36-1.新入り錬金術師がやってきた
鼠害騒動は一応の終幕を迎えた。一部の冒険者たちが街の方々を回ってはいるが、先日の殺気立った異様な雰囲気は払しょくされた。ネズミは殲滅されたのではない。だが、爆発的増加と、それによる被害は大幅に抑えられた。
事が終息して聞いたところによると、リージュ市でも有数の商人の取り扱う高級食材に被害が及んだので、急がせたのだという。だから、リージュ市は冒険者ギルドをしきりにせっついた。リージュ市もまた、権力者にせっつかれていたのだ。
リージュ市の剣幕に冒険者ギルドは人海戦術に踏み切った。そして、カリスタを始めとする引退した者まで動員して事に当たった。ミオとメイもネズミ捕獲魔道具をずっと作り続けることとなった。
「そういうところ、あるよね。権力を持つ人の意見が色濃く取り入れられるっての」
メイはそんな風にいったものである。
とにかく作って作って作りまくっていて、その日の記憶はあまりない。ただ、一日で終わって良かったと思うばかりだ。
ジェイクもカリスタも、ついでに言えばチロも翌日になれば普段通り活動しており、その基礎体力の違いに驚いたものだ。ジェイクからふたりの様子を聞いたレジナルドが差し入れを持ってきてくれて、ありがたく昼食とした。レジナルドも彼が所属するパーティごと人海戦術に組み込まれていたという。なのに、疲れた顔ひとつ見せないのだから、冒険者というのはとにかく、体力が必要とされるのだろう。
さて、冒険者ギルドから話が行き、ミオとメイにリージュ市から報奨金が出た。冒険者ギルドからもは指名依頼の報酬として、たっぷりもらっている。
だから、あれだけ急かされたにもかかわらず、メイは鷹揚にもなれるというものだ。
「チロちゃん、報奨金が出たら、果物をいっぱい買ってあげるからね!」
「なうん!」
メイの言葉にチロが嬉し気に顎を上げる。
「ふんぱつして、砂糖やハチミツもたっぷり買っちゃいましょうか」
「なん!」
ミオの提案にチロが目を輝かせる。
現場で奮闘し、誰よりも活躍したというにもかかわらず、強制入浴というチロにとっていやなことで締めくくられたのだ。メイもミオも申し訳ない、報いたいという気持ちが強い。
「そうだな。報奨金の一部はチロの好きなものを買ってやると良い」
「にゃうん!」
チロは表向き、普通のネコとして参加したから、その飼い主ということになっているミオとメイに謝礼が上乗せされた。
「冒険者ギルドでもチロの活躍は取り沙汰されているよ」
「チロちゃん、がんばったのね」
「好きなものを作ろうね」
あまりの喜ばしさに、チロは久々に羽を広げてあちこち飛び回った。つい先日、風呂に入ったこともあって、誰も咎めなかった。
さて、リージュ市はミオとメイが作った魔道具をすべて買い取り、ネズミが再発生しないかを確認した後、ハントをはじめとするほかの町に売るのだという。ネズミ被害はどこででも問題視されている。もちろん、リージュ市用にいくつか残しておくという。
買い取りと報奨とで金額はとんでもないものとなった。さらには、ほかの町に売る際には「ミオとメイの錬金術工房」が作成したと必ず伝えるという。売りつけるからには、リージュであったネズミ大発生のこととその被害についても話すのだという。買い手に危機感を持たせ、それなりの金額を吐き出させるためだ。
つまり、ミオとメイは市と取引した実績をリージュ市から他の街に宣伝してもらう効果もあるのだ。
そういったもろもろの話を、ミイオとメイは市庁舎に呼び出されて聞いた。鐘楼があり、街で最も大きい市が立つ広場のすぐ傍にある建物だ。
もちろん、帰りに市に寄って行く腹積もりである。報酬をもらえるとあって、うっかり財布のひもが緩みそうだが、まずは功労者であるチロに報いるために好物を買う予定だ。
「よく励みました」
という言葉と共に報奨金をもらい、ネズミ捕獲魔道具についての話し合いをした。
「年末申告の際には今回の出来事をしっかり記入して下さい。きっと、税額のほとんどを免除されますよ」
そんな風に耳触りの良いことを言いつつも、特許関係については錬金術師組合に自分たちで問い合わせるようにと言われた。
「当然と言えば当然か」
ネズミ捕獲魔道具は他の魔道具ふたつを用いたことから、特許関係がややこしいらしい。
「特許申請するようなものだとは思わなかったわ」
「おじさんやカリスタさんの助けになるようなものを、って思ってひたすら突っ走っただけ、と言う感じよね」
「偶然の要素も大きいしね」
いまだに確固たる予想や理論を打ち立て、道筋をひとつひとつ確かめながら行う、という「研究に励む錬金術師」のイメージから、自分たちはほど遠いところにいるような気がする。ところが、ジェイクに言わせれば、便覧や素材一覧、レシピ帳や本から得た知識をもとに、いろいろ考え、あれこれ試し、閃きによって魔道具を作り出すミオとメイは彼女たちが持つ「優れた錬金術師」イメージそのものだという。
第三者視点と自己像というのはたいていかけ離れているものである。
ともあれ、ふたりは呼び出しを終えて肩の荷を下ろした気分で、さあ、買い物だと気分が高揚しているときのことである。
市庁舎の入り口を出たところで呼び止められた。
「ここはリージュ市の市庁舎で良いかしら?」
「はい、そうです」
「わ、すごい美人!」
黒く長い髪は大きくうねり、白い肌に黒い目と真っ赤な唇が映える。なにより、胸元が開いたワンピースはぴったりと身体に沿い、豊かな胸とくびれを強調し、腰から下はたっぷりとした布地を使われていて、足首まで覆っている。
思わず声を上げたメイをたしなめつつ、ミオが謝罪のために軽く頭を下げる。
「あら、褒めてもらったのだもの。謝ることなんてないわよ」
二十代前半にも後半にも見える年齢不詳ななぞめいた雰囲気の美女の続く言葉は、ミオとメイに衝撃を与えた。
「わたしはアガサ。今度、リージュで錬金術工房を開くの。なにかあったらいらしてね」
「え?!」
「同業者!」
ミオとメイの言葉に、市庁舎へ入って行こうとしていたアガサは足を止めた。
「あら、そうなの?」
そう言って、ふたりをまじまじと見つめる。
「もしかして、うわさの錬金術師姉妹かしら?」
「う、うわさ?」
「わたしたちの?」
ミオとメイは目を見開いて素っ頓狂な声を上げる。
「そうよ。工房を開いて一年足らずで特許を取ったとか、リージュ市に大きな貢献をしたと聞いているわ」
「いえ、そんな、わたしたちはまだ新米で、」
「それに、もともと師匠が開いていた工房を引き継いだので、」
迫力のある美女、しかも同じ錬金術師に称賛されて、しどろもどろになる。
「ふうん。あなたたちが、」
アガサは意味ありげな目つきでミオとメイをそれぞれ眺めた。
「うふふ。うわさにたがわず、聡明そうね。そして、とても健やかだわ。きっと良い師についたのね」
「はい。錬金術のことだけでなく、いろいろ教えてくれました」
「おばあさまはわたしたちを育ててくれたの」
「そうなの。優れた師とそれを受け継ぐ弟子。素晴らしいことだわ」
アガサは目を細める。ミオとメイは首をすくめてくすぐったそうに笑う。美女の笑みが深くなる。
「師匠、そろそろ行きましょう」
アガサの後ろから声が掛かる。金髪に緑色の目の同年代の少年だ。メイと最も歳が近そうだ。うっすらそばかすが散った顔に勝気そうな表情を浮かべている。華奢な身体つきだからか、アガサの陰に隠れて見えなかった。
「ああ、忘れていたわ。この子はコンラッド。わたしの弟子よ」
「こちらこそ、言いそびれましたが、ミオとメイです」
「ミオとメイの錬金術工房をやっています」
メイが言うと、コンラッドがふんと鼻を鳴らす。
ミオは傍らで妹がむっと腹を立てたのに気づき、そっと手を握って抑えるように伝えた。
「しつけが行き届いていなくてごめんなさいね。今日はこれで失礼するわ」
アガサは堂々たる振る舞いでコンラッドを従えて市庁舎の中に消えていった。最後まで、弟子の方は険のある目つきで一瞥をくれた。
「なに、あれ! いやなやつ!」
憤慨するメイをなだめつつ、ミオはつないだ手をひっぱって、市へと繰り出した。ミオの思惑通り、買い物するうちにメイの機嫌は良くなった。




