36-3.
【神秘のアルルーン】をはじめとする薬草のことをあれこれ話すうち、アガサ自身のランクを聞いた。
なんと、Bランクなのだという。
「Bランク!」
一流錬金術師である。
アガサは平然としているが、コンラッドの方がふふんと顎を上げる。メイが唇をひん曲げる。
「お前、特許を持っているんだってな。おおかた、ミオさんが主体となって取得したんだろう」
コンラッドもまた噂を聞きこんでいるらしい。そして、師のアガサと話が合い、相互に認め合っていることから、ミオのことはそれなりに評価する方向に舵を切った様子だ。
「わたしだっていっしょにやったわよ!」
メイの得意分野である鉱物関係もふんだんに工夫を凝らしているのだ。
「ミオさんの邪魔をするなよ!」
「なんですって?!」
コンラッドは十五歳でメイと同じ歳のせいか、張り合ってくる。なのに、ミオに対しては敬意を払う。
「わたしだって工房の共同経営者なのに!」
そうだ。メイはミオの妹ではあるが、弟子ではない。コンラッドとは決定的に立場が違うのだ。
「ふん」
なのに、コンラッドはこの態度である。
ふたたび険悪な雰囲気に陥ったところで、店の扉が開き、状況が打破される。
「おっと失礼。来客だったか」
帰ってきたジェイクは回り込んで勝手口の方から入ろうと外へ出かかった。
「いいわよ、おじさん。こんなやつ、客でもなんでもないから!」
メイが怒りのままそんな風に言う。
「ああ、こないだ言っていた新しい錬金術師とその弟子か」
メイの憤懣やるかたないという様子にすぐに思い出した。
「はじめまして。アガサよ。少し行った先に工房を構える予定なの」
「ジェイクだ」
言いながら、ミオとメイから聞いていた通りの迫力のある美人だななどと思っていた。カリスタは生命力に富んだ美しさを持ち、一方、アガサは内に秘めた力が深い。
「うふふ。いつでもいらして。サービスするわ」
そんな風に言いながら、不自然なほど身を寄せてくる。
ジェイクなどはこれも営業のうちか、見目良いとこういう手段も有効なのだろうと考えた程度だ。なんなら、身内の錬金術師姉妹はこういう方向性じゃないことにこっそり安堵した。
しかし、ミオとメイはそうは受け取らない。飛び上がらんばかりとなる。
突然現れた美女にジェイクが鼻の下を伸ばさないか、やきもきする。
カリスタさんがいるのに!
当のカリスタといえば、終始面白い見世物だとばかりに泰然としている。
「ごめんなさいね、うちの弟子が粗相ばかりして。ランクアップ試験の課題を送ったばかりで気が立っていたの。こちらの妹錬金術師さんが同ランクで、同じくランクアップ試験を受けたというので、張り合っているのよ」
「師匠!」
コンラッドが真っ赤な顔で声を上げる。
今までアガサは弟子が他人に突っかかっても平然と見守るだけだったが、ジェイクには簡単に内情を明かして見せる。
ばつが悪く居心地悪そうなコンラッドに引っ張られるようにして工房を出ていくアガサは、ジェイクの腕を名残惜し気にひとなでしていった。
ミオがさっとかけよって、触られたところぱたぱた手ではたく。メイは閉まった扉に盛大にしかめっ面をして舌を出していた。
「おとといきやがれ」な心情のふたりである。
「カリスタさんって、おじさんのこと、どう思っているのかしらね?」
あからさまにジェイクがこなをかけられていたというのに、平然としたものだった。
「良い雰囲気だと思うのだけれど」
ミオとメイはカリスタとて十分に美人であり、ジェイクの隣に並んでしっくりくると思っている。
しかし、相手は強敵である。まずもって、あの色気には太刀打ちできない。
姉妹は話し合って【十効のドクダミ】で化粧水を作ることにした。
「カリスタさんは十分に美人だけれど、あまり自分を装うことはしないわ」
「まず、基本的なお手入れからよね!」
【十効のドクダミ】はその名の通り、十通りの薬効があると言われている。ちょうど現在が開花時期である。化粧水には花を使うが、他の部分はきれいに水洗いして天日干しにしておく。せっかく採取してきたのだから、化粧水だけを作るのはもったいない。
便通や血流促進、皮ふ疾患にも効く。
「【十効のドクダミ】は解毒剤にもなるの」
「いろんな効果があるのね」
「ただ、香りが強くて、素手で触るとなかなか臭いが取れないのよね」
おかげで、採取している間、チロは近寄ろうとしなかった。
「乾燥させたり煎じたりしたら臭いは弱まるから」
さて、化粧水の方はと言えば、十字型の白い花を酒に漬け、一か月ほど置く。
「待てないわ!」
「こういうときこそ、錬金術ね」
以前、ミオが不調となったときに「【ぼっくりのパイン】の葉のサイダー」を作ったのと同じである。
「今回は【ぎらつく太陽の石】と【生命の月の石】を使いましょう」
これで月日を経た状態に持ち込む。
「できたわ!」
「あとはハチミツを少し入れて、と」
かき混ぜたり小分けにする瓶を用意する間に、あれこれと世間話をする。錬成が完成したので、気楽になったのだ。やはり、今でも錬成時には気を張る。
「ねえ、知っている? 【けだるげな女王蜂の濃密ハチミツ】を使ったシャンプーやトリートがあるんですって!」
「えぇ?! 【けだるげな女王蜂の濃密ハチミツ】を? なんてぜいたくなの!」
【けだるげな女王蜂の濃密ハチミツ】は【けだるげな女王蜂の濃密ハチの巣】から得られるハチミツである。
「ね。もう、それだけで髪がつやつやになるってわかるよね」
「この化粧水にも入れたいわ」
「まず、手に入らないよね」
そんな風に話しながら、ミオが言う。
「アガサさんはやっぱりメイがあこがれていた本の中の錬金術師に似ているわね。容姿も雰囲気も、Bランクの一流というところも」
「そうだけど! でも、弟子育成には失敗しているわ!」
メイが憤慨するのに、まずい話題を持ち出したとミオが首をすくめる。
ふたりは出来上がった【十効のドクダミ】の化粧水をさっそくカリスタに渡す。
「作ったから使って! わたしたちも使っているの」
これは本当のことである。せっかく作ったのに、自分たちの分がないのでは寂しいではないか。カリスタのついでに自分たちもスキンケアをしようとなったのだ。
「ケイトたちがうらやましがりそうだ」
そんな風に言いながら笑って受け取るカリスタに、顔を見合わせたミオとメイはギルドにも届けた。カリスタの言葉通り、ギルドの女性社員たちは喜んでいたとことづけたジェイクから聞いた。
チロのためにたくさん買っておいたハチミツは化粧水を大量に作ったので、目減りした。
チロはここのところ、日替わりで姉妹からあれこれと甘味をもらってご満悦だ。ジェイクが討伐依頼を受けたら一緒に出掛けて動いているので、一向に太る気配はない。羨ましいことながら。
ジェイクは「補助などではなく、チロといっしょに仕事をしている」と言って、報酬の取り分をミオとメイに渡している。
「貯金しておきましょうね」
「ここからチロちゃんが好きなものを買おうね」
「なうん」
労力の対価を横取りするこことのない姉妹に、チロは賛成する。
「幻獣が貯金かあ」
「まあ、人間と暮らしていたらあれこれ費用がかかるからな」
もはやチロは扶養家族から外れ、立派な稼ぎ手となっている。
冒険者や街の者の間でもミオとメイの工房に一緒に暮らすネコは一般とは異なるという認識が浸透している。
「ネズミを追う動き!」
「ネコだとしても、あの動き、やばくね? 俺、目で追いきれなかった」
「ジェイクとカリスタとの連携、見た?」
「あのね、ネズミにかじられそうになったとき、ネコさんが助けてくれたの」
「ネコさんがね、ガウ!って怒ったら、いっぱいいたネズミがぜんぶ逃げて行っちゃったの!」
「いやあ、あの白ネコさんのおかげで命拾いしたよ」
「あ、これ、白ネコにやっとくれ。おかげで店の方に被害が出なかったんだ」
「え、あの子、白ネコからシロ、チロってなったんじゃないの? ああ、もとからチロ? まあいいや。チロな」
「チロちゃんのいる工房!」
「錬金術師の工房だって」
「チロちゃんも錬金術するの?」
「ネコの錬金術師!」
なお、【十効のドクダミ】の化粧水は好評で、工房で取り扱ってくれという人間が続出した。ケイトたち冒険者ギルドの女性職員が方々で肌が潤うと話したからだ。
ハーブティやクッキーと並ぶ少額だが、頻発する商品となった。
もちろん、スタンリーはカウンターに置かれたとたんに購入した。
「わあ、これ、美少女錬金術師姉妹の化粧水でしょう? 使ってみたいと思っていたんだ!」
自分の彼氏がその噂の錬金術師姉妹のある意味弟子であるとはバーバラは知らない。
なお、ミオとメイはスタンリーが購入していく際、バーバラへの贈り物だと知っていたから、瓶にリボンをかけてやった。
ネコの錬金術師!
いいですね!




