔女と決めつけ、悪さをしたのだと言い張った。
「しかも、それがまかり通ってしまう時代があったのよね」
「恐ろしい限りだね」
「今でも、根拠なく信じられていることはごまんとあるからな」
「薬の処方でも間違って伝えられているものはあるわ」
「写本の時点でミスがあったらそれが真実だとしていろんな人に知識が伝わっていくものね」
錬金術師として考えるところは多分にある。
少しばかり沈んだ雰囲気を払しょくするように、ジェイクがアガサに話を振る。
「そっちの工房はどうなんだ?」
「おかげさまで、もうじき開店することができそうよ。開けたらぜひ来てね。うんとお安くするわ」
「錬金術以外のサービスをされそう」
首をすくめたメイがうえっと舌を出した。
アガサが帰った後、メイがジェイクに詰め寄ったところ、笑っていなされた。
「アガサだけじゃなく、俺は女性全般に、すごいところをたくさん持っていると思っているぞ。ケイトたちギルドの職員なんか、人あしらいがうまいし、情報入手が早い。ミオとメイだって料理がうまいし、気遣いがすばらしいしな。だったら、尊敬こそすれ、馬鹿にするわけがないだろう?」
さりげなく褒められ、ミオとメイは照れ、あるいは喜びをあらわにした。そんな彼らをほほえましげに見ながら、カリスタは内心でつぶやく。そういう風に考えられないやつは案外多いものさ、と。だから、自分はジェイクをすごいと思うし、心ゆすぶられるのだ。
~ 第五章「昇級」 ~ 完




